*2(承前)
その日も訓練とデータ収集を兼ねた任務が発令され、彼女はサポート部隊と共に首都郊外の住宅地へ向った。そこでは24時間前から麻薬常習者が立てこもり事件を起しており、その現場で速やかな解決を図る、と言うものだった。
ブリーフティングの後、彼女は一人で問題の二階建ての敷地へ向う。時間は午後の3時、まだ日も高く到底人質救出が隠密裏に果たせる時間ではない。
ある意味最悪ともいえる時間に、彼女は隣家の庭から低い生垣を越えて庭に侵入した。事前に犯人と人質になっている犯人の12歳になる長女に『アクセス』して暗示を掛け、敷地内の不審な動き、特にリビングの窓を割る音を無視するように働き掛ける。もっと成長した能力者なら、直接この段階で犯人に対する精神攻撃を行い倒すが、彼女はまだ相手を『見て』間近に感じなければ有効な攻撃を行うことが出来なかった。
しかし真の理由は、高度のプレッシャーの下で彼女の潜在能力がどれだけ上がるのか記録をとりたい、という研究班からの要請によるところが大きかった。
庭から直接窓を破って入ったリビングでは、割れた食器が散乱し、椅子が壁に叩きつけられたのか粉々の破片と化している。破片を踏まぬようにゆっくりと抜け、狭い廊下を階段に向う。 すると階段の横、バスルームの脱衣所にブルーネットの髪の女がいた。風呂から上がったところを刃物でやられたのか、全裸で俯せに倒れ、血溜りは既に乾き始めて粘ついていた。 彼女はそちらを眺める事をしなかった。そのまま階段を二階に上がる。子供部屋のドアはノブが壊され上の蝶番が外れ、扉が半壊して内側に倒れている。その代わりにベッドのバリケードで塞がれてその先、部屋の中に犯人と人質がいた。
色褪せた金色の髪を後ろで束ねた30代後半のがっちりとした体格の男。頬がこけ、血走った目の下の隈が黒く深い。右手にはサバイバルナイフ。左腕に抱えられた女の子。12歳位で、彼女の2、3歳年上に見える。ベッドがへし折られ、壊れた椅子が重なって入り口を塞ぐ前、彼女は躊躇無くその細い隙間から身を捩りながら中に入る。
「おい!入るんじゃない!」
男が慌てて怒鳴ったが、彼女がまだ幼さの残る10歳位の少女と見ると、呆気にとられたように黙って見つめるばかりだった。
やがて彼女が無表情のまま二人に正対すると、男は、
「どこから入った?マリーの友達か?」
しかし、彼女は何も答えない。抱き抱えられた少女は、男に、
「ダディ、お友達だから助けてあげて」
そして初めて見る彼女に向って
「早く帰って」
しかし、彼女は無表情に二人を眺めるだけ。男はそのなりに不安を感じたのか、
「おい、なんだお前」
と言い掛けた途端、ひっ、と叫んで立ち上がった。男は少女を離すとナイフも落とし、頭を抱えるようにして泣き出した。泣きながら息を詰まらせ何かを言おうと、口を何度も開け閉めしたが声が出ない。やがて頭を抱えたまま床にひっくり返った。
いつもならこの手の場合、犯人が卒倒するか武器を取り落としたところで警官に偽装したサポート部隊が突入する。しかし今日は違った。攻撃を続け対象を殺せ、と命令されていたのだ。
彼女は、床の上をのた打ち回る男を何の感情も伺わせず、ただ眺めているように見えた。実際はその時、彼女最大の武器を総動員して男に不快、悲しみと頭痛を浴びせ掛けていて、その集中が彼女に隙を産んだ。しかし、油断した事によって彼女がユニークな存在となるきっかけも訪れたのだ。
最初は集中する彼女の思考に、ほんの一瞬流星のように走る不安として認識された。彼女はそれが意識される前に邪念として退け、男に対する攻撃を続けた。すると、今度は稲妻のようにはっきりとしたイメージが彼女に浮かび、消える。そのイメージが意外で信じられないものだったので彼女の集中が緩み、今の現象を思わず振り返る。
(何?今の)
すると男が肩で息をしながら起き上がろうとした。彼女は慌てて集中に戻る。男は再び悲痛の叫びを上げ両手で頭を抱え、床へ頭を叩きつける動作を繰り返す。
「あんた、なの?」
部屋の隅に立ったまま呆然と父親の異常を見ていた少女が、彼女の方を見る。
「ダディをこんなにしたの、あんた、なの?」
しかし、後少しで男を沈める事が出来る彼女に少女の相手は出来なかった。その瞬間、フラッシュバックが・・・
同じ部屋同じ光景、男と少女。しかし二人とも立ってこちらを見ている。少女が何か言う。しかし何と言ったのかは分からない。そして少女は落ちたナイフを拾って・・・
意識が現在に戻る。男は再び立ち上がろうとしている。少女はいつのまにか部屋の真ん中に立ち、ベッドの残骸を背に立つ彼女との間は1メートル位、すると少女は足元を見て、そこに落ちていた父親のナイフを素早く屈んで拾い上げた。何か不思議なものでも見るような、そんな仕草をすると、やがてナイフを右手に握り、目が彼女に向けられる。少女は無言のままナイフを振り上げると、そのまま彼女の方に一歩二歩と近付く。その間、彼女の方は魅せられたように立ちすくみ、少女が自分に切りつけようとしているのを硬直したまま見ていた。
次の瞬間。ベランダ側の窓ガラスが割られ、外から黒い物体が投げ入れられた。
閃光と派手な爆発音、直後飛び込むサポート部隊強行突入班。
立ったままの男は、強行突入班の巨人二人に代わる代わる殴られ、やがて気を失ったところに手錠がかけられる。閃光音響手榴弾の爆発直後、座り込んだ人質の少女は同じく走り寄った別の二人に抱き起こされ、そのまま割れた窓へ、ベランダへと連れ去られる。
彼女はその間目も閉じず、耳も塞がずにしゃがんだまま。やがて中の一人がフェイスガードを跳ね上げ、彼女の方へスタスタと歩いて来ると、ぐいっと彼女を引き起し、間髪置かずに素早い往復ビンタを浴びせた。
「オイ!放心してんじゃないぞ!ったく、手の掛かるガキだ」
男は吐き捨てる様に言うと、
「来い」
腕を掴んで、引き摺るようにしてベランダに掛かったアルミラダーまで連れて行き、
「降りろ、お前の飼い主が呼んでいる」
そして、漸く現実に立ち返り、ラダーを降りようと身を乗り出した彼女に耳打ちする。
「ご主人様はカンカンだぞ。お前、きっと夕飯は抜きだな」
下では管理官が待っていた。彼女は普段白衣姿を見慣れているせいか、常々彼の軍服に防弾チョッキ姿は似合わないと思っていた。彼女はさっと気を付けと敬礼をする。管理官は無表情のまま、ほんの一瞬目線を合わすと無言で顎をしゃくり、装輪装甲輸送車の方へ彼女を連れて行った。




