五十一話
デミオ老からの願いを受けて、いま、俺はイオス公爵領。居城であるイオス城にいる。
老に告げた可能性、それを探るためにだ。
そして、公爵閣下。エルファス閣下へ拝謁願い出て、いま実際に話しているわけだが……。
「坊、それがどういう意味を持つか、分かっていっておるのだな?」
「はっ……。承知しております」
眼光鋭い閣下。だが、身体はリラックスしているのか謁見の間の椅子に深々と座っている。
むしろ、横に立っているエレインが俺たちの空気に当てられ、あわあわしているくらいだ。
「それは最悪、国への謀反。と、取られかねぬぞ」
「で、ありましょうな」
サルガス陛下がご病気になる前、政務を取っていた頃ならその意気や良し。と、願いが通っていた可能性は高い。
しかし、いまやその陛下は病床であり、政務はダレス殿下。そして、アクラの合議であるという。
ダレス殿下の思惑は察すること出来ないが、アクラは間違いなくこちらを謀反人として糾弾するだろう。
「ですが、それは早いか遅いかのお話かと」
「ふむ……」
だが、それは王都と、パルサ王国と少しづつ距離を離し、独自路線を歩もうとしているイオス公爵家、ディオスクロイ子爵家にも同じことが言える。
それにそれは他の貴族にも言えた。
こちらも最初に報告を上げられた時は驚いたものだ。アクラ派の貴族の後ろに、帝国貴族の影が見える、等と。
そして、いくらイオネが優秀とはいえ、弱小領主であるこちらにも聞こえてきたんだ。さらに規模の大きい貴族。聡い貴族であれば既に情報を掴んでいるだろう。
その証拠にアクラ派の一部貴族はダレス派へ鞍替えする動きを見せているし、日和見していた貴族もまた、こちらと同じように独自路線を歩もうという動きを見せている。
しかも、アクラ派の首魁であるアクラ自身は外患を招いている自覚はないようだ。
この有り様では遠からず――さすがに、すぐとはいかないだろうが――10年以内に内乱が起きてもおかしくない。
「して、どうするつもりだ、坊?」
「はい、この際です。王都側には追認していただこうかと」
「ふむ……」
あちら――特にダレス派――からすれば貴族の謀反など容認できないはずだ。ましてや、外部勢力を国内に招くなどもっての他。
ならば、どこかで引き締めを行いたい。存在感を示したいはずだ。その思惑をつく。
そも、もともと公爵家は王家の縁戚。何代にも渡り、王妃を、王配を輩出してきた。
実際にサルガス陛下とエルファス閣下も、薄くはあるが血の繋がりがある。
すなわち、王都の派閥に認めてもらうんだ。この辺境領、つまりフェネクス領の自治を。まぁ、正確には王の直轄領から、公爵家の領地にスライドさせよう、という腹だ。
これが金鉱のことが露見していれば無理だっただろう。しかし、幸運にもマイア夫人の謀略により、いまだバレていない。
その状態なので、王都の辺境領に対する認識は、仮想敵国。ヒアデス帝国国境に近い前線となる。
つまり、あちらからすると。エルファス閣下は中央の混乱のなか、それでも国を守ろうとする忠義の士となる。
その認識の相違を利用する。さらに言えば、その認識をうまく利用すれば出来るはずなんだ。公爵領を、公国として独立させることが。
「だが、ダレス殿下は認めまい」
閣下からの釘刺し。まさしくその通りだ。ダレス殿下に関して、あまり噂に立ってない。だが、それは逆に考えるなら及第点の統治を続けている、とも取れる。
人間、悪い評判についてはすぐ広まるものの良い噂、というのはあまり広まらない。噂を立てる立場の領民たちが話さないからだ。正確に言うなら、悪評という名の不満は口に出ても、満足していた場合。その評判は世に出る可能性は低い。
統治に満足していることをわざわざ口に出す理由がないから。
「そ、そうよ。アイン! いくらなんでも、急に名前を変えようなんて無理よ!」
ようやく俺たちの会話に頭が追い付いてきたのだろう。エレインが泡食った様子で入ってくる。だが、その認識は周回遅れも甚だしい。
俺も閣下も、互いに目を合わせて苦笑していた。
やはり、エレインは軍事の人にはなれても、政治の人になるのは難しい、と認識して。
まぁ、それでも。一般的に考えてエレインも充分優秀なんだ。ただ、俺の周囲。アマテル姉さんやマイア夫人が異常なだけで。
「して、アイン坊。旗頭は?」
「イクリル殿を」
「ほう……?」
俺の推挙に閣下は不思議そうにこちらを見やる。
「お主がやるのではないのか?」
「こちらでは家格が足りませんから」
これは本当だ。相手は公爵家の跡取り、対してこちらは伯爵家の四男坊。家格が違いすぎる。
それを無視して俺が独立国の宗主となったところで、公爵家の臣下が納得しない。
伯爵家四男、というところでもそうだし、フェネクス領主としても、ポテンシャルはあるがいまだ小領主なんだ。それを頭に据える、と言われて納得するとは思えない。
それでも、もし。イクリルくんがアクラのような俗物であれば排除。または傀儡にする、という手を取ったかもしれない。
だが、喜ばしいことに現実のイクリルくんは傑物だ。それなら、俺がでしゃばる必要なんてない。むしろ、土台を整備する側に回るべきだろう。
……いつぞやか、イクリルくん相手に門前に馬を繋ぐことになるかもなんて言ったが。
「まさか、それを自ら率先してやることになろうとは……」
人生、ままならぬものだ。不満、というほどではないが。有能な、しかも柔軟な思考を持つ主君なんて得がたいものだから、な。
俺はそんな場違いなことを思いながら、エルファス閣下と会談を続けるのだった。




