8話 悪魔が動き出した
ルキウスとクラウディオ殿下の対面から約数週間経ちました。あれからリグレット公爵様の髪が全て抜け落ちてしまったので、アルト様とノエル様が植物栄養剤を応用して育毛に全神経を尖らせた育毛剤を開発。それをリグレット公爵様のピカピカに輝く頭に塗りたくった。すると見る見る内に髪の毛が生え、元通りになった。かと思いきや……、どうやら塗り過ぎた様で地面に届くまで伸びた髪に公爵様は「伸び過ぎだああああ!」とお二人を叱りつけたとか。伸びる所まで伸ばすと髪の成長は止まったらしく、いらない部分は全てノエル様が切って整えた。元の公爵様に戻って安堵した。
この話は全てルキウスに聞かされた。今私とルキウスがいるのはヴォルシュテイン伯爵邸の庭。お茶をする際に使用するカフェセットをテーブルに置いてルキウスとティータイムを楽しんでいた。実を言うとルキウスと会うのは数週間振り。ルキウスは髪が元通りになった事で復活したリグレット公爵様に命じられ、色々と忙しかったと溜息を吐いた。私はと言うと、第一王位継承者である殿下の婚約者だからと王妃教育を受けさせられていた。王妃直々による教育は厳しい以外何もない。
弱音も反論も許さない王妃様。休憩すら碌に取らせてもらえない。それに、王妃様を私を見る目がとても怖い。決して表には出さないけど、あの瞳の奥にあるのは明らかな嫌悪と敵意。王家が結んだこの婚約を王妃様が快く思っていないのかもしれない。当然だと思う。大事な王子の婚約者の令嬢には、元々婚約者がいて、婚約破棄をしても未だにその元婚約者と頻繁に逢瀬を重ねているのだから。
もう王宮に行くのは嫌だと私が訴えたらお父様やお母様に要らない心配を掛ける。それだけは嫌だ。本当は今日も朝から王妃教育を受ける筈だったのが、お城の人が遣いを寄越して今日の王妃教育は無くなりましたと教えられた。
「アスティ~」
「きゃあ」
いきなりルキウスに抱き付かれた。
「もう、ビックリするからいきなりは駄目」
「ええ~!おれはアスティに数週間も会えなくて死にそうだったのに、アスティはおれと会えなくて何とも思わなかったの!?」
「わ、私だって寂しかったよ。でも……」
ルキウスはリグレット公爵家の跡取りとして、本当は毎日会えたのが奇跡な位忙しい人。
私の頭にキスを落としていくルキウスの手がぎゅっと抱き締めてくる。数週間振りに伝わるルキウスの体温が気持ちがいい。私だって、ルキウスとずっとこうしていたい。今日はなくなったけど、王妃教育は受けたくない。王妃様も、お付きの人達も会いたくない。王様が下した決断に王妃様でも反対は出来ない。婚約者のいた令嬢と大事な王子を婚約させるのが嫌なのは、母親として間違っていない。
「ねえ、アスティ」
「な……ん」
名前を呼ばれたのと一緒に顎を持たれ、キスをされた。触れるだけのキス。
「アスティは……王妃教育ってのを受けていたんだよね?」
「うん……そ……だよお……」
キスを止めても至近距離で見つめ合っているから、どちらかが話すだけで唇が触れる。これじゃあ、話をしているのかキスしているのか分からなくなる。
「色々ね……おれの耳にも入っていたんだ」
「何が……?」
「アスティが、王妃やお付きの奴等に冷遇されてるって話」
「!!」
う、嘘!……も、もしかして、今日の王妃教育がなくなったのって……。
「うん。おれが王妃を黙らせてあげたから、王妃教育はもう受けなくていいよ」
「人の心を読ん……っんん」
やっぱり。ルキウスが裏から動いて王妃様に何かしたんだ。人の心を読まないで、と怒ろうとしたら、触れるだけの優しかったキスが急に乱暴なものになった。後頭部を抑えられ、顎を掴んでいた手は腰に回りキスが深くなった。
「開けて」と囁かれ、口を開くとルキウスの舌が遠慮なしに私の口内に入った。逃げるのを見越して先に私の舌を絡め、執拗に、丁寧に愛撫する。
「んっ……んん……」
「ん……ふ……アスティ……可愛いおれの、アスティ……。もう、怖い思いをしなくて……いいからね……」
「ルキ……ウス……」
熱の籠った青と銀の珍しいコントラストの瞳とまだまだ高い声。大人になったら、どんな風に声変わりをして、何度私をからかって、惑わせて、……その声に夢中にさせてくれるの?
