五十九話
アタシは広場でわいわい騒いでいる集団の中心。あのどこか困ったように微笑んでいる坊やを見ていた。
しかし、あの坊やがお貴族さま、ねぇ……。
「まっ、元からお貴族さまではあったんだが……」
何も知らない人間からすると、あれがアルデバランの俊英やら、気狂いやら呼ばれてる、何て言われても信じないだろうねぇ。
あの坊やと初めて会った時、そういえばあそこで坊やに抱きついてるお嬢ちゃんに案内されたんだっけか。
その時のことを思い出して、アタシもまた頬が緩む。
最初はデフに会いに来たついで、だったんだがねぇ……。
「妙な縁になったもんだよ、まったく。えぇ、アインさま?」
初めはマーネン商会からうちの、紫煙の蜻蛉団副団長。デトローフが辺境の寒村で見つかった、という連絡からだった。
あのバカ。武器が振れなくなったからお役御免だと、勝手に決めつけて雲隠れしたもんだからね。まったく、冗談はおよしって話さね。
あったら、文句のひとつでも言って、そして首根っこ引っ掴んで連れ帰ろう。そんな気持ちでここへ来たんだが。まさか、貴族のボンボンが来たことを嬉しそうに語るあれに毒気を抜かれてねぇ。
デフのやつがそんなに言うもんだから、興味が湧いて……。それが分岐点、てやつなんだろうね。で、実際に会ってみたら――。
「……ふふっ」
聞きしに勝る奇妙さで、それでいてふとした瞬間にまるで歳上と話している気分になる坊やで、だけど年相応の危うさもあって……。
「ほんとう、奇妙な坊やさね」
ああいうのを、人たらしというんだろうね。
たらし込められたアタシが言うことじゃないが。
あの騎士さまや、青瓢箪の内政官さまもそんなところに惹かれたんだろうねぇ。
アタシは無意識にお腹へ手を這わせて、ハッとする。少し、気恥ずかしい。
「やれやれ、生娘じゃあるまいに」
女だてらに傭兵の頭を張っていると、そういう嘗められることもよくある。そして、アタシも女であることを武器にすることだってあった。
そんなアタシが、あの坊やを放っておくことが出来なかった。いつか、潰れてしまいやしないか。そんな心配が出て。
だから、情を交わした。身体で慰めようとした。ただ、想定外だったのが……。
「それでアタシが溺れてりゃ、世話ないねぇ」
自分で言っていて、かぁ、と頬が熱くなる。
ここに来た当初のアタシが聞いたら鼻で笑い飛ばすだろう。
このアタシが、紫煙の蜻蛉団団長のイオネさまが、坊やの子供を身籠っても良い。なんて情を、考えを持っちまった、何て言ったら。
「……と、いつまでも感傷に浸ってる場合でもないね」
いまのアタシらは根なし草じゃないんだ。坊やに託された諜報、情報部門としての仕事がある。それはこなさないとねぇ。
だからアタシはお嬢ちゃんに抱きつかれてる坊やへ声をかける。
「アインさま、ちょっと良いかい?」
「……ん? あぁ、イオネか。どうした」
アタシが現れたことで仕事の顔に戻った坊や。そして、抱きついてたお嬢ちゃんはぷくぅ、と頬を膨らませてこちらを見ている。
だけど、この娘。もしかしなくても……。
「くふっ……」
「うん? どうした、イオネ?」
「なんでもないよ。それより、大変そうだねアインさま?」
アタシがことさらに心配すると、坊やは訳が分からないと言いたげな顔をする。
大方、お嬢ちゃんのこと。妹、ぐらいにしか感じてないんだろうし、お嬢ちゃんもお嬢ちゃんで自分の感情に気づいてないね、こりゃあ。
可愛らしい嫉妬。好いた男を盗られたくない、なんて独占欲が見え隠れしてるんだから。
これは面白いことに――じゃなかった。青瓢箪、レグルスと応相談、かね?
アタシやお嬢ちゃんは正妻にはなれないけど、そもそも坊やは貴族の初代だ。アルデバランという意味では血はそれなりにあるけど、フェネクスとしては細すぎる。
血を後世に残していく、ってのはお貴族さまの大切なお仕事だからね。側室辺りには収まれるさ。そして、側室をつくるにしても、どこぞの馬の骨より、身元がはっきりしているのが良い。
そういう意味でアタシやお嬢ちゃんはうってつけさね。
まぁ、それも後の話さね。
いまは、いま出来る話をしないとねぇ。
「それはともかく、アインさま。領主館に良いかい?」
「ここでは話づらい、と?」
「少なくとも、人目を集めるようなものではないさね」
「……わかった」
やれやれ、とりあえず報告は出来るかね?
しかし、妙な噂が立つもんだよ。王族のそっくりさんが奴隷として売りに出されてる、なんて。
無責任な噂だとしても、耳にいれないわけにもいかないからね。
それと、話が終わった後に、また重ねるのも悪くないかもね。この頃、農業都市や叙爵の件でご無沙汰だったんだし。
そう思うと、俄然やる気も出てくるというものさ。
……自分でもなんだか、現金になったもんさね。
でも、いまの生活も悪くない。うん、悪くない。心からそう思えるようになったよ。




