#37
その後ミックスは、医者には止められたが、すぐに自宅療養にすることにした。
それはウェディングの作ってくる巨大なホールケーキを恐れ、別の病気――糖尿病になりたくないこともあったが、何よりも入院費用を払い続けるのが厳しかったからだ。
「ホントはもうちょっと入院していたほうがいいみたいだけど、お金は少しでも節約しなくちゃね」
包帯だらけの痛々しい身体を引きずり、松葉杖をついて自宅である学校の寮へと一人帰るミックス。
とてもじゃないが、彼はまだベットで寝ていなければいけない状態だ。
ミックスは一応病院の手続きをしてくれた担任教師のアミノや、間違ってお見舞い来ないようにとウェディングにも退院したことを連絡をしておいた。
時間が昼間だったこともあって、二人はまだ授業中だったのだろう、返信はなかった。
それから仕事で共和国を出ている兄と姉にも連絡を入れようと思ったが、二人にいらぬ心配をかけまいとやめておくことにする。
「特に命の危険はなかったわけだし。忙しだろうし。余計な連絡はやめておこうっと」
兄や姉の立場からすれば、弟が大怪我をしたことが余計なことなんてないはずなのだが。
ミックスはエレクトロフォンをポケットにしまって再び歩き始める。
普段から真面目に授業を受けているミックスには、昼間の街並みは目新しかった。
「あッ、でもこないだアリアに連れていかれたときも見たから、初めてというわけじゃないか……」
無人の自動車やどこか研究所の科学者であろう白衣姿で歩いている人たちを見て、ミックスはそう呟いた。
そして、いつも見ぬ景色を眺めながらサイドテールの少女――ジャズ·スクワイアのことを考えていた。
ジャズと出会ってほんの数日しか経っていないというのに、もうずいぶんと昔のことのように思える。
ヘルキャットやアリア、ブロードのこともそうだ。
学校からに帰ってきたら突然女の子か家にいただけでもおかしいのに、それがまさかテロ行為を止めるためにまさか奮闘することになるなんて――。今考えてもどうかしているとしか思えない出来事だった。
あれは夢みたいなものだったのか――と、ミックスが思っていると、前から自分と同じ学校指定の作業用ジャケットを着た学生の姿が見えた。
「ようミックス。アミノ先生から話は聞いていたけどよぉ。もう退院して大丈夫なのか?」
そこには同級生でクラスメイトのジャガーが立っていた。
相変わらず眠たそうな顔をしていて、ボサボサ頭を掻きながら大きなあくびをしている。
「うん、ちょっと早いけど身体のほうはもう大丈夫だよ。それに長く病院にいたら入院費もバカにならないからね」
「そこはケチらなくてもいいんじゃね? 兄さん姉さんからも十分な仕送りもらっているって、前に言ってたじゃん」
「それでもやっぱり無駄遣いはダメだよ。問題ないなら動かなきゃ。送られてくる生活費は節約して少しでも貯金したいし」
「お前……そんな考え方だと絶対に早死にするぞ……」
ミックスの常識はずれな倹約家ぶりに呆れるジャガー。
そんなにおかしいかなといった顔をしているミックスへ、ジャガーは口を開く。
「なんにしても元気そうで良かったよ。アミノ先生の話じゃ、女に去られて落ち込んでいるって聞いていたからな」
「だ、誰が落ち込むんだよ! あんなすぐに怒って料理もろくにできない人がいなくなったくらいで……」
ジャガーは慌てて反論してきたミックスを見て、ニカッと笑みを浮かべていた。
それからミックスの肩をポンポンと叩くと、手をグッと前に出して親指を突き立てる。
「気性が激しくてメシマズ属性なんて、最高の萌え要素じゃねえかッ!」
「……それのどこが萌え要素なの?」
ジャガーは、理解できないといったミックスを無視して、一人両腕を組んでコクコクと頷きだす。
ミックスはこの眠たそうな顔をした友人とは、なんだかんだで付き合いが長いが、未だによくわからないことを言うなと思っていた。
「うんうん、女ってのはそうでなきゃな。完璧さやおしとやかさの裏にある、なんつーかこう、多面体ってやつ? これぞ萌えだと俺は思うね」
「あっそう……。じゃあ、俺は帰るね。ジャガーも学校くらいちゃんと行きなよ。あんまりサボってばっかりいると、アミノ先生が泣いちゃうよ」
「アミノ先生のすぐに泣くとこも萌えだよな~。そんな先生がつい見たくなってしまい、俺は今日も学校をサボるのだ」
「……じゃあね」
ミックスは冷たくそういうと、松葉杖を使って歩き出した。
そんな彼の後し姿を見ながらジャガーは呟く。
「喜べよ親友。お前のために俺も少しは口添えしたんだぜ」
そして、ジャガーはまた大きなあくびをしながら、ミックスとは逆の方向へと歩き出すのであった。




