五十四話
パルサ王国王城、その一角にある執務室で私。パルサ王国第一王子ダレス・パルサは部下からの報告を受けていた。
「……ふむ、いまのところアクラの近くで疑わしい行動は起きていないんだね?」
「はっ! いまのところ、鳴りを潜めているようです」
「なら、良いけど」
始まりはさるところから情報がもたらされたことにある。アクラのところに帝国から離間工作が行われている可能性が高い、というもの。
本心で言えば一笑に付したいところではあるけど。
「まったく、儘ならないものだね」
「殿下?」
「いや、何でもないよ」
苦笑いしながら、話題をそらした。
いくら私の派閥の人間とはいえ、隙を見せるべきではないからね。
それよりも、気になることは他にもある。
「それより、イオス公と姉上。連名での言上があったと思うけど」
「はっ。辺境に派遣された代官の叙爵と預けられた直轄領の下賜。それに新たな命名権であります」
「ふむ……」
顎に手を当てて考える。あのふたりが王家に背く、とは考えにくい。つまり、こちらに利がある。と、考えているはずだ。
「それで、その代官は何者だったかな?」
「アルデバラン伯爵家四男、アイン・アルデバランであったかと」
「あぁ、あれか。父上の覚えめでたかった子だね」
それに、ライナも気に入っていた――。
私は慌てて思い浮かんだ考えを打ち消す。いま、ここで私情を出すべきじゃない。
「うん、良く分かった。下がって良いよ」
「はっ、失礼いたします!」
私は報告に来た部下を下がらせる。いまは少し、ひとりで考えたかったからだ。
そして、部屋を出たのを確認すると椅子へ身体を預ける。ぎしり、と軋む音が聞こえた。
「やれやれ、イオス公が王家の力を削ぎに来た。なんて、ことはないと思うけど……」
なにしろ、あのイオス公は王家――ではなく、父上。サルガス王に対して忠誠を誓っている。まかり間違っても、私やアクラに忠を尽くしているじゃあ、ない。
とくにアクラの専横は目に余る。王家が見限られたとしても仕方ない。
「昔はそんなのじゃなかったのになぁ……」
もっと純真で、私を兄上と慕って――。
「いや、純真すぎたから、か……」
あれは、純真すぎた。人の悪意に鈍感すぎた。知らず、悪意に染まってしまった。
軍事国家パルサ王国として、王に相応しいのは武力に秀でていたアクラだ。しかし、父上は長子相続性という法。そして、アクラの為人を危惧し私を後継者とした。
「これで、もう少しあれが腹芸が出来たらなぁ。私も喜んで後継者の座を明け渡したというに……。あの馬鹿者め」
あるいは父上の考えでは政が得意な私を内に残し、アクラを武の象徴として使いたかったのかもしれない。だけど、父上は体制ができる前に病に伏せてしまった。
それでも、それだけならまだなんとか協調できたかもしれない。
「……愚か者め」
だが、あれは自身の権力の邪魔となり得るものを徹底的に弾圧した。いや、違うか。あれは自分の政敵を排除した、と思ってるかもしれないけど。
「実態は傀儡だ。派閥の貴族たちに良いように使われていた」
だが貴族たちにも予想外のことが起きた。アクラは政敵の貴族たちだけじゃなく、それらが掲げていた王族。家族たちにまで手を出した。
あのような失態、愚挙を起こす者に王家の舵取りを任せるわけには行かない。
「……あれはまた短慮を起こすだろうね。頭が痛くなるなぁ」
帝国も、皇国もどう動くか分からないというのに。いや、帝国の方は分かりやすいか。
「アクラを使って内紛を起こす。それで万が一あれが勝てば傀儡、といったところかな? そんな皮算用にどれ程の意味があるか、分からないけど」
そして、私が勝った場合は漁夫の利を得る、というところかな?
現状、私の派閥が上回っているのだから勝てはするだろう。でも、全力で戦えるわけでもない。
もし本格的な内紛、内戦となった場合、日和見の貴族たちがどう動くか分からない。そして、王軍から逃げた兵たちが野盗化する可能性だってある。
「だから、少なからず王都に防備に兵を割かなくてはいけないからね。でも、そうすれば私とアクラの兵力は肉薄する」
痛し痒し、ではある。でも無茶も――。
「いや、待てよ……」
イオス公と姉上の言上。これをうまく使えないだろうか? ふたりとも理性的な人物だから、無理ではないはず。
それにアイン・アルデバランも父上が目にかけていた。それらをこちらの派閥……は無理でも、同盟に近い立場と出来れば、こちらはより磐石となる。それなら――。
「さて、動いてみるとしましょうか。新たな領地の名前。フェネクス、でしたか」
多少王家が損失を被ったとしても余りある益としたいものです。




