五十七話
イオス公爵領での叙爵式より時は経ち、年が明け春を迎えようとしていた。
あの後は大変だった。アスガルが俺の叙爵を大々的に喧伝するものだから村、いや、フェネクス領は飲めや歌えのどんちゃん騒ぎになったんだ。
「……まったく」
「おや、アインさま。どうなされたので?」
「いや、イオス公爵領から帰ってきた時のことを思い出していた」
「なるほど」
俺の吐露に微笑むレグルス。
こいつも俺が爵位を得てから、こうやって笑うことが増えた。
なにしろ、こいつは俺の傅役だ。
無位無冠だった俺が爵位を得て、真の意味で貴族の仲間入りを果たす。それを見て、感無量といったところだろう。
それに、これはレグルスの働きが認められたという意味でもある。
そして、これまでこの領地で内政を回してきた、という実績。これも間違いなく、レグルスの功績なんだ。それこそ、他貴族から引き抜きが来てもおかしくないような。
もっとも、当のレグルスは鞍替えする気など毛頭ないようだ。その心意気はありがたくあるが、正直、いまの領地では働きに報いるのは厳しい、というところだ。
一応、農業都市は形になり始めてるし、僅かながら金鉱石。そして、金鉱の近くにあった鉄鉱石の採掘も始まった。
金は当然として、鉄も武具や家具、農具などあらゆるものに珍重する。領内で採掘できるのはありがたい限りだ。
そんな農業都市の代官を褒美代わりに担ってもらおうか、なんて考えもしたが、ただ単にレグルスの仕事を増やすだけ、と思い至り白紙に戻している。
なにしろ、いまでさえ領内の内政を一手に引き受けてくれているんだ。それに代官の仕事を増やす、というのは憚られた。
……ただ、あの都市は生半可なものに預けるわけにもいかない。
それこそ、あの都市の代官として望めるのはレグルスを除けば、現状デミオ老ぐらいだろう。それだって、ご老体に無理させるわけにもいかないからどうしようもない。
そう考えると、しばらくは都市と村を行き来する日々が続くだろう。
「あぁ、そうか……」
「……? アインさま?」
レグルスがなにか言ってるが気にならなかった。
そうだ、代官に着けることが褒美にならない。ならば、逆に考えれば良かったんだ。
レグルスはフェネクス男爵領で俺を除けば政務No.1。つまり、トップだ。ならば、任命できる権限があってしかり、だ。そう、代官の任命権。
これだけでは意味がないが、レグルスの教え子たちの中で優秀な人間も現れ始めている、という。それを任命させる。
つまり、親レグルスの部下を作る。言い方を変えればレグルスを頂点とした派閥を作らせる。
そうなると、善は急げ、だ。
俺はレグルスへ向き直る。
レグルスはぴくり、と反応する。俺の真剣な様子に何かある、と悟ったのだろう。
それも間違いない。なにしろ、いまから何かするつもりなのだから。
「レグルス、お前を改めてフェネクス男爵家の家宰に任命する。それに際して、政務に対する任命権も併せて付与する。今後、フェネクス領の代官などの任命はお前に任せる」
「……! アインさま、本気ですか?」
「本気だ、今後は……。いや、今後もよろしく頼む」
俺はそのまま頭を下げる。
レグルスの慌てた雰囲気が伝わってくる。
「そんなことをしたら私の派閥。……最悪、領地が割れてしまいますよ!」
「……ふっ、何を言うかと思えば」
こいつがそんな心配をしている合間はそんなことは起きないだろうし、そもそも――。
「そういった利害調整をするのが俺の仕事だ。心配しなくともよろしい」
「あぁ、もう……!」
俺の自身満々な様子に髪をぐしゃぐしゃ、と掻き乱すレグルス。
こいつだって分かっているんだ。そういうことが必要なことくらい。だが、それが同時に王家の、貴族の政治を腐敗させたことも知っている。
だからこそ、忌避感を持つのも仕方ない。だけど、それでも使って進んでいくしかない。
制度を使いこなすも、腐敗の温床にするのも結局人間次第なのだから。
「本当に大丈夫なんですねっ!」
「安心しろ。なんて、言うつもりはないがね」
そのための監視制度も構築する必要があるだろう。
これもまた人材や統治のように一朝一夕では行くまい。かといって、対策しないというのはあり得ない。
なにしろ、フェネクス男爵領の領民たちはそれで一度、地獄を見ているのだから。
それを俺たちが繰り返すわけにはいかない。
むろん、それは俺たち。俺とレグルスだけでは無理だろう。アスガル、イオネ、デミオ老。その他にも色々な人たちの協力がいるはずだ。
「どちらにせよ、避けては通れぬ道だろう。たとえのたうちまわってもする必要がある。だろう?」
自嘲の意味もある、ひねくれた物言いが出てしまった。出来れば楽に終わらせたい。しかし、そういうわけにもいかない。
それを分かっているからこそ、俺もレグルスもこの道を進んでいるのだから。
「それはそうとして。また、各所との調整が必要になるけどな……」
はぁ、というため息が重なる。
結局、貴族になろうとこんなんなんだな、とふたりで黄昏るのだった。




