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剣闘のカタナ  作者: 某霊
3.双剣戦舞
98/113

広がる戦旗

 一回戦、第二戦。


「『鎧錬士』ホーエンガウム・キーフ」対「『大盾』アガサ・『旗使い』ディム」。


 先の一戦目における『炎』のギジオンによる圧倒的な一撃で盛り上がりを増した闘技場にて、続く第二戦は一進一退の攻防の様相を呈していた。


「行くぜ、『鎧』の!」

 刈り込んだ短髪の若者が猛然と前に出る。手にした剣も革鎧もごく尋常な剣闘士のそれだが、それだけに自身の胴体を完全に隠すほどの巨大な金属盾を片手で持つ姿が異様に目立つ。


「来い。『盾』」

 長髪を後ろで束ねた痩せた顔の男が迎え撃つ。その全身は金属製の鎧で覆われているが、その重量をものともしない軽快な挙動が彼の実力を物語っている。


 若者、『大盾』アガサの繰り出す片手剣を、長髪の男、『鎧錬士』ホーエンガウムはあえて受ける。


 ぎん、と低い残響と共に火花が散るが、ホーエンガウムの身体は揺るがない。肩の装甲で斬撃を喰い止め、空いた両手の長剣が反撃の刃を振るう。


 ホーエンガウムの二つ名、『鎧錬士』の名の通り、この鎧は単なる防具ではない。攻撃を逸らすことも受け止めることも自由自在。反撃にすら使えるもう一つの『武器』なのだ。


 さらに、彼の『鎧』の真骨頂はその戦技だけに留まらない。


「おらぁ!」

「ふっ」

 アガサの剣が再度肩口に叩き込まれる。『鎧錬士』は慌てることなく体をずらし、胸甲で受ける。


 がおんっ。

 と、今度は金属同士の衝突らしからぬ軽い音が響き、ホーエンガウムの装甲が弾けて跳ね上がる。その勢いでアガサの斬撃は標的を外され、横に流される。


「なにぃっ」

 衝撃に対してあえて外れることで着用者への攻撃を軽減する――彼自ら考案・作成した防御機構が『鎧錬士』の鎧には搭載されている。


「――再装着」

「ちいっ、このびっくり箱野郎。また新しい手品か!」

「手品ではない。発明である」


 平然と外れた胸甲を嵌め直して戦闘を続行する『鎧錬士』に、アガサは手にした『大盾』を構えて迎え撃った。



「何だアレ」

「『鎧錬士』ホーエンガウム。別名『剣闘発明家』――見ての通り自分で開発した鎧で戦う剣闘士だね」

 眼前の戦闘を唖然と見守るカタナに、オーブは大真面目に言った。


「最初は買った鎧を自分で調整するくらいだったらしいけど、だんだんのめり込んでいって、今じゃ剣闘の賞金つぎ込んで鎧を造ってるらしいよ」

「はあ、変な剣闘士もいるもんだね。うわ、予備の部品が背中から出て来た。ウチの里の鍛冶師でもあんなの造れるかどうか」


 戦闘しながら鎧に部品を組み込み拡張するその立ち回りは、一般の剣闘士の姿と比べれば夥しいほどの異彩を放つ。

 曲芸というよりもはや前衛芸術じみている。


「あいつの発明熱は、やり過ぎて事前の審査で落とされたことも一度や二度じゃねえからなあ」

「うわっ」

「ギジオンさん!」

「ようオーブ。エインは、いつも通り景気の悪いツラだな」

「どうも」

 ぬっと、カタナとエインの間から顔を出したのは先刻初戦を終えて観覧席に戻って来た『炎』のギジオン。驚くカタナとオーブを尻目に、エインと二つ名持ち同士の挨拶を交わす。


(間近で見ると、やっぱりとんでもない力感だな)

 その姿に、カタナは無意識に息を呑む。

 全身に刻んだ真っ赤な火炎の刺青と歴戦の傷痕、岩肌のように硬く隆起した筋繊維の織り成す肉体。男性美の一つの理想とさえ言えるそれだけでも彫像の題材になりそうなものだが、圧巻なのはその眼光だ。


