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剣闘のカタナ  作者: 某霊
2.剣闘士たちの祭典
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『双剣祭』開幕

 『双剣祭』予選、その当日のシュームザオンはむせかえる程の熱気に包まれていた。


「はーいはい! 冷たい葡萄水はいかがですかー」

「ほら、押すな押すな、まだ時間は十分あるんだから!」

「おい、あいつスリだ、捕まえろ!」


 それは当然、秋の涼やかさが未だその気配を見せていない快晴の陽気ばかりが理由ではない。

 人の流れが大河の濁流のように、街の大通りを埋め尽くしている。


 あちらで大道芸人たちが見事な軽業を披露していたかと思えば、こちらでは焼き立て出来立ての食べ物を次から次へと売っていく屋台が並ぶ。


 腕力自慢の男たちが腕相撲の勝ち抜き戦を行い、娘たちはとっておきに着飾った姿を見せあって、顎を上向かせて道を闊歩する。


 『双剣祭』の開催に合わせて、いつの間にか街のあちこちでそうした催しや行われるようになったのがもう百年以上前のことだ。今ではもう夏の終わりのこの祭りに合わせて『双剣祭』が開かれていると思っているものも少なくない。


 剣闘都市と言ってもそれしか娯楽を持たないわけでは無論なく、市民や旅人たちはそれぞれ飲み、歌い、食い、踊りと、命の盛りに舞い飛ぶ虫たちのように楽しんでいた。


 とは言え、祭りとなれば必然的にトラブルの数も増えるもの。


「ぐえっ!」

 今も大通りの一画で、人ごみをかき分けて走り抜けようとしていた男が投げ飛ばされて宙を舞った。


「よし、捕まえろ!」

「観念しやがれ、スリ野郎!」


 気絶して白目を剥いている男に、追いかけて来た都市警の男たちが飛びかかっていく。祭りの熱に中てられたか、普段よりもいささか荒っぽい。


「おお、あんた助かったよ。良く止めてくれた!」

「大したことはない」


 感謝を受けた男は、どこかぼうっとした声で答えると、両手に焼肉の串や泉で採れた貝の揚げ物、冷やした蜜柑などを抱えたまま、さっさと歩いて行ってしまう。


「何だ、やけにあっさりと――って、あれ?」

 その背中を見送った都市警の一人は、ふと首を傾げる。


「あいつ、両手塞がってたのにどうやってこのスリ投げ飛ばしたんだろ?」


 と、降って沸いた疑問を頭の中で遊ばせることしばし。


「あ、いかん、置いてかれる!」

 我に返ると慌てて仲間の後を追って男とは逆方向に駆け出した。

 そしてそのまま、忙しさに急き立てられるうちにそんな疑問もどこかに忘れ去ってしまうのだった。



「あ、シジウス! こっちこっち」


 馬車の列に並んで立っていたククは、横合いから近づいて来る聞き慣れた足音に耳聡く気付くと、大きく手を振って同居人へ振り向いた。


「買い出しごくろーさま、何もなかった?」

「ああ」


 と、シジウスはさっそく焼肉の串にかぶりついてくるククを見下ろして軽く頷いた。実際彼にとっては素人のスリを一人、足技だけでひっかけて投げ飛ばしたことなど事件に数えるほどのこととも思っていなかった。


「ああおいし。シジウスも食べなよこれ」

「む」


 ククに渡された、というか返された串の一本にシジウスは無表情でかじりつく。料理担当のククによく「自分がせっかく作ったものをそんな味気ない顔で食うな」と抗議される顔だが、自作の料理でないならククも気にならないらしい。