数週間の隙間を埋めるように暫く続いた口付けは、気持ち良すぎて私の体から段々と力が抜けていくのを見計らって。
「……これが悪魔時代だったら、外でも遠慮なくアスティを抱いたのに。子供って難儀だ。早く大人になって、アスティを抱きたいなあ」
「そ、外は嫌かな……」
「どうして?何度も魔界の屋敷の庭で抱いたじゃないか。寝室に行くまで我慢出来ない日が多い時もあったから、庭に専用のベッドを作ったの忘れた?」
「覚えてるわよ!すっごく、恥ずかしかった……」
「解放感があって良いのに」
そんな解放感いらない。
◆◇◆◇◆◇
◆◇◆◇◆◇
庭での細やかなお茶会を終え、邸内へ戻った私とルキウスを血相を変えたマリクが「お嬢様!」と走って来た。尋常じゃない様子にどうしたのと訊ねると――
「すぐに執務室へ。旦那様がお呼びです」
「え、ええ。分かったわ。ルキウスは部屋で待ってて」
「うん。アスティのお部屋で良い子にして待ってるね」
あれ?今日はとても聞き分けが良い。お父様の呼び出しとマリクの様子から察して、さっきの話が関係しているとしか思えない。マリクに案内される形でお父様のいる執務室へ入った。
椅子に座り、書類と睨めっこをしていたお父様が顔を上げ、神妙な面持ちで私の名前を呼んだ。
「たった今、王城の方から手紙が届いてね」
「手紙ですか?」
「アステルの王妃教育を一時中止するとの旨が書かれている」
「え……」
やっぱり……!
「それで、アステル。王妃教育が中止となった心当たりはないかい?」
「え、ええっと……」
ルキウスが原因だなんて……口にしなくても案外バレてそうだけど、言って良いのかな?
「質問を変えよう。――ルキウス様は何か言っていなかったか?」
……あ、やっぱりバレてる。最初からルキウスの仕業だとバレていたのか、私が視線をキョロキョロと泳がせるとお父様は深い溜め息を吐いた。やっぱり、と言いたげな溜め息を。
「ルーファス殿の言った通りになってしまった……」
「リグレット公爵様がですか?」
「ああ。ルーファス殿は『王家はあの悪魔を怒らせた。何をしでかすか分からなくなった』と、頭を抱えていた」
「……」
リグレット公爵……ルキウスが悪魔の生まれ変わりなのを実は知ってる?それとも、ただの偶然?
私は王妃教育が中止になった事情をお父様に訊ねた。一気に疲れた顔をしたまま、お父様は教えてくれた。
「今朝の事。王妃専属の侍女が王妃を起こしに行くと、寝室で倒れている王妃様を発見してね。すぐに医者が手配されたとの事だが、王妃様は顔を真っ青にしてこう魘されていたらしい。――“悪魔が……悪魔がくる……!”と。ずっと同じ台詞の繰り返しと書いてある」
悪魔、とは間違いなくルキウス。ルキウスは一体王妃様に何をしていたのだろうか。ルキウスが今この屋敷にいるのはお父様も知ってる。ルキウスを呼ぼうかと提案したが首を振られた。この件については、お父様とリグレット公爵と王家の方で対処をすると決められた。
「ルーファス殿も頭を悩ませている。自分の息子が王家に牙を剥くのを防ぐべく、最近は仕事漬けにしていたのにと嘆いておられた」
「そう……だったんですか」
ルキウスの忙しさの裏にそんな事情があったなんて。知らなかった。ルキウスは知らない。知っていたら、またリグレット公爵の髪を今度は育毛剤を使用しても駄目な位、毛根自体を退治しかねない。
部屋に戻りなさいと言われ、ルキウスが待つ部屋へ戻るとニコニコ顔のルキウスがベッドに腰掛けて手を振っていた。
「お帰りアスティ。お話は終わったの?」
「う、うん。ねえ、ルキウス。王妃様に……何をしたの?」
「……ああ、知ったんだ。知りたい?」
「……知りたい」
「いいよお。おいで」
手招きするルキウスの隣に腰掛けた私の頭に手を置いた。するする頭に入ってくる映像に気を失いかけた私はルキウスに抱き止められた。…………冷酷な魔王の補佐官としての顔が遂に本性を現し始めた瞬間でした。
――今日この日から王妃教育が中止となった私に、次なる問題が降りかかります。そう……王家主催の夜会という、絶対に逃げられないパーティーです。
読んでいただきありがとうございました!




