五十五話
今年も豊穣の秋を越え、夜風が刺すような寒さになった頃。俺、アイン・アルデバランにエルファス閣下からイオス城へ登城するよう召還命令があった。
急なことで何事か、という話だ。
なにしろ、俺だけではなくアスガル、レグルス。ほぼ、辺境領上層部に出向け、という話なのだから。
そのため、急なことであるがイオネとデミオ老に領地を任せ、俺たちはイオス公爵領へ赴いていた。
「しかし、急に呼び出しなど公爵閣下は何用なのでしょうか?」
「さてな。少なくとも悪い用事ではない、と思いたいが……」
互いに心当たりを話す俺とレグルス。そんな俺たちの先導をアスガルが行っていた。
「まぁまぁ、坊っちゃん。それは閣下にお話をうかがえば分かるでしょう。それより、出迎えが来ているようですぞ」
楽しげな、弾んだアスガルの声。それを経て俺は出迎え、と呼ばれた一団を見る。……見た瞬間、ひく、と口角が震えた。
まず、エレインがいる。それだけならまたか、という気持ちだ。それでも、公爵令嬢を気軽に出迎えに出すな、と突っ込みたくなるが。
問題はとなりにいるふたり。エレインのとなりには公爵嫡男のイクリルくん。そして、そのとなりにはマイア夫人。一体どう言うことだ、と叫ばなかった俺を褒め称えたい。
まぁ、それ以上に叫べない衝撃があったのだが。
それはマイア夫人のさらにとなりにいた男性。痩せ形ながら貫禄のある雰囲気の男。それを俺は知っていた。
「……父上?」
そこにいたのはアルデバラン伯爵家当主。トラス・アルデバランその人だった。
なぜ、父上がここに?
そんな俺の疑問は当人によって解消されることになった。
「アイン、貴様は何をやったのだ。閣下より召還命令が下ったのだぞ」
「父上にも、ですか?」
まさか父上まで召還命令とは……。イクリルくんまでここにいることといい、一体何が起きているんだ。
父上がここにいる疑問は解消したものの、他の疑問が積み上げられていく。
「アインさん、こちらへ。父が、公爵閣下がお待ちです」
「……イクリルくん? いや、承知いたしました」
彼はきっといま、公的な立場でここにいる。馴れるべきじゃない。しかし、閣下はこれだけの人間を集めて何をしようというんだ。
閣下の思惑を察することが出来ず、俺の中に不安が渦巻く。だが、それでも進むしかあるまい。辺境領の代官、領主として。
決意を新たにした俺は、力強く足を踏み出すのだった。
「良く来た、アイン・アルデバラン」
「はっ、お呼びにより馳せ参じました、公爵閣下」
目の前にはイオス公エルファス閣下。そして、両隣にはエレインとイクリルくんの姿もある。
俺は跪き、頭を垂れている。後ろでアスガル、レグルスも頭を垂れている気配がある。
「面を上げよ」
「はっ」
閣下の声掛けにより、俺たちは顔を上げる。
閣下は表情こそ重々しくあるが、雰囲気の方はそうでもない。少なくとも何か問題があった、というわけではないようだ。
「アイン・アルデバラン。貴公を呼び出したのは他でもない。我が公爵家にとって喜ばしきことを伝えるためである」
「喜ばしきこと、でございますか……?」
なんのことだ?
アマテル姉さんとの婚約の件について、か?
しかし、それなら俺が喚び出される理由が分からん。
親父どの、父上だけで良いはずだ。
「貴公が望んでいた辺境領の名称について、中央から変更の許可が下りた。また、それと付随してかの地、フェネクス男爵領は我が公爵家の領土の一部となる」
「はっ、承知――男爵領、でございますか?」
「うむ。そして、引き続き男爵領の統治はアイン・アルデバラン男爵へと一任する。また、家名をフェネクスと改めよ」
怒涛の指令に頭が真っ白になる。
そんな俺を置き去りにして、次に閣下は父上。アルデバラン伯爵へと話し掛けた。
「アルデバラン伯爵。事後となるが、ご子息。アイン・アルデバランを我が直臣として取り立てる」
「はっ、身に余る光栄にございます」
重苦しい会話、そして雰囲気。
ふたりとも、言葉通りということはあるまい。
何らかの政治的交渉があったのか、それとも本当に事後通告なのか、俺には判断が付かなかった。
「では、略式であるがダレス・パルサ王子殿下に代わり、わし。エルファス・イオスが叙爵を執り行う。アイン・アルデバラン。前へ」
「はっ……」
内心、何がなんだが。という気持ちだが、言われるがままに前へ出る。
「臣、アイン・アルデバラン。貴公をパルサ王国男爵へと取り立てる。以後、アイン・アルデバラン・フェネクスと名乗るべし。以降、イオス公爵家の臣として、王国へ忠を尽くすべし」
「はっ、委細承知いたしました。アイン・アルデバラン・フェネクス。拝命いたします」
ある意味白々しい会話だ。俺と閣下はこの地域一帯にブロック経済を敷こうとしているのに。
それでもこれは大きな一歩だろう。今後、大手を振って公爵家のバックをもとに開発を進められるのだから。




