閑話:馴れ初め1
――遡る事約1000年前の魔界。
魔王を支える五大公爵家の一角、代々宰相を務める家系フォレスト家の長男ルキウス=ネージュ=フォレストは、家督を次男に譲って自身は『宝物』探しに勤しもうと計画を練っていた。公爵の地位も宰相の地位も一切の魅力を感じず、自分だけの『宝物』を見つけたいと公爵である父親を無理矢理納得させ、長男の予備として念の為に当主教育を受けていた次男に譲っても問題はなかった。
但し、ルキウス程の貴重な人材を手放すのは魔界側にとっても痛手であった。ルキウスの『宝物』探しが魔界から人間界、果ては天界にまで及ぶのを恐れた魔王とフォレスト公爵がある条件を出した。
それは、魔王の補佐を務めながらの行為なら許す、というもの。
ルキウスも反論したが、断るなら無理矢理公爵と宰相の地位を同時襲名させるぞと脅され、嫌々ながらも補佐の仕事を引き受けた。
補佐として、ルキウスは誰にも文句を言わせない優秀ぶりを見せつけ、多少手を抜いても何ら問題がないので誰も何も言えず。気が付くと次期魔王候補の子供が決められる年数を補佐として過ごした。始祖の魔王の転生者の子である双子の兄弟と、弟の息子、魔術の名家始まって以来の天才魔術師の四人が選ばれた。どの子も、身に秘めた魔力と才能は他の魔族よりも群を抜いて優れているが、双子の兄の方が更に強い力を秘めている。双子の保護者代わりのイグナイト公爵曰く、始祖の血を一番濃く受け継いだのが彼なのだとか。
そう聞いてもルキウスにはどうでも良かった。
高位魔族であり、魔王の補佐を務めるルキウスに群がらない女性はいない。絶世の美貌を持つ淫魔、蠱惑的な魅力を持つ吸血鬼、夫を失った未亡人、更には魔王の娘までもが妻も愛人もいないルキウスに夢中だった。どんなに魅力的な女性であっても、一度肉体関係を持てばあっさりと捨てられた。同じ女性は二度抱かない主義のルキウスは、早く自分だけの『宝物』を見つけたいと渇望する。
そんなある日の事。自分を魔界から出さない為に仕事量を増量した魔王を脅して半分に減らし、余った時間で城内を歩いている時だった。用事もないのに市役所のフロアに来てしまい、受付の女性達が無意識に魅了を発するルキウスにうっとりとする。
(どれも見飽きた顔ばっかり……)
膨れ上がった性欲を解消するのには丁度良いのに、『宝物』と呼ぶに相応しい女性が現れてくれない。心を奪い、惑わせる自分だけの魔性の女性が欲しい。ルキウスの『宝物』探しは中々に難航していた。
すると、ルキウスの目の前を美しい金髪の女性が通った。大人と少女の境目。ぱっちりとした瞳は夜空を彷彿とさせる深い青、緩い癖毛の長髪は純金。市役所に来るのは主に平民のみ。服装は平民にしたら品のあるドレス。裕福な部類に入る平民なのだろう。その純粋で魔界の裏を知らない清廉とした姿に言葉を失う。
「ん?」
視線に気付いたのか、立ち止まった女性はルキウスを向いた。ハッと我に返ったルキウスは、怪訝な表情をする女性に微笑んだ。
「やあ。初めまして」
「は、はい。初めまして」
自分が誰か分からないと顔にありありと出ている女性が益々可愛く見える。
「平民の子が来るなんて、何か悪さでもしたのかな?」
「え?ち、違います。今月の税金を支払いに来ただけです」
「ホント?そう言って、偶に城内に侵入する子がいるんだ。君みたいに可愛い顔をした子が特に多い」
「私はお支払いに来ただけです!」
「ふ……ふふ。そう。でも、あんまり必死になると却って怪しまれるとは思わない?」
「え……」
思ってみなかった問いに女性は固まった。税金の支払いに来ただけなのに疑われている。怪しい素振りは一切見せなかった。次の言葉を発しようとも、この場を乗り切る良策が浮かばない。周囲の視線が段々と集まり、女性に対する疑惑の色が濃くなる。
「なーんて、冗談だよ」
