轟火絢爛
一回戦、第一戦。
「『炎』のギジオン・『吼え猛る』モーガン」対「ファビオ・ドッツ」。
闘技場の観客席。その最前列に設えられた観覧席にて、カタナは本戦の端緒となる戦いの開始を見守っていた。
周囲には、リウやエイン、オーブといったヒューバード商会の面々。コーザやロロナは気を使ったのかそれぞれ少し離れた席で同じ商会の剣闘士たちと固まっている。
超満員の観客席と見比べれば、あまりに広々としていて申し訳ないくらいであったが、すぐに刃を向け合うこともあり得る剣闘士たちと肩を寄せ合い観戦させるのも無神経だという組合の配慮か。
「こっちはいつもの控え室でいいのにな」
「まあ、これも剣闘士の仕事の内さ。それに色々ためになる話も聞けると思うよ」
ぼやくカタナを宥めるオーブ。そういえば彼は昨年も予選を勝ち抜きこの場に列席した経験があるのだった。
「今はみんな大人しくしてるけど、大会が進むうちに血が騒いで盛り上がって来るから」
そうして観覧席に三々五々散らばった本戦出場者を見回す。今はどの剣闘士も大人しく開始を待っている。少し離れたところのセイたち巡業商会の剣闘士たちも、仲間内で並んで観戦する構えだ。
この場に居るのはカタナを含めて四十四名。足りない四名の姿は、既に眼下の剣闘場にあった。
初戦から登場となった前回大会優勝者。『炎』のギジオンと『吼え猛る』モーガン。
そして、対戦相手であるファビオとドッツ。
「んー、良く知らない面子の戦いだねえ」
「闘技場で戦うのを見たことがあるのはギジオンくらいか」
リウの言葉に頷くカタナ。両人とも、剣闘士となってまだ半年足らず。直接見知っている剣闘士の数は多くはない。
「『吼え猛る』モーガンは、ギジオンと同じ商会の先輩だな。十年以上二つ名持ちで戦い抜いている重鎮剣闘士だ――ここ数か月は『双剣祭』に合わせて出場を絞っていたからあまり闘技場に出て来てはいないな」
エインが、若い二人に解説する役を買って出る。一線級の剣闘士だけあって、シュームザオンの主要な剣闘士の情報は頭に入っているし、ほとんどは対戦経験もある。
「ファビオとドッツは……確かオーブの同期だったか」
「ええ、どちらもいい腕ですよ。二つ名持ちを倒したことも何度もある」
水を向けられたオーブが、秀麗な顔を引き締めて頷く。派手な極彩色の帽子と芝居装束の中で、その表情だけが浮いている。
「ファビオが小剣の二本持ち。ドッツは斧槍使いで、個人的にはドッツの方が厄介な使い手ですね。防御も上手いし、隙は見逃さない――さっき少し話した感じだと随分気合も入っていましたし、初戦から番狂わせを期待したいところですね」
「……さて、どうかな」
エインは、やや沈んだ口調で呟く。彼の脳裏には、先刻のアダムに対してギジオンが向けていた、爛々と燃える戦意の形相が灼き付いていた。
●
「始め!」
開始の合図と同時に、ファビオとドッツは前方に駆け出した。頭上から降り掛かる歓声よりもなお早い全力疾走。
阿吽の呼吸で斧槍をかざすドッツが前に出て、その影にファビオが備える。
「先手必勝――!」
「応」
重装のドッツが相手を止め、その一瞬を身の軽いファビオが狙い討つ構えだ。
『双剣祭』の二対二という戦闘形式と個々の強みを活かした連携で、格上の二つ名持ちに先制を仕掛ける。彼我の実力を理解した上でなお、勝機を掴むための突進には気後れも怖じもない。
「ほお!」
迎えて、『吼え猛る』モーガンは武器を構えて陽気に笑った。四十手前の髭もじゃの大男だが、若者の熱気を受けてその顔は少年のように屈託ない輝きが宿っている。
モーガンの武器は投擲斧。それも、近接での打ち合いにも対応できる大振りのものだ。
それが手に二本、背に二本、腰に二本――都合六本。
飛び道具持ちで、接近戦でも剛腕を振るう歴戦の戦士。
正攻法において、これほど戦いにくい相手もそうはいまい。
「さあぁ、やるとするか!」
機嫌よく笑みを浮かべたまま振りかぶり、一本目を投げ放つ構えのモーガン。まずは挨拶代わりの小手調べ。幾人もの剣闘士を狩り獲って来たこの飛斧をどう凌ぐ?
