戦士の来し方
一回戦、第三戦。
「『巨鎚』のカシム・『軽業』のデグ」対「『三節棍』のセット・『旋拐棍』のミン」。
「ぬうん!」
「疾――」
薙ぎ払うような軌道で振り抜かれる『巨鎚』の一撃を、『三節棍』が絡め取り引き摺り回しにかかる。
「おおぉ!」
ギジオンやモーガンに匹敵する体躯に物を言わせてカシムが引き込むが、その時には既にセットは拘束を解きその身を躍らせている。カシムほどの巨体と比べれば華奢な印象すら受けかねないが、剥き出しの肩から腕にかけての筋肉は練り込まれた戦士のそれだ。
「明、下」
「ええ!」
茶の混じった黒髪を一つに括ったセットの視線の先には撃ち合っている『軽業』のデグと『旋拐棍』のミン。
カシムを引かせることで生まれる僅かな空隙。そこを突いて二対一の戦況を作り出すことが先の攻防における真の狙い。
カシムとは対照的に小柄なデグ。その背丈は相対する女性の二つ名持ちであるミンと同程度か。軽い体を活かして俊敏に小剣を振るうが、ミンは両手に握り込んだ持ち手の付いた短い棍――『旋拐棍』を回転させて打ち払う。
硬度の高い鉄刀木製で鉄鋲を打ち込まれた武骨な「それ」は、たとえ真剣と打ち合っても容易に切断できるものではない。
明るい栗色の髪に帝国人とは造作の異なるミンの美貌が深く沈み、片手を付いた反動で残る一方の『旋拐棍』が跳ね上がる。
「くっ!」
即座の判断で俊敏に跳び上がるデグ。その『軽業』の二つ名通りの身軽さだが、二人の二つ名持ちに挟撃されては流石に分が悪い。手にした小剣で下方から迫る『旋拐棍』を防いだまでは良かったが、疾走の勢いを乗せた『三節棍』を喰らって小柄な体が吹き飛ばされる。
「――防いだか」
セットが呟く。直撃の瞬間、デグは身を捻りつつ片手で防御し顔面への強打を避けていた。
とは言え初撃はこちらが決めたことには変わりない。
「刹!」
「ああ」
相棒の声を受けて、立ち直って来たカシムに向かい合う『三節棍』。当然デグも戦闘続行の構え。勝った気になるのは気が早すぎる。
「――勝つぞ」
「勿論!」
それでも、彼らはあえてその言葉を口にする。それは確信か、あるいは決意か。
「いけるな? デグよ!」
「応、まだまだこれからだ!」
対する『巨鎚』と『軽業』も戦意は十二分。デグの攪乱とカシムの重撃の連携は、一度決まれば勝負を決するだけの破壊力だ。少々の劣勢など知ったことではないと気勢を上げる。
直後、二組の剣闘士たちは同時に跳び出し、再び激突する。
●
最初の交錯を終え、次の局面へと移った剣闘の模様から目を逸らさず、カタナは横に座すリウに尋ねる。
「リウは前、『軽業』のテグに勝ったよな?」
「まあね」
少年の問いに、あまり興味なさそうな顔で首肯するリウ。暗器使いの少女にとって、眼下の二つ名持ちとの剣闘はそこまで心を揺さぶるものではなかったらしい。
「そりャ弱くはなかったけど、予選で当たった『子連れ』のウィストニーと比べたら正直物足りなかったかな」
「二つ名持ち捕まえてそこまで言い切るたあ、剛毅な坊主だぜ!」
モーガンが目を丸くする。大げさな反応だが、不思議と見るものにわざとらしさを感じさせない。
「実際、一対一ならオーブさんの方が強いと思うヨ。なんであっちに二つ名があってオーブさんにないのかわかんない」
「はは……」
怖いもの知らずと言うべきか、歯に衣着せない物言いに褒められた形のオーブの方がギジオンたちの眼を憚って困っている。
「二つ名が定着するには強さも大事だが派手な実績もいるからなぁ」
「オーブの場合はカッコが悪いんだよ。帽子に外套に芝居装束に、やり過ぎて逆に特徴ねえじゃねえか」
ひやひやするヒューバード商会の面々をよそに、年嵩の二人の剣闘士はリウの言葉に気を害した風もなく話を継ぐ。彼らにとっては若い跳ねっ返りの相手も慣れたものなのだろう。実際モーガンから見れば、リウなど自身の半分ほどしか生きていない文字通りの子供だ。