ここいらで止めようと判断し、冤罪を着せられる寸前の女性の頬に触れた。ピクリと震える。
「意地悪してごめんね。お詫びに君をお家まで送ってあげよう」
微笑を浮かべているのに、ルキウスから発せられる有無を言わさぬ圧力に言葉を失う。
「ほら、おいで」
「あ……」
どう返事をしていいか困っていると手を取られ、歩き出した。城を出た辺りで女性はやっと声を出した。
「あの、あなたは誰なんですか」
女性の疑問にルキウスはピタリと足を止めた。深い青の瞳には怯えと疑問が浮かんでいる。平民と貴族の接点は無いに等しい。爵位を賜る家の名を知っていても、貴族がどの様な人物かは知らない。ルキウスはくすりと微笑むと自己紹介をした。
「ごめんね。おれはルキウス=ネージュ=フォレスト。魔王の補佐をしてる」
「フォレストって……公爵家の方!?」
知らなかったとは言え、始祖の魔王が選んだ『五大公爵家』の一角に連ねる最高位の貴族相手にとても失礼な振る舞いをしてしまった。瞬時に顔を青ざめ、何度も謝罪をする女性。ルキウスの麗しい表情が歪む。
「そう何度も謝られても良い気はしないな。逆に目障りだ」
「ごめ……で、でも、私、公爵家の方と知らず……」
ごめんなさいと言いそうになっったのを途中で切り、顔を真っ青にしたまま女性の体は震えている。
「……」
自身に恐怖しているその姿に果てのない加虐芯を抱き、今にも暴発寸前の欲情が溢れ出す。
これだ。これを待っていた。
道理で今まで見つからなかった訳だと嘲笑う。どうして早く平民にも目を向けなかったのかと自分を殴りたい。
ルキウスが一言も喋らないから、更に不安になる女性。フォレスト家に生まれる男児には、稀に困った性質を持つ者が生まれる。『宝物』という、唯一の伴侶を求める性質。悪魔は欲深い生き物。純粋な魔族程、欲深く傲慢になる。故に、沸き上がる欲望を抑える存在が必要となる。性欲を解消するのなら女性を、破壊衝動が起きれば奴隷を、破滅願望が現れれば死地へ赴く。そうやって自身の欲を解消し、理性を保つ。但し、高位魔族になれば魔力の容量が多くなる代わりにこれらが強くなる。故に、代わりとなる存在を幾つも所持する。
しかし、フォレスト家の『宝物』を求める性質を持って生まれたルキウスは、破壊衝動や破滅願望はまだ抑えられた。が、もう一つの欲だけが『宝物』を見つけなければ解消してくれない。幾ら、その日限りの女性を抱いても一時凌ぎにしかならず、すぐに沸き上がってしまう。
魔王や先代フォレスト公爵が恐れたのが、その『宝物』が人間や天使だと非常にまずいということ。人間だと脆くてすぐに壊れ、天使等論外。敵対する種族を『宝物』として許せない。無理矢理魔界に留めたのも、悪魔の中で見つけてほしいという願いから。
重役達の願いは、平民の女性と出会ったことで叶うとは誰も思わなかった。
ルキウスは女性に名前を訊ねた。女性は、アスティーリア=ルイセンと名乗った。
「アスティーリア……長いからアスティでいいや。ねえ、アスティ」
「は、はいっ」
初対面、それも公爵家の悪魔に家族や友人に呼ばれている愛称で呼ばれるとは考えもしなかったアスティーリアは堅い声で返事をした。
「やれやれ。そう怯えないで。何も、いきなり取って食おうだなんて思ってないよ」
アスティーリアの金髪を一房掬うと口元まで運び、口付けを落とした。ちらっと視線を上へ向ければ、顔を真っ赤にして反応に困っているアスティーリアと目が合った。見るからに異性に慣れていない。ルキウスの中の加虐心が大いに擽られる。
(ああ……やっぱりこの子だ。この子以外いない。身分のある貴族じゃなくて良かった)
平民なら、此方が無理を言っても拒否をする権利はない。短期戦で決着を着けようと決めたルキウスであった。
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