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わたしは自分の目が見えない、という事実に気付いたのは4歳のとき。白衣の男の一人から教えられるまで、わたしは自分が『見えている』とばかり思っていた。
この2つの眼球が単なる飾りで、わたしは最初から目が見えないことを前提に造られた、と白衣の男は言った。4歳ではそんなに理解は出来なかったが、わたしが見ているものは、わたしの『能力』が生み出す、視覚以外の4感と第6感によって頭脳にイメージとして再構築された周辺情報なのだそうだ。見ているものが実際そのものでなく、わたしの脳が作り出した画像だ、と言われても余り納得出来るものではない。
けれども、どうしてわたしに見えるものの色や形を答えさせるような実験が2歳の頃よりあったのか、と言う疑問の答えがこのときに分かった。彼らは、自分たちの兵器の出来映えを見ていた。新型戦闘機に装備されたレーダーか何かの探知装置の具合を確かめるかのように。
「目などお前たちには邪魔なだけだ。」
ある時、養育官の一人がそう言った。
「視覚は一番騙されやすい感覚だ。そんなものがなくとも、お前は情景を捉え真実ありのままの光景を頭に描く事が出来る。敵の目眩ましなど無力だし、眩しさや暗闇による行動の制限がない」
男はそう言ってわたしの頭を撫でた。わたしに躊躇無く触れるのは、彼を含めた養育官と呼ばれる普段の世話や一般的な社会常識を教育する、言わば親代わりの役目の者たちだけだった。他の者は研究者も軍人も無視するか物扱いかどちらかの対応だった。
しかし、だからと言って養育官たちは愛情をもってわたしたちに接している訳ではなかった。よく訳もなく殴られたし、さんざ悪態も吐かれた。そんなことが日常茶飯事だったので、養育官が機嫌の良い時は無条件に楽しかった。そのときだけは社会教育に登場する『家族』に近い何かを感じとることが出来たからだ。
§
実験と訓練は毎日繰り返された。様々な種類の実験があり、実験と訓練がモザイクの様にちりばめられ、その合間に教育が施された。睡眠時間は4時間。一日の残り20時間は全て実験、訓練、教育だった。
教育は、彼女が造られた理由からすれば不思議な位、内容の濃い充実したものだった。既に3歳から英語と算数が始まり、6歳になる頃には通常中学一年で学ぶ内容で授業が行なわれていた。
元来彼女たちは頭が良い。IQは200に及び天才の域、中でも36Gの彼女と36Bの男児は250を越え、2人の授業は特別に大学クラスの内容でカリキュラムが組まれた。
では、何故このように天才児並みの教育を施しているのか?理由はただ一つ。彼らは人の頭の中、心の領域にまで侵入するからだ。
敵の指揮官の作戦を探るばかりでなく、科学者、政治家、ありとあらゆるケースに備えなくてはならない。せっかく頭に侵入しても、得られた思考が理解出来なければ意味がない。そのため、彼女は『外』へ出る前から既に世界の知識があった。実験でも、遠隔地への思考伝達や読取り(これがスムースに行なえる様になれば『思考会話』が操れる )の際、相手の記憶から外の世界の情景や常識を知る事が出来、それはそのまま彼女の知識として蓄積され、世界の理解に役立った。
当初、こうした広範囲の教育は、兵器としてのみ存在している彼女たちの自我を目覚めさせる危険な行為だ、として反対された事もあった。しかし、実験により、限定した最小限の知識では思考潜入や思考会話だけでなく、彼女たちの最大の武器、精神攻撃や心身操作にも影響が出る事が実証され、高度な教育は『サイ』を育成するための重要な要素となった。
彼女が10歳を迎える頃には教育は大学卒業時まで進み、訓練は実際に『外』へ出ての実践段階にまで進んでいた。特に攻撃訓練に重点が置かれ、実際の緊迫感の中で任務を達成出来るよう、色々な『ステージ』が用意された。
最も多いケースはマンハントで、徴兵訓練部隊からの脱走兵の追跡や逃走犯の追跡と発見など、訓練の材料はいくらでもあった。
人質立て籠もり事件などは格好の『教材』であり、発生すれば直ちに軍中央からの要請の形で中央警察に協力の申し入れがなされ、膠着状態ともなれば、解決のきっかけを作るために彼女たちが派遣された。
そんなある日、彼女、ナンバー36Gにとって忘れられない転機が訪れた。




