*2(承前)
薄暗い車両の後部兵員室に入ると、振り返った管理官は彼女に、
「脱げ」
とだけ言い、腕組みをして待つ。彼女は何の躊躇もなく、トレーニングスーツと下着を脱ぎ、上半身裸になる。
すると、管理官は腕組みを解いて彼女に近付き、機械的な手際の良さで彼女の肌に止められていた観測機器の配線やパッドを外し、腰にベルト止めされていた機器を外す。それを車両の前部、機器ラックの前に座る女に手渡す。ラックにはぎっしりと計器類が並び、モニター画面と当時最新のコンピューターがほの暗い照明に鈍く光っていた。
女は、厚手の文庫本程度の大きさの機器を特殊なケーブルで目の前の機器に繋ぎ、キーボードにコマンドを打ち込む。するとカセットデッキが早送りするかのような音と供に、コマンド用のモニターとは別のモニターにオシロスコープに似た黒地に緑の線が踊るグラフ状のものが現れた。女が更にコマンドを打ち込むと、揺れながら流れていたグラフがスピードを上げ、やがて画面右上表示された4ケタの数字と、画面左上に流れるカウンターと思しき数字が近付くと、女は再び何かを入力した。グラフはゆっくりと走り、やがて左右の数字が一致したところで止まる。
女がモニターを指でなぞり、何かを呟くと、管理官はその横から覗き込む。やがて女は白衣の胸ポケットに差していたボールペンを取ってモニターの緑の波のある頂点を叩く。
「ここに特徴的な波形が見えます。また、精神交信の輻輳が見られます」
女はそこでちらりと彼女の方を見てから管理官へと視線を移し、
「間違いない、と思いますよ」
「素晴らしい。我が国通算5人目の『予言者』の誕生だ」
管理官は珍しくにこりと笑うと、まだ上半身裸のまま佇む彼女を振り返る。
「36G、やったな、これで『名前』が貰えるぞ。ああ、服を着てよろしい」
彼女はゆっくりとトレーニングスーツの袖に腕を通す。全く無表情のまま、次の指示を受けるため直立不動となった。管理官は、まだ笑顔のまま、
「では、終了報告だ。ただし、二階に上がった後、お前は異常な現象を感じたはずだ。その部分は出来る限り詳細に報告しろ」
管理官が頷くと、モニター前の女が録音装置のボタンを押す。それを合図に彼女は話し始めた。
5分後、彼女が口を閉じ女がストップボタンを押すと、管理官は笑みを浮かべながら拍手の真似事をして、気を付けを続ける彼女の顔を覗き込んだ。
「正に典型的なフラッシュバックだ。しかも自らの危機を正確に予兆し警告している」
管理官はふと無表情に戻ると、
「だが、これでお前は夢を見ることが出来なくなったな。夢は予知に場所を譲る。脳に夢を見る余裕がなくなる訳だ。見るのは全て未来につながる予言、そういうことになるはずだ」
すると彼は再び笑みを浮かべ、彼女の肩を軽く叩く。
「しかし、そんなことは大したことではない。お前は能力者としての重要なステップを登ったのだからな。さあ、今夜は何でも好きなものを食べていいぞ、夜のカリキュラムは全て中止、自由時間を五時間与える。まだ肉は苦手か?そうか、魚は?ではそうしよう。ビデオでも見るか?ああ、新作アニメーションがある。それとも仮想敵国Bの歴史ドラマがいいか?原語だが、お前は解せるはずだ。そうか、では用意させよう」
管理官が、車載の無線電話から研究所に電話をする間、彼女はこの突然の変化に首を傾げ、浮かれている、と言ってもよい管理官を見つめていた。その時、彼女が考えていたのは、飯は抜きだ、と言ったサポート部隊の軍曹は間違っていたな、などというどうでも良いような事だった。
近未来の予知、と称されるフラッシュバック能力。実際は、サイが人間や脳を有する生物に思考潜入したり、サーチと呼ばれる遠隔探索を行なったりすることで、無意識にその個体の思考やら集団と個との関係やら本能的行動やらを予見し、その結果がイメージとしてリアルに頭に浮ぶ、どうやらそういうことらしいのだが、その能力を彼女がポテンシャルとして持っていた事が証明されたのだった。
後部兵員室と運転席の隔壁に設けられたスライド式の小窓を開けた管理官が、研究所へ戻るようにと運転兵に伝えるのを聞きながら、彼女はふとあの少女の事が気に掛かった。しかし少女を探してサーチしたが、彼女も彼女の父親も捉える事が出来なかった。2人ともその頃には現場を離れ、軍の特殊部隊訓練施設へと送り出されていた。彼女は、2人が速やかに薬物を投与され記憶があいまいになる様に仕向けられた事にも気付くことはなかった。




