7話 宣戦布告
折角、フキンの森まで出掛けてイクフカ草を大量に採取して錬金術の基礎『ライフウォーター』を作りたいのに。
私の顔にキスの雨を降らせるルキウスが離れてくれない。何度も何度も口付けをくれるから顔が溶けちゃいそうになる。嫌だなんて思わない。こんな事言ったら感極まって永遠に解放してくれなさそうだから言わないけど、ルキウスとするキスは大好き。無限に溢れる愛情をくれて、安心させてくれる。家にはクラウディオ殿下が来ていたから、早く戻らないといけないのだけどルキウスに言っても聞き入れてくれはしない。
ルキウス以外の人を好きにならないと理解していても不安を抱かれている。ルキウスの不安が消える日は、私が二度と外に出られなくなる日。
「ん……アスティ」
長い、長いキスの雨は最後に唇にキスをしてやっと終わった。これ以上されたら本当に溶けちゃうよ……。
至近距離で見つめ合う。
「顔真っ赤」
「だ、だってっ、ルキウスがずっとキスするから」
「またおれのせい?いいよ。何でもおれのせいにするといいいよ。そうしていく内にアスティはおれなしじゃいられなくなるんだから」
「……」
……何処かで聞いた覚えのある台詞。……あ、魔族だった頃何度も言われた。
魔族時代の私とルキウスは身分の差が大きかった。裕福な部類に入る平民の私と高位魔族で魔王の補佐を務めるルキウス。本来なら会う接点もない私達が出会ったのは、一目会っただけでルキウスが私に惚れたのもある意味運命だったのかも。
出会ってから結婚したのは僅か1週間後。妻も、婚約者も、愛人もいなかった魔王の補佐がたった一人愛する女。お城の人達からの印象は1000年経ってもそのままだった。当時は、あまりに女性の影が無さすぎるのでルキウスは実は……と囁かれていた。……実際にその噂を聞き、噂を流した本人を見つけ出して半殺しにしていた。理由は『アスティにおれが男好きって勘違いされたどうするの!!』です。魔力の強い魔族は皆非常に整った容姿をしている。ルキウスも例外ではない。赤みがかった銀髪に妖しい色をした紫水晶の瞳の容姿に魔界の美女達は夢中になり、幾人もの女性が彼の恋人の地位を欲した。愛人でもいいという人もいた。中には、魔王の娘もいた。だが、どれだけ美しかろうと地位や財があってもルキウスが好きになったのは私だった。
ふにゃりと笑って幸せそうに瞳を細めるルキウスの頬に口付けた。目を丸くした後――ぎゅっと抱き締められた。く、苦しい……!
「ああっもう!可愛い!可愛い可愛いよアスティ!でもおれは頬じゃなく唇にしてほしいな」
「うう……やだ。恥ずかしいもん」
「キスくらいで恥ずかしがらないで」
「恥ずかしいのは恥ずかしいの。そ、それより、折角イクフカ草を採取したんだから『ライフウォーター』を作りたい」
「思ってたんだけど『ライフウォーター』を作ってどうするの?まさか外に行くとか言わないよね?」
「ううん。ただ、作ってみたいなって思っただけ。上手に出来たらルキウスにあげる」
「ほんと?うわあ、嬉しいな。アスティからの贈り物ならどんな物でもおれの宝物だよ」
「お、大袈裟よ」
「大袈裟じゃないよ。おれの本心なんだから」
一直線も一直線。曲がり道を知らない思いに応えたい。……恥ずかしさが勝って何時になるか不明ですが。
よいしょ、と体を起こしたルキウスに起こされ、早速『ライフウォーター』作成に取りかかる。必要な素材は水・イクフカ草・蜂蜜。回復成分があるのはイクフカ草、蜂蜜は甘味を増すため、水は言うまでもなく水分が必要だから。
ルキウスが用意してくれた器具で作業に入った。
――作成から20分後。
「はい。完成」
体力を回復させる初級の回復薬作成は、難しい手間も知識も必要としないので早く終わった。透明で綺麗な液体を瓶に入れ蓋をする。初めての錬金術で慣れない私に気を使って指示を出してくれたルキウスのお陰で成功した。指示は出しても今回手は貸さなかった。自分が手を貸したらあっという間に終わるのを知ってるから。
後片付けをしていると扉がノックされた。ルキウスが「いるよー」と返事をすると少々乱暴に開かれた。驚いてビクッと肩が跳ねた。入ってきたのはリグレット公爵様だった。器具をテーブルに置いて慌てて礼をした私の隣、ルキウスは「なに?いきなり」と不満を露にする。