しかし投擲が行われる前に、一人の剣闘士が進み出る。
「モーガンの兄貴、ここは譲ってくれ」
「おん?」
相棒のその制止に、モーガンは意外そうに手を止める。初手はモーガンの投擲で機先を制するのが彼らの常套戦術。前回大会で優勝まで勝ち抜いた実績もあるその戦法を、敢えて止める意味が理解できなかった。
だが。
「まあ、いいか。やっちまえギジオン!」
「……ありがとよ」
拘泥することなくモーガンはあっさりと譲り一歩退いた。
弟分のたまの我儘は気前よく受けてやるのが兄貴面する秘訣だし、言い争うほどの猶予も無い。それより何より――。
(なんか面白いものが見れそうだ)
その間にも、両組の距離はみるみる縮まる。
ファビオとドッツに迷いは無い。先手を選んだ以上、遅滞は許さず吶喊あるのみという割り切りは至極正しい。
そんな迫る敵を見据え、ギジオンが呟いた。
「もう――我慢が利かん」
溜めに溜めた『炎』の全てが、その瞬間に解き放たれた。
●
放たれたのはただ一閃の斬撃――。
「ぐむ!」
咄嗟に構えた斧槍でその一閃を受けることが出来たのは、ドッツの実力の確かさの、そして彼らの決意の証明であっただろう。以前のコーザとて、この剣には為す術なく沈められたのだ。
帝国全土に名を轟かす二つ名持ちに、脅威も困難も承知の上で挑む以上、戦意で負けては話にならない。だからこそ、その全力の剣を正面から迎え撃つことができた。
「『炎』、覚悟!」
同時にファビオが相棒の背後から駆け抜ける。
身体を張ったドッツが捻出する一瞬の隙。成功するかどうかも確証もないそれをファビオは信じ、結果これ以上ない勝機を掴む。
今ギジオンの剣はドッツの斧槍と打ち合わされ、無防備な側面をファビオの双剣に晒している。
もらった。
ファビオの斬撃が、ドッツの眼光が奇襲の成功を確信する。
しかし。
「――吹き飛べ」
その一撃は、『闘技王』の檄によって最高潮にまで燃え上がった『炎』の斬撃。
彼らと同じく、ギジオンもまた挑むもの。
アダムに、『帝国最強』に挑む男のその剣は。
威力が違う、練度が違う、気迫が違う。
そして何より――格が違う。
「ぉ――!」
受け止められた剣を更なる渾身で押し抜いた一振りは、ドッツの斧槍をへし折りざまにその胴に叩き付けられ。
「がはっ」
跳ねかえるような勢いで軌道を捻じ曲げつつ再加速。咄嗟に回避を試みるファビオの背に打ち落とされた。
「――」
腹を貫く衝撃に気を失ったドッツの鎧は胸から腹まで引き裂くように斬り開かれ、裂傷は肉体にまで及んでいる。致命に至るものではないが、皮一枚というほどに浅くもない。彼の防具が金属製の鎧でなければ、身体ごと真っ二つになっていたことは疑いない。
一方ファビオは意識は辛うじて保っていた。しかし、背中に叩き付けられた大剣の平の重撃は、彼の全身の神経を麻痺させるには十分すぎた。呻き声一つ、指一本動かすことすら許されず、二本の小剣は地に落ちている。
一撃双討――。
一瞬で二人の剣闘士を鎧袖一触に降した『炎』のギジオンの姿に、観衆は静寂に沈む。直前までの盛況が嘘のようなその咳一つ聞こえない闘技場の中心で、ギジオンはゆっくりと大剣を下ろした。
たった一撃。
この場の剣闘士の全員が、その一撃だけで『炎』のギジオンの凄まじさを理解させられていた。
全霊の剣を叩き付け、さらに反動を乗せて次の標的に振り抜く。並の剣士ならば過剰に加速する大剣に振り回されてそんな斬撃は放てない。よほどの凄腕でも、無理な体勢に身体は泳ぎ、膝を着いて残心を崩すだろう。
しかしギジオンは、反動の瞬間に足首を切り替えて膝を『練』り、振り回される上半身に対して足腰で体を『残し』たのだ。
傍目にはただの一歩。その片足の動きこそが、ただの技と『絶技』の境界。
一歩踏み違え、一呼吸ずれれば靭帯を犠牲にしかねないほど危険で――故にこそ、尋常ならざる肉体の鍛錬と技の研鑽の果てにそれが成し遂げられたことは、全ての戦士の眼に明らかだった。
「が、ああぁ――!」
静まりかえった闘技場に、ギジオンが吼える。モーガンの二つ名を借り受けるような、天を突く雄叫び。
これから戦う剣闘士たちに宣戦を布告する、『炎』のギジオン烽火の一声。
それが、『双剣祭』初戦の幕引きであった。




