四十五話
アスガルの吉報にして凶報を持ち帰ってきてから、早くも一ヶ月が経った。あの後、基本平和だった。モンスターの襲撃が起こるわけでもなし、金鉱についても王都には情報が入ってないようで、アクション自体がなかった。どうやら、誰かしらが情報操作をしている節がある。
……まぁ、そういうことをしそう。できそうな人物について、心当たりは一人しかいないが。
「それでイオネ。情報操作の件だが、足取りはつかめたか?」
「あぁ、領主さま。完璧、とまではいかないけどねぇ……」
気だるげな表情でこちらを見るイオネ。
この一月で新たに判明したこと。それは、彼女。イオネ、そして彼女が率いる紫煙の蜻蛉団が直接戦闘だけではなく、いわゆる諜報活動も得意としていたことだ。
はっきり言って、嬉しい誤算だ。防諜体制を敷こう、と考えた矢先のことだったのだから。
そして人材が育った後、イオネを配置する場所が決まった、ということでもある。
――辺境領、情報室室長。それがイオネに与えるポストだ。つまり、彼女に情報などの裏方仕事を一任する。
これで領地の指揮系統。最終決定と外交を俺、軍事をアスガル、内政をレグルス、諜報をイオネ。という大枠が決まったとも言える。
「少なくとも、正規の手段。というか、きれいなやり方には見えないね。間違いなくこちら側だよ」
「こちら側、ということは――」
つまり、情報操作を行っているのは同業者。傭兵だと言いたいのだろう。そして、それを行いそうなのは一人。
「マイアさま。ディオスクロイ子爵夫人か」
「まず、間違いないだろうねぇ。特にあの領地はお抱えの傭兵団がふたつある」
「……そうなのか?」
それは俺の知らなかった情報だ。
イオネはにやり、と笑って続ける。
「そうさ、なんて言ってもあの人は太客。御大尽だからねぇ。アタシらも噛ませてもらったほどさ」
「ほう、それは……」
俺は自身も目が険しくなるのを自覚した。イオネが悪びれもなく、マイア夫人と過去、取引していてその事をこちらに教えていなかったから。
そんな俺を見て、イオネはけらけら笑っていた。
「心配しなくとも昔のことさ。それにアタシらでは食い込めなかったしねぇ」
「食い込めなかった、とは」
「領主さまはアタシらの兵力が100くらいだってのは言っただろ?」
「それは、まぁ……」
こくり、と頷く。イオネは満足そうに笑った。そして、すぐにそれが苦笑いに変わる。
「それで、契約してる傭兵団の兵力が1500と800、と言ったら?」
「……なっ! いや、まさか。確かに――」
苦笑混じりのイオネの話に俺は愕然とした。
確かに、それならイオネの話は納得だ。納得なのだが、その兵力が問題だ。なにしろ、1500や800なんて数はそれこそ子爵家の貴族が抱える兵力だし、それを合計すれば、伯爵家を凌駕する兵力となる。
さすがに貴族の正規兵より練度は低い、と思いたいが……。いや、希望的観測はやめよう。イオネ率いる紫煙の蜻蛉団も我が本家。アルデバラン伯爵家の正規兵に肉薄する練度があったんだ。
そして、そのイオネが敵わない、と素直に評価した傭兵団。最低でも同程度、と判断するべき。
「……恐ろしいものだな」
素直にそう思える。マイア夫人は間違いなく傑物だ。しかも、本来軍事国家に現れない、出世できない類いの。間違いなく、道半ばで果てる。暗殺されるだろう。
彼女はそれだけの才覚がある。あるいは、俺と同じように――。
「いや、ないな」
「どうしたんだい?」
「いや、なんでもない」
あるいは、俺と同じように転生者。かつての世界を知るものか、とも考えたがそれにしてはちぐはぐだ。
その最たるものが火の秘薬、火薬だ。
よく、剣と魔法のファンタジーでは銃は発展しない。なんて、話を聞くが必ずしもそうではない、と俺は思っている。
理由はいくつかあるが、大きな理由を言うと、魔法とは天与の才能、どうしても各人で能力にムラが出る。
もちろん、大魔導師なんて呼ばれるやつは単騎で都市ひとつ、簡単に堕とすだろう。かといって、それが万人に出来るか?
不可能だ。
才あるものならそれこそ重戦車のように障壁で攻撃を防ぎ、魔法という名の砲撃であらゆるものを吹き飛ばすだろう。
だが、再三言うように万人にそれは出来ない。むしろ、出来たら簡単に国が、大陸が滅ぶから出来ない方が良いというのはあるが。
……脱線したが、ともかく。魔法、というのは画一的ではなく、才覚によるところが大きい。
それに比べ、銃は整備、製造、物資などに金がかかるが、画一的だ。ある程度訓練した農民でも騎士を殺せるようになるだろう。……一部の規格外を除いて、だが。アスガルとか、姫騎士たるエレインとか。
だが、それもいつの日か濁流に飲み込まれるだろう。平民の軍人化と圧倒的物量。すなわち、産業革命という濁流に。
騎士が陳腐化し、大量の兵士、物資による総力戦。かつての世界で、二つの世界大戦を知る身として、この国も、この世界もいずれ同じ道を辿るだろう。
……あるいは、この世界に俺という異物がいなければ――。
そんな、たら、ればなど考えても意味はないが。
ともかく、その選択をしなかったマイア夫人は良くも悪くも俺の同類ではないようだ。
それが素晴らしいことなのか、そうでないのか。それは分からないが……。