「ほれ、今帰って来たアガサとか見ろよ。盾以外はマジで何も特徴ねえから、『大盾』だけが目立ってすぐ分かる」
「おいこら、勝って戻って来たと思ったらいきなり失礼ぶっ込んでんじゃねえ!」
凱旋して早々のこの言われようにいきり立つ『大盾』アガサ。ギジオンに食って掛かる彼の装備は上質の片手剣に革鎧と、確かに一目で分かる特徴はない。
「まあまあ、いいから休めよアガサ。ロロナ、今どっちが勝ってるんだ?」
続いてやって来たのは『旗使い』ディム。泰然とアガサを宥めて、自身もカタナたちの一つ後ろに腰を下ろす。
「まだなんとも。……どちらかと言うと、『巨鎚』たちが攻めあぐねているように見えます」
「へえ、また腕を上げたかなあいつら」
ディムに手招きされて、ロロナが『車輪剣』を引いて移動してくる。何故かこの場所だけどんどん人が密集してきているように思われるのはカタナの気のせいか。
「二人とも、見た感じ帝国出身じャないよね。武器も見覚えないし、国外から来た兄妹か何かかな」
「セットとミンは幼馴染らしい。十年ほど前に、大陸北西の群島国家から戦火に追われて一緒に帝国に逃げて来たそうだ」
リウの疑問にエインがうっそりと応える。彼の出身はここシュームザオンより西方なので、比較的かの地に近い。
「あー、昔結構大きな戦があったんだっけ。流民が国内に逃げ込んで来たって話は聞いたことあるヨ。今もゴタゴタしてるらしいし」
頷くリウ。里の仕事に関連してそうした情報も把握しているのだろう。一方のカタナはまったく理解していない。辺境育ちで国内のことさえ怪しいのに、国際情勢の知識となると完全にお手上げである。「島って小さい陸地のことだろ? それがいっぱいあるのか?」などと、一人で頭を悩ませている。
そこで、アガサがふと思い出したように呟く。
「そういや、あいつら同棲してんだろ?」
「え!」
「ちょ……」
いきなり出て来た生々しい話に若い少年少女は顔色を変えるが、大人たちは終始平静に話を続ける。
「ああ。避難する間に拾った、親を亡くしたりはぐれたりした同郷の子供らを十人以上弟妹として引き取ってるらしいな」
「……あの二人が剣闘士になったのも、その子らの食い扶持稼ぐためだとか」
「なにそれメッチャいい人」
「リウ……」
あっさり美談に感化されたリウに呆れるカタナ。とはいえ、見た目の年齢を考えると当時の彼らはカタナたちと同い年程度か、あるいは年下だった可能性もある。
そんな年齢で何人もの子供たちを守り育てる決断をし、しかもそれを現在まで続けているのだから、これはもう偉業と言っても大袈裟ではないだろう。正直カタナには出来る気がしない。
「同棲って言うから何かと思った……」
「いや、「そっち」の意味でも間違ってないぞ」
「ごほっ!」
さらっとした口調でディムがカタナに告げ、少年は盛大にむせる。
「年頃の男と女が十年も同じ家に一緒に暮らして「そう」ならなかったら、むしろその方が不健全だろ?」
「私に聞かれても……」
話を振られてロロナは曖昧に言葉を濁す。カタナよりいくらか年上とは言え、男女の諸々については未熟極まる身である。
「五、六年くらい前かねえ。女癖の悪さが有名だった二つ名持ちがミンに言い寄ってたことがあってな、当時二つ名の無かったセットが決闘申し込んで大騒動になったのさ」
「へえ、それは初耳です」
「オーブが剣闘士になるかならないかくらいの頃の話だな」
長年の戦歴を誇る『吼え猛る』モーガンの言葉に、オーブを始め若手の剣闘士たちが興味を引かれたように身を乗り出す。
その二つ名持ちは帝国人とは異なる風貌のミンを一目で気に入り、あれこれと口説きにかかったらしい。最初は闘技場で待ち受けて誘いをかける程度だったが、まったく靡かないミンに業を煮やして次第に圧力をかけるようになり、それも効果が無いと見るとついには彼らが世話をしている子供たちへの危害をも匂わせるようになった。