「派手に決めましたね」

「アダムの奴が煽ってくれたからな、火が点いちまったよ。まだ動き足りねえがな」

 剣闘を終えてなお燃え上がるその目の輝きは、見るものさえ焼き尽くさんばかりの濃い紅だ。自然、カタナの肌が僅かに粟立つ。


「まったくだ! おれなんぞ、何もしねえで一勝稼がせて貰っちまったい!」

「おっと」

「うげ、まだ来る」

 豪快に笑いながら『吼え猛る』モーガンもまた身体をねじ込んで来る。巨体二つに押し出されて席を詰めるカタナに、反対側のリウは迷惑そうな声を上げるが、動く気配はない。

 カタナは眼で訴えるが、リウは何故か黙殺。何が悲しくて広い観覧席で押し合いへし合いせねばならないのか。しかも片方はむさいおっさん。


 そんな少年の悲哀も、戦勝の勢いのままに観戦する大物剣闘士たちには届かない。

「おいおい、アガサが押されてんじゃねえか。新しい仕掛けに面食らってやがんな!」

「それよりディムは何やってんだ。二つ名持ちじゃない相手にてこずってんのか」


 ギジオンの言葉通り、剣闘のもう一つの戦局、『旗使い』ディムとキーフの戦いは、一見して膠着状態だ。


「――」

「かあっ」

 自身の身長以上の長さの旗竿を巧みに回して機を窺うディムに、キーフは手に構えた得物で果敢に攻め立てる。


「……蛇行剣(クリス)使いか、渋いねえ」

 まだ二十歳前後と見えるキーフの振るう、奇妙に波打つ形の剣に目を留めて、モーガンが感心したように髭をしごく。実際、闘技場ではあまり見られない類の武器だ。


 うねるように湾曲した刃は受け難く、またその突きは広範囲を抉る。

 単純に殺傷能力が高く危険な武器である上に、通常の剣よりは脆い。剣闘に用いるにはあまり適してはいないのが一般的な評価だ。


 しかしそれ故に、練達の剣闘士と言えども交戦経験は乏しい。普通の剣を相手にするのとは勝手が違うのだ。


「キーフは、二年程前に帝都から渡って来てすぐに頭角を現した剣闘士です。伝え聞くところだと、あちらでも名の知れた使い手だったとか」

「都の出か。道理で見覚えが無い割に(こな)れてやがる」

 オーブの説明に、ギジオンが感心したように唸る。


 帝都ウォストミンスターは、この剣闘都市シュームザオンに伍する規模と勢力を持つ剣闘激戦区だ。その二つの都市のどちらでも実績を上げたというなら、あのキーフの実力は二つ名持ちであっても侮れない。ただ毛色の違う武器を頼りに勝ちを拾うような手合いとは一線を画している。


