五十六話
居城たるアルデバラン伯爵領へ帰還した我輩はすぐさま子供たちに集まるよう召集を掛けた。その中で、即座に反応したのは三男のアルニ。
「父上! アインはどうなりましたか!」
部屋に飛び込むなり、そのようにのたまうアルニ。あれはアインの帰還を待ち望んでいたのだから仕方ない。だがなぁ……。
「あれは帰ってこん。公爵閣下より爵位と領地を賜った」
「……嘘でしょ。あいつが帰ってこないと困るんですけど!」
絶望した顔で叫ぶアルニ。あれはいつの頃からかアインに影響され、政に傾倒しておったゆえ仕方ない。
正味、我輩からすると政の何が楽しいのか分からぬが、どちらにせよ、あれ。アインは閣下に召し抱えられたのだ。それをどうこうする権利はアルデバラン伯爵家は持ち合わせておらぬ。
絶望にうちひしがれるアルニの背後でばん、と扉が開かれ、筋骨粒々の男。我が次男、レサトが入ってきた。
「おうおう、親父! 急な呼び出しだがなんなんだ! どこぞで戦か!」
これは息子たちの中で一番、我輩と気性が近い男だろう。それに見合う武も持ち合わせておる。
……その影でもうひとり、入ってきておった。相も変わらず存在感の薄いやつであるが――。
「こらこら、レサト。戦なら父上は僕たちを呼ぶ前に兵を召集しているよ」
「おお、兄者! それもそうか、はっはっはっ!」
影の薄い男。これこそが我が嫡男。長兄のディムラだった。
正味、ディムラは武ではレサトに敵わぬし、政ではアインに敵わぬ。……もっとも、閣下に召し出されたいまとなっては、あれが規格外だっただけかもしれぬな。
それにディムラは――いや、アマテルもであったが。あれらはアインを高く評価しておった。あるいは気づいておったのかもしれんな。あれの価値に。
「それで父上、アインはやはり?」
「やはり、ということは気づいておったか、ディムラ。あれは閣下のもとで男爵となった。以後、別家の当主となる」
「そっかぁ……。まぁ、仕方ないか。それに頼れる味方が増えただけマシ、と考えるべきかな?」
……ふむ。ディムラはそこまで評価しておるのか。
一度、こやつの腹の中を問うてみるか。
「ディムラよ、こうなることを予見しておったのか?」
「いえ? さすがにそこまでは……。ただ、あいつはすごかったので。いつか身を立ててもおかしくない。そう感じてましたよ」
「そうか……。それはアマテルも感じておったのか?」
「アマテルが感じてたのかは知りませんけど。多分同じ気持ちだったんじゃないです? とくにアインに頼られてましたから、あいつは」
なるほど、そうであったか。そういえば、辺境領。いや、フェネクス男爵領への支援を強く進言していたのもあやつだったか。
あれも女だてらに賢しらであった。男ならば、と何度思ったかことか。……女だからこそ、イクリル殿との婚約を結べたのだから、痛し痒しであるが。
それに、アマテル以外にも、アインという伝手が出来たと思うべきか。あれは閣下に覚えめでたそうであるからな。
「それで、アインがどうしたんだ、親父! あいつのことだ。どこかでくたばった、なんてことじゃねぇんだろ!」
「……はぁ。レサト、貴様はもう少し、兄弟について興味を持たぬか。あれは別家を立てることになった。辺境領のことを覚えていよう。あそこだ」
「おぉ、あそこか! たしか、スタンピードが起きたところだろう! アスガルもあそこにいるのだし、モンスターも現れ暇にはならなそうだ。親父――」
次にレサトが何を言い出すのかがわかって頭が痛くなる。これは少々、己が欲望に忠実すぎる。
「ならぬ。貴様まで家を出てどうするつもりだ」
「そりゃあ、もちろん武功を上げるためよ! 当然だろう、親父!」
「当然、ではないわ。馬鹿者!」
貴様も騎士団を率いる身であろう!
それを面白そう、で放り出そうとするでないわ!
確かに、我輩も若い頃は怖いもの知らずであったが、ここまでではなかったぞ。
「ともかく、レサト。貴様の望みは叶えられん。自重せよ、良いな?」
「へいへい、分かったよ親父」
まったく、そのうち抜け出すのではなかろうな。
はぁ、とため息が漏れる。ここまで頭を悩ませるのも久々であるな。このようなことで悩むなど思いもしなかったわ。
「ともかく。再三言うように、アインは別家を立てることになった。これよりはあの者抜きで家を盛り立てる必要がある、ということを心得よ。良いな?」
「もちろんですよ」
「おうよ!」
「分かってるよ……。でも、きっついなぁ」
我輩の訓示にそれぞれ、軽い返事が返ってきておる。こやつら、ほんに理解しておるのか?
我輩も――いや。分からぬ、と逃げるわけにも行くまい。
どこか飄々としておるディムラ。手柄を追い求め、まだ見ぬ手柄に想いを寄せておるレサト。絶望にうちひしがれておるアルニ。
この者たちが、今後アルデバラン伯爵領を差配していくようになるのだ。今すぐ、というわけではないが。
そして、しばらくは我輩が後ろから支えるしかあるまいな。いずれ、ディムラに家督を任せるとしても、だ。




