五十八話
……なにはともあれ、政務という点では今後、レグルスへ完全委任することも増えるだろう。それは良い。
しかし、それ以外にもすることがある。
俺が爵位持ちとなったことで、正式に騎士団を設立する大義名分が出来た。すなわち、アスガルを頭とする組織を立ち上げるまたとないタイミング、というわけだ。
そのため、俺はその話し合い。……というより、半ば通達をするため、アスガルのもとへ向かっていた。
「あいつはいまの時間なら、たしか広場で訓練中。だったな」
いまごろ、メルや領民。そして、奴隷たちをしごいているはずだ。
「奴隷、か……」
ぽつり、と言葉が出た。
奴隷、という言い方が好きとか嫌いとか、そんなんじゃない。それに彼らも間違いなくフェネクス男爵領の領民だ。
だが、それとは別に期限が迫っている。
三年経ったら、奴隷身分から解放するという約束の期限が。
「まぁ、正直な話。そこまで変わるわけでもないが……」
そう、いまの状態でも給金を与え、領内の経済活動を支えている。正味、元からあの寒村の住民だったか、否か。その程度の違いしかない。
それくらいには、既に領地の民として馴染んでいる。入ってきた当初は多少の軋轢が起きて、アスガルたちが仲立ちしていたのが懐かしく感じる。ほんの二、三年前の話なのにだ。
そんな益体のないことを考えていたら、いつの間にか広場の近くまで来ていた。
カン、カン、と木剣を互いに叩き付けあっている音が響く。その中で、メルが真剣な表情で汗を流しながら稽古をしている姿が見えた。
「やぁっ!」
相変わらず、軽業師のように軽快な足さばき。そして、華麗な身のこなしで相手を翻弄しているようだ。まるで独楽のようにくるくる廻り、あるいは相手の背後にとんっ、と降り立って剣を振るっている。
大の大人。しかも戦争奴隷相手に立ち回っているのだから、すごいことだ。もし、俺が彼女を知らず、又聞きであったならジョークとしか受け取らなかっただろう。
「坊っちゃん!」
メルの稽古を見ていたところで威勢の良い声をかけられる。アスガルだ。
「坊っちゃんはよせ。正式に爵位を封ぜられたのだからな」
「これは失敬!」
そう言いながらにかっ、と気持ちの良い笑みを浮かべるアスガル。
こいつもこいつで、俺が叙爵して、正式に領地持ち貴族となってからこの調子だ。しかも、これでも落ち着いた方なのだ。
最初の喧伝していた頃は、うん。色々とひどかった。
領民でもなく、レグルスでもなく、こいつが一番はしゃいでいたからな。
それでも最低限の節度は保っていたが。そうでなけりゃ、頭をどついて黙らせていた自信がある。
「それで、坊っちゃ――アインさま。ここに何用で?」
「あぁ、お前に用が……」
じぃ、という視線を感じる。いつの間にか稽古、訓練を中断して皆がこちらを見つめていた。とくにメルはキラキラした目をこちらに向けて。
「……ふぅ」
思わず、顔をしかめて頭を抱える。
こいつが領民や奴隷たちに慕われているのはわかってた。しかし、こうも露骨に好奇の視線を向けられるのはどうかと思う。
いや、むしろ。俺がここに来たことを奇妙に思ってるのか。アスガルに用事があるとしても、わざわざこちらへ来ることが少なかったから。
俺もなかなかに気が逸っていたらしい。だが、朗報を本人へ早く伝える、という意味でも、仕事を早く片付けたいと考えていた点でも仕方ない、というのは言い訳か。
まぁ、どちらにせよ。遅かれ早かれ伝わる話だ。本来なら領主館で伝えるつもりだったが、ここでするとしよう。
「……アスガル」
「――はっ!」
俺が真剣だ、と伝わったのだろう。アスガルが背筋を正す。
「正直、現状の追認に近いが。貴様には改めて、フェネクス男爵領騎士団創設に対して、騎士団長に任命する」
「――拝命いたします!」
瞬間、わぁ、と歓声が上がる。それを聞いて、頬が綻ぶのが分かった。
本来、こういった儀式は厳かな、厳粛な場でやるもんだ。だが、俺たちに関してはこっちの方が、らしいというものだ。
「それに伴い、騎士アスガルをフェネクス男爵家の騎士として改めて任命すると共に、騎士団に対する人事権を与える」
「承知しました! ……して、騎士団の規模は?」
「貴様を長として、とくに見込みのあるものを3名準騎士として選抜せよ。また、それに際してメルは従士。騎士見習いとする。その他にも最低、従士を4名選抜するように」
「ははっ!」
俺の指示を受け、敬礼で返すアスガル。その後ろでメルが目を白黒させている。
だが、すぐに稽古をしていた仲間たちから祝福を浴び、喜びをあらわにしていた。
さて、ここからだ。アスガルにしても、メルにしても。ここからが本当の踏ん張りどころになる。
アスガルは組織の長としての動きを求められ、メルは騎士になるための入り口に立った。
それをものに出来るか。それとも何も出来ずに終わるか。
それはふたり次第だ。だが、出来ればチャンスをものにしてほしい。
そう思いながら、俺は口角が緩むのを感じていた。