「――下種」
ロロナが物騒な表情で一言呟く。かつて闘技場の処刑人を請け負っていた彼女のその迫力は、聞く者の心胆を寒からしめるものがあった。実際時節が合えば、彼女がその二つ名持ちを剣闘にて処分する巡り合わせも有り得ただろう。
しかし、実際に矢面に立ったのはセットであった。彼は、その二つ名持ちを公衆の面前で自身の想い人に手を出す卑劣漢として面罵し、宣戦を布告したのである。
「で、剣闘の最終戦でミンを口説く権利を賭けた一騎打ちになったわけさ。当人たちにしてみりゃそれどころじゃなかったろうが、一人の女を賭けた決闘なんてそうそうねえから、まあ盛り上がったこと盛り上がったこと」
「それで、どうなったの?」
リウが身を乗り出してモーガンに続きをせがむ。目の前の戦いよりもそちらに注意が行っているのは剣闘士としてどうかと思うが、恋愛譚を前にした少女としては無理からぬことなのだろうか。
「はっは! 今のあいつら見ればわかんだろ? そりゃもう語り草になる程のコテンパンにのして、相手は再起不能で引退よ。そんでその一戦でセットは『三節棍』の二つ名を手にしたのさ」
「はあぁー……ホントにそんな話もあるんだねえ」
感心したような気の抜けた息を漏らしてリウが席に着く。それを待っていたかのように、剣闘場での戦いも終局に向かって加速する。
「おおおぉ!」
眼下の闘技場の中央で、膠着状態に業を煮やした『巨鎚』のカシムが雄叫びを上げて突進を開始したのだ。
●
「おおおぉ!」
気合一喝。『巨鎚』を肩に担いだ体勢で突っ込むカシム。その標的はやはり『三節棍』のセット。
巨大な鎚と鎖で繋がれた三本の棍。正面からの衝突では一合でか細い棍などへし折れる。
しかしセットは平静そのものの表情で半身に構えて待ち受ける。どんな強力であっても技で制し逆撃を叩き込む自信が彼には有った。
だが。
「――!」
「吹っ飛べえぇ!」
間合いの外から飛来する『巨鎚』に息を呑むセット。その武器を二つ名にする剣闘士がまさか得物を投げ放つとは想定外。ほんの一拍反応が遅れる。
カシムの突撃は決して焦れた先の軽挙ではなく、それを疑わせた上での不意打ちこそが真の狙い。見かけそのままの猪武者では、剣闘都市で二つ名を得ることなどできない。
「つ、あぁ!」
「うおらっ」
対するセット、ずれた拍子にも即座に対応し身をよじり直撃を避けただけでも称賛に値するが、その体勢が崩れた隙を見逃すカシムではない。小細工など許さぬとばかりに浴びせ倒す勢いで身体ごとぶつかっていく。
剣闘らしからぬ組み打ちの展開に観客席がどよめくが、技量に劣り膂力が優るこの戦況ならばカシムの選択は最適解とも言える。
「失神してしまえば、こっちのもんよ!」
抵抗する腕ごとセットの首を締め上げる。泰然とした印象の『三節棍』の顔が苦痛に歪む。跳ね飛ばす勢いで渾身の力を込めて抗うが、体格の差は歴然。僅かに体勢を動かすのが精々だ。
このまま『巨鎚』の剛腕が『三節棍』を締め落とすかと思われたその時、小柄な人影が両者の上に差す。
「――せい!」
「ぐはっ」
『軽業』のデグとの戦いを放り出して『旋拐棍』のミンが駆けつけ、セットを押し倒すカシムの脇をその勢いのまま蹴り上げたのだ。
たまらず息を詰めるカシムの拘束が僅かに緩み、間隙を縫ってセットが脱出。その動きは打ち合わせてあったかのように迅速だ。否、押し倒されてからの抵抗もミンの救援を前提とした時間稼ぎであり、彼は本命の余力を残していたのだ。
「り、ぁあぁ!」
直後、『軽業』のデグが奇声と共にミンに跳びかかる。まさか眼前の敵に背を向けて相棒の救援に向かうとは想定外だったが、それによってデグは労せず背後を取った形となる。いかな二つ名持ちであっても、この状況は詰んだも同然。
