#94
立ち上がったジャズに、トレンチコート姿の少女が近づいて来る。
「あなたは誰……? ドローンを使った奴らの仲間じゃないよね?」
いまいち状況が飲み込めないジャズは、言葉を途切れさせながらも訊ねた。
彼女の言葉を聞き、少女はその表情を歪める。
「この機械の仲間? このワタシが? そんなはずないじゃない」
「じゃあ、あんたは何者なの?」
再び訊ねるジャズに、少女は苛立ちながらも答える。
自分の名はリーディン。
かつて世界を滅亡させようとしたコンピューターを神と崇める宗教組織――永遠なる破滅の元メンバーであると。
ジャズは永遠なる破滅の名を聞いて、ハッと何かに気が付いた。
いや思い出したといったほうが正確だろう。
彼女がまだストリング帝国の軍隊にいたとき――。
バイオニクス共和国との和平協定の一つにテロリストの鎮圧があった。
永遠なる破滅とは、その条約に従って戦ったことがあった組織の名だ。
「その元メンバーが共和国でなにをしてるのよ!」
ジャズは、サービスとニコを庇うように前に出ると声を荒げた。
彼女の気迫に押されたわけではないが、リーディンはその場で立ち止まる。
そして、苛立った表情からうんざりたような顔をへと変わった。
おそらく何度も質問をされたからだろう。
見るからに察しの悪い女だとも言いたそう様子だ。
「あなたこそ、何故そいつといるの?」
「そいつって……誰のこと?」
「そこで寝てる化け物のことよ」
ジャズにはこのトレンチコートの少女がいっている意味がわからなかった。
サービスには少し変わったところはあるが、どこをどう見てもただの子どもである。
それをこのリーディンと名乗った少女は化け物といっている。
一体何をどうすればそんな言い方になるのか。
ジャズは理解できないでいた。
そんな唖然としている彼女にニコが鳴く。
電気羊の鳴き声を聞き、ジャズはハッと我に返った。
「ありがとうニコ。この女が何をいおうが、サービスはあたしたちが守らなくっちゃね」
「守る? あなたはそいつの正体を知らないからそんなことをいうのよ」
「うるさいッ! あたしはなにがあってもこの子を守る。来るなら来なさい! こう見えてもあたしはストリング帝国の将校よ! あんたにどんな力があるか知らないけど、けして遅れは取らないッ!」
「ストリング帝国ですって……」
ストリング帝国の名を聞いたリーディンは当然俯いた。
彼女はその体をプルプルと震わせながら、羽織っているトレンチコートの内側へと手を伸ばす。
「組織を抜け出してきて本当によかった。これも啓示のおかげかしらね……」
そして、その手には束ねたカードが握られている。
(あれはトランプカード? あんなもので一体どうしようっていうの?)
ジャズがそう思っていると、リーディンは握っていたトランプを空中できり始めた。
その姿はまるで手品師か奇術師か。
器用に宙でトランプを混ぜ合わせてみせる。
トレンチコートを着た少女というだけでも不釣り合いだというのに、その光景はジャズの目には異様に映っていた。
「経典アイテルよ。あなたが啓示を与えた者へ力を……」
リーディンがトランプを混ぜながら祈ると、宙を舞っていたカードが急に光を放ち始める。
その禍々しい輝きを見たジャズは、見たこともない異様な力に驚きつつも、危険を感じてサービスとニコの体を掴んでその場から走り出した。
クリーンやブレイク――ベルサウンド兄妹が持っていた日本刀へと変化する犬、小雪と小鉄にも驚かされたが、このトレンチコートの少女もまた、あの兄妹と同じような科学では解明できない力を持っているのだ。
そんな力に対し、マシーナリーウイルスの適合者でもない自分では戦うだけ無駄。
ジャズはあれだけ啖呵を切っておいて逃げるしかない自分の姿に、歯ぎしりすることしかできない。
「あたしってなんでこんなに弱いのよ……。逃げることしかできないなんて、ホント情けなさすぎる……」
先ほどの戦闘用ドローン――ナノクローンに追いかけられているときと同じ状況になり、自分の無力さを実感するジャズ。
しかし、それでも彼女は力強く駆けていく。
「でも……それでも……プライドよりも守らなきゃいけないものがある!」




