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わたしが予言者の称号を得て『レリエル』という名前を貰ったころ、わたしと同じシリーズで造られたナンバー36Bの男の子も、思考会話の長距離通信記録を打ちたて、注目を集め始めていた。彼は後に海外で極秘裏に実戦参加をして目覚しい功績を上げ、『ラミエル』と言う名前を貰う事になる。
シリーズ36とは要するに製造LOTのことで、顕著な成績を残し、実戦化されたものだけが名前を貰えた。愛馬や軍艦、爆撃機などが命名される、あのノスタルジーのようなものなのだろう。名前が認知されていないキリスト教の教典に出てくる天使の名前になっているのは、その頃現われ、やがて軍にとり最大の敵となって行くイスラム狂信テロ集団へのあてこすりらしいが、その時はなんとも妙なことを考えたものだ、と思った。
さて、わたしたちのシリーズ36は変則ロットで、前半4分の1、36Aから36Eまでと、後半36Fから36Uまでは同じシリーズでも製造方法が違っていた。ラミエルのロット、36Aシリーズは通常の遺伝子操作と人工授精による製造で、わたしのロット、36Fシリーズは同じ遺伝子操作でも、何故か様々な障害の因子をワザと含ませて障害者のサイ候補を作り出した。どうやらわたしたちのFシリーズが本命で、ラミエルたちは今までの方法で造られたところを見ると、比較のために製造された『当て馬』らしい。その中でラミエルは突然変異のように優秀な潜在能力者だった。案の定Aシリーズではラミエルだけが生き残り、他の4人は闇に消えた。彼は本当に運がいい。
ちなみにわたしたちが作られた頃には、同じシリーズでも卵子と精子の提供者は様々で、兄弟という訳ではない。だからわたしとラミエルは『同期』と呼び合っていた。
サイキッカー、軍言うところのサイは極秘の存在だったけれど、わたしがサイであると正式に認定された6歳くらいにはその数も10人を超えていて急速に実戦化が進んでいた。わたしたちの後に続くLOT44では6名が、その先のLOT47では、9名が実戦レベルになると言われていた。兵器だろうが製品だろうが、後から造られたものの方が性能は良く、ローコスト・ハイリターンなのは世の常だという。だから後に実戦化された者の方がポテンシャルは高いらしい。けれど、わたしの知る限り最初に実戦化されたLOT01の『ルシフェル』を超える能力者はいない。先輩に当たる何名かのサイや、ラミエルとわたしもそれなりだとは思うけれど、わたしが10歳の頃には極秘裏に非公式の戦闘で結果を残していたと思われる彼女に敵うとは到底思えない。とは言え、サイにもそれぞれに得意な技や苦手があり、個性があり、能力者同士本気で戦ったのもわずかな例しかないので、誰が本当に強いのか、など、やりたくはないし知りたくもないのがわたしの本音だ。
けれど、いくらルシフェルが抜群の活躍をしようが軍にとっては所詮、武器は武器だった。物心付いた時からそれが当たり前のことだったので、わたしはそのことにずっと疑問を持ったことはなかった。先輩の何人かは、言わばスペードのエースである自分たちの待遇を向上して、もっと大切に扱え、と主張し始めていた。最初はそれに同調する気などまったくなかったけれど、成長し任務を重ね、次第に周りの様子が見えるようになると、現状が満足すべき状態ではないことを思うようになった。それは自分の存在理由やアイデンテティの問題で、そんなことを考え出したのは13歳になったころに起きたサイの脱走事件がきっかけだった。
§
(レリエル、聞こえる?)
(・・・ジェイ、なあに?)
(また、やつらにやられたよ)
(ひどいこと、されたの?)
(今日はそんなでもなかった。ちょっとぶたれたけど)
(彼らに逆らっちゃだめよ?いい?)
(うん、大人しくしてるよ、ぼくだってまだ、レリエルみたいになれる自信があるし)
(そうね)
(あと、少しなんだ。今日は少し調子が良くて、成功率は76%だった)
(よかったね、もう少しじゃない)
(うん、もう少しで合格だ。あとちょっとでコンスタントに85を叩き出せるよ)
(がんばってね。ほら、もう、黙りなさい。気付かれるよ)
(うん、わかった。またね)
(またね)
その頃には、彼女は個室を与えられていた。狭いことは狭いが、一人で使うことが出来る。しかし、この特権は彼女の様に結果を残し『名』を得たものと、それに準じたものだけに与えられた褒美だった。
ナンバーだけで呼ばれるもの、いわゆる『ナンバーチャイルド』は、軍の懲罰房と同じ設計図で建てたとしか思えない専用区域で集団生活をしていた。人工授精や遺伝子操作も、通常の人間を生み出す不妊治療のような目的で行えば成功率も高かった。しかし、軍が極秘に行っていたのはサイ兵器の製造。際どい操作を繰り返し、特殊な才能のみ優先して助長する歪んだ開発のため、病弱や体力がないもの、すぐに死亡するものが多発し、無事に育つものも能力が貧弱で様々な障害を持つものが多く、その結果を目の当たりにした研究者の中には神をも恐れぬ行為に自殺する者すら出ていた。
その頃専用区域に残されていたのは、そういった軍にとっては余計物ばかりで、以前のように彼らが処分されなかったのは、軍に微かに残っていた倫理観のためではなく、次第に増える能力者の恨みを買うことを恐れてのことに違いなかった。
ジェイ、と呼ばれたのは36J。レリエルの同期で思考会話の訓練中、彼が間違った相手、すなわちレリエルに思考会話を送ったことで出合った。それ以来毎日のように会話をしていた。彼女は彼を見た事はない。彼女は生まれてすぐに『有望品』として選別され、他の有望品と共に別の施設で育てられ、その後も彼女たちの道が交わることはなかったからだ。
2人は、会話だけで成立する友情を育んでいた。話の内容から、彼女は彼も障害を持つことを知っていた。しかし、その障害が何であるか彼は決して話す事がなかった。
彼女らが13の歳を迎えた時、その彼が脱走する、という事件が起きた。前日に、頑張って『シューティング』と呼ばれる技術訓練で合格とされる85%を出す、と宣言していたのに・・・
彼女はその事実を密かに他の同期から知らされたが、前日の彼の様子からそれを察知出来なかった自分を微かに悔いていた。分かっていれば、止めたからだ。軍からサイ候補が脱走するのはこれが初めてでなく、過去10例以上あるらしい起こり得る事件で、この時も一斉に捜索が開始された。そして、彼女が密かに恐れた事が起こった。
訓練の後、自室で本を『読んで』いた彼女の下を、管理官、養育官、そして見たこともない軍人が訪れた。
「レリエル、仕事だ」
養育官がニヤニヤ笑いながら言うと、管理官が、
「お前と同じシリーズのものが脱走した。つい4時間前のことだ。状況は追々知らせる。マンハント訓練にもなる。捜索に参加しろ」
「了解」
そう答える以外、彼女には何も出来なかった。ジェイは野外訓練の最中、管理官たちを幻惑させて逃走したらしい。彼の能力を低く見積もり過ぎた管理官たちのミスとも言え、だからこそ彼はもう、おしまい、だった。軍は兵器の暴走など絶対に認めないし許さない。
彼女ともう一人マンハントに参加する36Bが召集され、一緒にブリーフティングを受けた。支援チームは間接護衛のみ、獲物は二人だけで追い詰めろ、見つけ次第『処分』しろ、と命令された後、二人はジェイの消えた海岸線の沼沢地にある埋立地へと向うヘリに乗り込んだ。