しかし。
「墳ッ!」
地に伏せた体勢から、セットが跳ね上がる。一瞬前まで組み合っていたカシムなど一顧だにせず、その視線はデグを真っ直ぐ刺している。
そして手には、締め上げられながらも決して手放さなかった『三節棍』が。
『三節棍』。
その武器の特性は、まず何よりも、三つの連なる棍の変幻自在の動き。そして、一見するより遥かに――並の槍よりも尚長い――射程距離。
「がっ!」
全身のバネに遠心力を乗せて振り抜かれる一撃は、デグの目算を完全に上回る速度と間合い。今まさにミンを仕留めんと宙にあったデグの身体を今度こそ完全に捉え、地に叩き落とす。
「ぬぐ……!」
「遅い!」
『旋拐棍』のミンもまた、背後のデグもそれを撃墜するセットにも目もくれず、カシムを追撃。その迷いの無さは己が相棒への全幅の信頼故か。
『巨鎚』を拾い上げつつ立ち上がるカシム。しかしそれに先んじて、彼の懐に潜り込んだ『旋拐棍』の一閃がその顎を捉えていた。
「――か、っ」
身体の捻り、振り抜かれる肩、掌中の回転。すべての力を乗せられた強打は、鍛え抜かれた剣闘士の首であってもとても耐えられるものではない。脳を揺らされ、立ち木が倒れるような音と共にカシムの巨体が剣闘場に沈む。
「――平気? ずいぶんやられたわね」
「お前が無事ならいいさ」
戦闘の気配を拭い去り、ぶっきらぼうに言う相棒兼恋人の姿に、『旋拐棍』のミンはその唇を少しだけ綻ばせた。
●
「息が合ってるな。連携が巧い」
感嘆するカタナ。コーザと組んで戦うようになったからこそ彼らの阿吽の呼吸が理解できた。
『巨鎚』のカシムに組み着かれたのは、間違いなく予想外の窮地だったはずだ。それでも『三節棍』のセットは自身の技や力での脱出よりも相棒の救援を待つことを選び、それによって勝負を決する形を作った。
『旋拐棍』のミンもまた、相棒の危機を助けるだけでなくその意図を汲みデグをセットに任せて自身はカシムを仕留めてみせた。
事前の打ち合わせ無しでのこの信頼と即応。『双剣祭』においては個々の実力と同等以上に脅威となることは疑いない。
「カシムは中々良かったが、デグがあまり働けなかったのが惜しいとこだな」
「いや、あれはミンが上手い。相性もあるが、とにかく自分に引き付けて攪乱させないように立ち回ってたからな」
観戦していた剣闘士たちもそれぞれ意見を交わす。本戦初の二つ名持ち四人からなる剣闘は、彼らの眼にも強い印象を残したようだ。
そして、眼下の決着を見届けて。
「――よし、オーブ」
「ええ。出番ですね」
ヒューバード商会の剣闘士二人組がゆっくりと席を立つ。次の戦いが、彼らの初戦だ。
「エインさん、オーブさん、頑張ってください」
「幸先よく決めて来てヨ!」
後輩の声援を背に、無言で頷いて歩いて行く二人。しかし。
「――ようやく、この機会が来たわ」
その眼前に、一人の剣闘士が立ち塞がる。
「え」
「……」
戸惑うオーブに対し、エインは無言。ただ静かに目の前の剣闘士――弓を背負った女性剣闘士を見ている。
「こうして直接会うのは初めてね。『隼落とし』のエイン」
「……そうだな」
歳は二十歳過ぎか、平静な中に烈しい戦意を込めた眼で射抜くようにエインを見詰めている。
「あなたを。いえ、私の師匠を倒したあなたと戦えるこの日をずっと待っていたわ」
これから剣闘場で向かい合う剣闘士に向かって、不作法を承知で挑戦を叩き付けたのはその思いの強さ故か。周囲の剣闘士も当のエインも、遮ることなくその言葉を聞いている。
彼女の名は――『星撃ち』マイナ。
「師匠に代わって、この戦いであなたを倒す。そして師匠の二つ名――『射手の兇星』を、私が継ぐ」
次なる一戦は、過去の戦いから続く因縁の発露。
かつて『隼落とし』に降された弓使いの弟子が、その雪辱に挑む。




