四十六話
話が脱線してしまったが、我が領地の金鉱が王都にバレていない件である。
「それで、イオネ。お前は王都で情報操作をされている。そしてしているのはマイア夫人だ。そう考えているんだな」
「あぁ、そうさ。あの人ならそれぐらいの腹芸はやるだろうし、手駒にも事欠かないさね」
手駒に事欠かない、か……。
つまり、傭兵か私兵か知らないが、その仕事をしている集団は有能かつ、夫人へ絶対の忠誠を誓っている、ということか。
「……本当に、恐ろしいものだな」
さすがにディオスクロイ子爵家単独でパルサ王国へ反旗を翻すのは難しかろう。だが、彼女には。マイア夫人には財力という権力がある。
もし、それで近隣の貴族たちを靡かせたらどうか?
むろん、ただ金を与えるだけじゃない。金で借財の肩代わりをする。領地を、あるいはかつての世界であった免罪符でも良い。
それらを与えることが出来るのなら。
まさしく、与えられた貴族たちは首輪をつけられたに等しい。そして、その貴族たちは嬉々としてその首輪を顕示するだろう。ディオスクロイ子爵家と、マイア夫人。パルサ王国に連なるものとの付き合いの証として。
「まぁ、そこまで心配しなくても良いんじゃないかい?」
「……なに?」
あっけらかんとした、能天気とも言えるイオネの物言い。本来であれば聞き逃せないことであるが、彼女はマイア夫人と取引があった。つまり、為人を知っている、ということ。
俺は無言のまま顎をしゃくり、続きを促す。
「単純な話さ。あの人は有能な人。そして、取引相手が大好きなのさ。領主さま、あんたがこのまま領地を発展させ続けるなら、良い取引相手として見てくれる――」
「――そして、暴政に踏み込んだ瞬間。俺はお役御免になる、ということだな?」
イオネの言葉に被せた俺の確認に、彼女は肩をすくめることで答えた。
「良く分かってるじゃないか」
「考えるまでもない」
なぜなら、俺もマイア夫人と同じ立場なら同じ行動を取る、という確信があった。
相手が自身に、領民のためになるなら取引する。そうでないならば、切り捨てる。それと同じことだ。
「それで、現状利益があるから辺境領を守ろうと?」
「多分だけどね。有益なら投資は怠らないのさ」
マイア夫人に味方判定されていることを喜ぶべきか、いつ敵になるか分からない地雷を得てしまった、と嘆くべきか。判断に迷うな。
「まぁ、そういうことでね。いまのところ、領主さまの心配は杞憂、ということさ」
「……まぁ、そうなんだろうな」
考えれば、彼女の胸先三寸でこちらの未来が決まる、ということでもある。かといって、イオネが言うように心配のしすぎも良くない。
たら、れば、の可能性など考えはじめたらキリがない。そんなことを考えるくらいなら、常に民を慮る政治をした方が建設的だ。マイア夫人の逆鱗に触れない、という意味でもな。
まぁ、それはそれとして。いったい、マイア夫人はどのような行動に出ているのか。
「それで? 具体的に、王都ではどのようなことが起きてるんだ?」
「起きている、というか。噂が立ってるんだよ」
噂? ここのか?
そんな疑問をよそに、イオネは噂について補足してきた。
「なんでも――曰く、辺境の寒村に新たな代官が派遣された。それは気狂いな貴族の御曹司だ。新たな販路だと意気揚々と出掛けた商人が大損こいた、なんかだね」
イオネの口から出た噂話を聞いて、ひくり、と顔が痙攣する。嘘ではない、嘘ではないのだが……。
俺がアルデバラン伯爵領で俊英だの、気狂いなど呼ばれてたのは事実だし、マーネン商会との取引も場合によっては勉強してもらっている。言い換えれば安くしてもらってるのだから、損害が出ている、という言質もおかしくはない。甚だ憤慨ものだが。
そして、そんなことを知っているのはマーネン商会と取引がある貴族。つまり、ディオスクロイ子爵家。マイア夫人だ。
「これは、評価されてるのか。それとも、罵倒されてるのか微妙だな」
そして、なにより。この噂の嫌らしい点は既存の商取引には全く損害を与えないところ。むしろ、既存の販路で取引を独占できる点にある。
考えてもみろ。現状、うちと取引があるのマーネン商会。すなわち、ディオスクロイ子爵家だ。そして、新規参入するとしてもイオス公爵家領の商人くらいだ。
それらの商人がこちらとの取引で莫大な利益を得たとして、馬鹿正直に他領の商人、商会へ情報を与えるか?
そんなこと、あるわけがない。わざわざ、自身らの利益を減らそうとする商人などいないだろう。
つまり、イオス公爵家。エルファス閣下のお考えか、それともマイア夫人の考えか分からないが、奇しくも辺境領、ディオスクロイ子爵領、イオス公爵領によるブロック経済が作られようとしている。
確かに昔、閣下にブロック経済の話はした。しかし、それを実行するかどうかはまた別問題。もしくは、閣下から話を聞いたイクリルくんが主導している可能性もある。マイア夫人と幾度となく会合を開いていたようだし。
「やれやれ、貧乏暇なしと言うが頭の痛いことだ」
「その貧乏から抜け出すために、金鉱を掘るんだろう?」
「楽に掘らせてくれると良いのだがな」
いや、そのための噂。マイア夫人の動きか。
精々、いまは乗せられるしかないだろうな。このまま、やられっぱなしで終わるつもりもないが……。
さて、どうしたものか。
俺はこれからの動きに、頭を悩ませるのだった。