「ルキウス!やはりアステル嬢を連れ出していたな!」
「人聞きの悪い事言わないでよ。ちゃんとヴォルシュテイン伯爵には許可は取ってるよ。出掛けるって」
「出掛け先はお前の部屋なのか?」
「いいや?フキンの森。イクフカ草を採取した後でおれの部屋に来たの。どうせ、ヴォルシュテインの屋敷にはまだバカ王子がいるんでしょ?」
「お、お前やっぱり分かってて……!」
「あ、あの、公爵様、何かあったのですか」
こんなにも公爵様が慌てているのにはきっと訳がある。理由を訪ねたと同時に第3者の声が。スッ……と姿を見せたのは、先程ルキウスがバカ王子といった本人でした。殿下!?と驚く私を横目にルキウスが興味なさげに「あ、そういうこと」と納得した。
「伯爵にアスティを連れ戻させようとしたら、フキンの森にいなかった。で、おれが一緒だから親父殿に連絡をいれた訳だ」
「あ、あの、殿下は何故伯爵邸へ?」
一番の疑問です。
そう聞いた私に不服そうな顔をする殿下。
「大した用事はない。ただ婚約者の顔を見に来ただけだ」
「え」
「は?」
他人のお古とか言って私を断固嫌がった殿下の台詞とは思えない。ああ、でも、最後こう言われたんだ。好きにさせてみせると。あれは叩かれた故の挑発。真に受けてはいけない。
「へえ?アスティを他人のお古とか言った奴が顔を見に来た?どの口が言ってんだか」
ギロリ、と赤い瞳に睨まれる。喋ってない!と首を振った。実際は記憶を見られたから知られた。でないと私だって喋らない。知ったら嫉妬されて手に負えないから。話の雲行きが怪しくなり公爵様が忙しなく2人を交互に見る。
「アスティはおれのだよ。とっとと婚約破棄してくれない?」
「父上が決めた婚約だ。私個人がどうにでも出来るものじゃない」
「ぷっ……ははは!今更良い子ぶらなくていいよバカ王子」
「ばっ……!?」
「ルキウス!!」
面と向かってバカ王子と呼ばれ絶句する殿下と王族に対し無礼な呼び方に憤慨する公爵様を冷やかな目で見つつ、一切の感情が消えたルキウスの瞳が殿下を捉える。
「王子もさ、政略結婚なんて嫌でしょう?おれもね、勝手に破棄された挙句宛てがわれたあの令嬢と婚約なんて御免だよ。大体、おれがどれだけ苦労してアスティを見つけたと思ってるの?苦労して捕まえたアスティを手放す筈がないでしょう。後ね、親父殿。親父殿が言ったんだよ?プライドの高い王子が婚約者がいた令嬢と大人しく政略結婚する筈がないって。現実は気に入られてるじゃない。どうしてくれるの」
「ルキウス!王子に対して何という口の利き方だ!」
「知らないよ。おれからアスティを奪おうとするなら反撃するだけさ」
王家とヴォルシュテイン伯爵家の関係を強固にする為の婚約。仮にあの時、王子が嫌だと訴えても陛下は聞き入れてくれないと思う。個人の問題ではなく、家同士の問題であるから。
「……話に聞いていたが予想以上だな」
「へえ、どんな」
「リグレット公爵家の次男に可哀想な位好かれてるって話」
ルキウスの表情に貼り付けていた笑みが深くなった。冷たくて怖い。こういう時は大抵相手を嬲って、弄んで、飽きたらゴミを捨てる様に簡単に破棄する。人間に生まれ変わっても魔族の冷酷な部分は何一つ消えていない。
「誰だろうねえ、そんな噂を流したのは。まあでも、認めてあげる。事実だしね。で、だから何?婚約者となった可哀想な令嬢を助けたいの?ないでしょう」
「どうあっても婚約を認めないという訳か」
「最初からそう言ってると思うけど。それか、おれが王家に相応しい令嬢を探してあげようか?そうしたら、王様も認めてくれるんじゃないの」
「それはないな。父上の目的は、王家の忠臣との信頼を強固にするのが目的。ヴォルシュテイン家にアステル嬢以外の子はいない」
早くに結婚した両親から生まれたのが私。ただ、元々身体の弱いお母様が2人目を産めるか、と問われれば答えは難しい。私を産んだ時でさえ危なかったと聞く。暗黙の了解となっている貴族の当主が愛人を持つ事については、お母様を愛しているお父様が絶対にしない。跡継ぎは多い方が良いと言うけれどお父様は頑として首を縦に振らない。唯一の子供である私が跡継ぎであるルキウスと婚約した時も遠縁から養子を貰えばいいだけと片付けた。
申し訳なくなる思いと互いを愛し合う両親が輝いて見えた。魔族だった時も出来たのだから、今の人間であってもルキウスとはお父様やお母様の様な夫婦になりたいと願った。