「ふーん、現状は『鎧』組の優勢だぁな」

「……だが、そろそろあちらも動く」

 モーガンの感想を否定はせず、エインが呟く。ディムはまだ『旗使い』の本領を見せていないし、さらに。


「アガサの適応が済んだ」



 『鎧錬士』の防御が変則の極みであるのなら、『大盾』の守りは正に王道。

 王道とは、最も多くの場面で有効で、最も柔軟な応用が利くからこそ王道たりうる。


「――こいつでどうだ!」

「ごぁっ!」

 剣を持つ右手も添えた盾撃ち(シールドバッシュ)。問答無用の衝撃にホーエンガウムが弾き飛ばされる。


「小細工で逃げられるんなら、全身丸ごと叩き潰す、簡単な話だな?」

 素早く体勢を戻した『鎧錬士』の剣がアガサを襲うが、分厚い盾に阻まれ斬り込めない。盾撃ちの利点、攻撃がそのまま防御として機能する。


「ならば!」

 言うが早いか駆け出すホーエンガウム。盾が邪魔ならば速度で回り込み守りの構えを崩す即座の判断は、流石に歴戦の二つ名持ち。


「ふん!」

 しかし相手は『大盾』アガサ。その二つ名を持つ者の盾捌きは凡百の剣闘士とは比べ物にならない。盾の面ではなく縁を使った一振りでホーエンガウムを弾き飛ばす。


「ちっ」

 速度の乗った一撃に『鎧錬士』の鎧が軋みを上げる。


 迂闊に動けなくなったホーエンガウムは、間合いを取って動きを止める。対するアガサも、性急に踏み出すことはできずにじりじりと距離を測る。


 ホーエンガウムが『大盾』の盤石の守りを破るのは容易ではない。

 アガサも『鎧錬士』に更なる奇手があると思えば迂闊に動けない。


 双方防御にこそ長けた剣闘士同士。この膠着が、どちらかが痺れを切らすまで続くかと思われたが――。


「アガサ、合わせろ!」

 両者の間に飛び込んで来た『旗使い』ディムが、その旗を大きく広げて彼らの視線を遮った。



 蛇行剣使いのキーフに対して受けに回っているかに見えたディムであったが、その内面は冷静に、相棒たるアガサの戦いの推移をも把握していた。


「おっと」

「――っ!」

 鋭く最短距離を突いて来るキーフの剣腕は実際大したものだった。帝都か剣闘都市か、どちらかに留まっていれば今頃二つ名持ちになっていたことは確実だ。


 あえて、帝国でも有数の水準を誇る両都市を渡り歩く選択をするのだ。相応に強い覚悟を持っていなければ出来ることではない。そういった意味でも、この若者は端倪すべからざる相手だ。


(しかし、まだまだ――視野は狭い)

 旗を巻いた竿で捌きつつ、ディムは内心呟く。

 ここは『双剣祭』。二対二の剣闘の場なのだ。自身の戦いに没頭しているだけでは、勝ち抜くことはできない。


「――『最も強き二人の戦士』――」

「……なに?」

 諧謔のように、後輩(アダム)の告げた宣言の言葉をなぞる。「向こう」の戦況も煮詰まったようだし、ここが仕掛けどころだろう。


「さあ若いの――、大人の戦いを教えてやるよ」

 直後。

 『旗使い』の旗が、大きく風に靡いて広がった。



 目隠し――。瞬時にそれを悟った『鎧錬士』ホーエンガウムは、一つの選択を迫られる。


(退くか、進むか)

 ディムの旗に遮られて、アガサの姿を見失った。それは向こうも同じことだが、あちらはディムの介入からして既定路線なのだ。この場に留まっていれば後手に回る。


 退けば、急襲を受けたとしても『鎧』で対処は可能だろう。しかしその場合、キーフは敵二人の間に取り残される。

 進めば、キーフを孤立させることは免れるが、姿の隠れたアガサの危険度は跳ね上がる。あの『大盾』の直撃を喰らえばおそらくそれで決まる。


 『双剣祭』では初の組み合わせである彼らの連携を低く見た油断を突かれた形だ。

 どちらにしても危険であるのは変わらないが、動かないのは最悪だ。


 ならば――。


「キーフ! アガサを狙え!」

「!」

 叫ぶと同時、ホーエンガウムは前に踏み出す。自身からは見えなくとも、キーフの位置からはアガサの姿は見えているはずだ。そして、ディムの相手は自分がする。


 咄嗟の判断で最善の応手を打った『鎧錬士』。しかし、彼の目算は直後破綻する。


「おらぁ!」

「ぐはっ!」

 突撃するアガサの『大盾』が、キーフを吹き飛ばしていたからだ。


「なっ」

 ホーエンガウムが状況を理解し声を発するそれよりも前、ディムが両者の間に飛び込んだ瞬間には既に、アガサはキーフに狙いを定めて動いていたのだ。


(つまり、最初から――)

「『合わせろ』は、『相手交換』の合図でね」


 ディムが、ホーエンガウムに旗の竿頭を突きつける。誘導するディムを追っていたところにアガサの急襲を受けては、いかにキーフが優れた使い手であってもひとたまりもない。


 蛇行剣ごと弾き飛ばされたキーフは馬に跳ね飛ばされたように地を這っている。これで二対一。

 アガサとディム、ホーエンガウムとキーフ、意思疎通の僅かな差がこの剣闘の明暗を分けた。


「まだやるかい?」

 静かに尋ねるディムに、『鎧錬士』は牙を剥く。


「当然である」

 告げて、ディムの旗を斬り付ける。

「ウチの後輩を嵌めて叩きのめしてくれた借りは返させて貰わねばならん」


 「敗因」は、ホーエンガウムの見極めの甘さだ。そのしわ寄せを受けたキーフが倒れているのに、ここで『鎧錬士』が尻尾を巻く道理などありはしない。


「『大盾』、『旗使い』。まとめて掛かって来るがよい!」


「さすが」

「嫌いじゃねえな、そういう粋なのは」

 幕引きの言葉とともに、三名の二つ名持ちの武威が一点にぶつかり合い――第二戦の勝敗が決した。

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