「はあ。まあいいや。飽きてきた。ねえアスティ伯爵邸に戻ろうか」
「ルキウス」
「なに親父殿?っていうかさ、どうやってバカ王子は此処に来たの?馬車で移動しても短時間じゃ来れないよ」
「ベルトランから、フキンの森に行った筈のお前達がいないと連絡を受けてな。まさかと思ってお前の部屋へ来たらコレだ!」
「成る程ね。親父殿が空間魔術を使ってバカ王子を来させたんだ。余計な事しかしないね」
「黙れ!大体、先程から王子をバカ王子と連呼しすぎだ!王族に対する敬意はないのか!?」
「あるわけないでしょう。おれの大事な可愛いアスティをバカに嫁がせようとするバカ王に敬意を払える筈がない」
「ば……!?き、貴様、俺だけではなく父上までも侮辱するかっ!!」
父親である王様まで馬鹿にされ、クラウディオ殿下の顔が怒りに赤く染まる。拳を握り、プルプルと震えるリグレット公爵様も噴火間近。
「ルキウス!」
誰かが止めないとルキウスは更に悪い言葉を使って王様だけでなく王妃様までも罵倒するに違いない。そうなる前に私はルキウスの腕をぎゅっと掴んだ。
「これ以上は駄目!ルキウスが不敬罪で罰せられる!」
「いいよそんなの」
「良くない!それで捕まったら、2度と会えなくなるんだよ?それでもいいの?私は嫌だ。ルキウスと一緒にいたいの。捕まったら一緒にいられなくなるっ」
「アスティ……」
悪魔の生活は飽きたとか言って人を無理矢理人間に転生させて、でも肝心の本人が何処にもいなくて。優しい両親や使用人に囲まれて不幸だったとは言わない。だけど、心の中は常に大きな穴が空いていた。それを唯一埋めてくれる人が何処にもいないから。5歳の時会いに来てくれて嬉しかった。また、一緒にいられるって。心の大きな穴はルキウスと再会して塞がった。私の心を満たしてくれるのは貴方しかいないの。その貴方がもし捕まって2度と会えなくなったら、心が壊れて生きていられない。
私の必死の訴えに黙ったルキウスは、軈て瞳を閉じ、何かを思考した後、殿下とリグレット公爵様へ向き直った。
――舌を出して。
「べー。アスティのお願いだから今回はこの辺で済ませるけど誰が謝るか」
「お、おま、おまえは……」
「ふん。俺も謝られても許す気は更々なかったから、寧ろ清々しい」
あれ?全然応えてない。
ルキウスの子供っぽい挑発に乗らず、さっきとは打って変わって余裕の態度で応戦する殿下。
横から伸びた手に急に腕を掴まれた。バランスを崩してよろめいた私を抱き止めたのはクラウディオ殿下。
「ルキウス。お前が何と言おうと俺とアステルの婚約は覆らない。父上を説得しても無駄だ」
「……だから?」
「アステルは諦めて、宛てがわれた令嬢とそのまま結婚してしまえ。アステルがどれだけお前を好いていようと俺との婚約は絶対。それに――俺は気に入ってるんだ。見掛けによらず気の強い部分に」
「えっ」
それって初対面の日に頬を力一杯叩いた事を言ってます……?
「うわっ、バカ王子はマゾなの?嫌だ引く。尚更」
「きゃっ」
反対の腕をルキウスに引っ張られ、次はルキウスに抱き締められた。
「アスティはやれないよ。元からやるつもりはないけど」
「人の婚約者を返せ」
「元はおれのだよ!」
返せ!
おれの!
返せ!
おれの!
永遠と繰り返す応酬に間に挟まれている私はただ静観している事しか出来ない。最後の救いとして、リグレット公爵様を見上げたら…………
「…………な……なんということだ……悪夢だ……王家は本格的に家のルキウスを敵に回したぞ……」
「……」
生気のない顔で目の前で繰り広げられる子供の口喧嘩を見下ろす。……ん?公爵様の髪が何だかサラサラと流れていってる気が……
――この後、ルキウスとクラウディオ殿下の口喧嘩は様子を見に来たアルト様とノエル様の登場で終わった。そして、私が見たサラサラと流れていった公爵様の髪は……頭皮から全て消えてしまっていた。
「あれ?親父殿。髪どこへやったの?」
「あらあら、ルキウスが禿げさせたのよ?」
「これでは、雷親父ではなく禿げ親父だな。案外禿げも似合っているぞ父上」
「そうですわね。男気溢れる素敵な男性ですわ」
「良かったね、親父殿。似合ってるって」
「…………そうか」
女性も男性も髪の毛は大事に。