 そして、そんな風に似ていない兄弟のように並んだ二人。彼らの姿を見て、それが闇の地下闘技場の元闘士たちだと想像できる者も誰もいないだろう。


「お、そろそろ動くかな」

 そしてそうしている内に、並んでいた列が動き出す。


「『双剣祭』予選会場行きの馬車が出るよー! 乗れない奴は走って来―い!」


 同時に前方から威勢のいい大声が飛んでくる。『双剣祭』は、本戦は都市内の中央闘技場で行われるが、予選はシュームザオンの外縁部で行われることになっていた。

 その『双剣祭』の予選を見るために祭り見物もそこそこに並んでいた者たちが、押し合いへし合いしながら次々に大型馬車に吸い込まれていく。


「ねえシジウス」

「なんだ」

 その流れに要領よく乗って、さほどの労もなく馬車の片隅に座り込んで一息つく二人。そこでククが横の男に水を向けた。


「急に『双剣祭』見に行こうだなんてどういう心境の変化? 今までだって剣闘見に行こうとなんてしなかったのに。おいらはリウ兄の応援もしたかったからいいけどさ」

「……」


 ククの問いに、シジウスは答えるかどうか考える間を置いた。が、同じく地下で闇の闘士として戦っていた相手ということもあってか、やがて口を開いた。


「……『剣闘』と『殺し合い』」

「え?」

「本当にその二つが違うものなのかどうか、この目で確かめたくなった」


「シジウス――」

「要するにけじめだ。『剣獄あそこ』と『闘技場』と、何が違って何が同じなのか。納得しなければおれは一歩も動けないままだ」


 シジウスが語る横顔を見詰めて、ククはしばし口を噤んでいた。

 幼少のころから闇の剣士となるべく育てられたシジウスと、毒師ザインに導かれて途中から『剣獄』に流れついたククでは、その身に染みついた影の濃さは全く違う。


 ククにとっては比較的さっさと割り切れる事柄も、シジウスにとってはこれまでの人生を己の意思でひっくり返すほどの意思の力が求められるのだろう。


「だから、『双剣祭』の予選はちょうどいい」

 ククの視線を意識してか否か、かつて『獣爪剣』という名で呼ばれていた男は、ぎこちない笑みを浮かべて見せた。


「何せこれは、『シュームザオンで最も危険な剣闘』らしいからな」



「ンー……」

 『双剣祭』予選会場で、あちらこちらから響くざわざわがちゃがちゃという喧噪の中、両耳を塞いだリウ=シノバはまるで寝不足の猫のような呻きを上げた。


「なに、体調不良?」

 ロロナ=アンゼナッハはさっきから傍らの少女の様子が妙なのをいい加減放置できなくなって静やかな声を落とした。


「イヤ、ちョっと周りが騒がし過ぎて耳が疲れただけ」

 げんなりと、リウは片手を力なく振る。平素は飄々とした彼女にしては珍しく、本気でうんざりしているようだ。

「こんな人ゴミの中に長く居ると、どうしても神経が過負荷状態になっちャうんだヨね。うあー」


 彼女の目線の先には、二十人近い剣闘士たち。彼らの武器や防具、打ち合わせや気合の掛け声が、リウの耳には耐え難い騒音として届いていた。


 リウの聴力は、一般の常識をはるかに超えている。それは、条件さえ整えば都市の半分をカバーできるほどのものだ。

 同時にその膨大な音を判別する精度をも兼ね備えているのだから、シノバの里屈指の成功作という評価も当然だろう。


「だけど、識別できるからって雑音が聞こえてないわけじャないんだっての」

 無価値な音として聞き流していても、聞こえるものは聞こえるし、煩いものは煩いのだ。


「でも、それじゃあ街も歩けないんじゃない?」

「開けた場所なら問題ないんだヨ。でもここじャ、音の波が飽和状態に……あーもうヤダ」


 言われてロロナが見てみれば、土壁で囲われた即席のこの闘技場は、なるほど音が逃げにくそうだ。


「それで……やれるの?」

「――誰に言ってんのさ」


 今回の相棒の声に、一瞬だけ戦時の鋭さを戻して、リウは口角を吊り上げる。

「本番開始まで休んでるだけ。煩いくらいでキレ落とすほど温室育ちしてないって」


「そう」

 ロロナのほうも一応聞いてみただけのようで、リウの言葉に平然と頷いた。

「なら、もう少しの我慢かな。そろそろ始まるから」


 ロロナの手元で、『車輪剣』がぎしりと足元の土を軋ませる。こちらは常から準備万端、いつでも巨大な剛剣を全力で振るうことができる状態だ。


「是非ともさっさとして欲しいなー」


 ぞくぞくと増えていく観衆の声にさらにぐったりしながらも、リウの身体もまた戦意の火が灯っていた。



「十組二十名からなる大乱戦タッグ・バトルロイヤル! それが、この『双剣祭』大予選会!」


 進行役の音声が、大観衆の隅々にまで響き渡る。一人の声がこれほど大きく響くというだけでも相当なものだ。

 剣闘場の進行役は、皆この常人離れした声量一つで並の男を大きく上回る金を稼ぎ出すという話も納得というものだろう。


 しかしこの声を聞いているものが気にするのは、当たり前といえば当たり前のことだが、もっぱらその内容の方だ。


「本選出場の条件はただ一つ! 最後まで立っていること、ただそれだけだぁ!」


「要は、他の九組を全部蹴落とせってことか」

「わかりやすくていいな」


 リウとロロナがいる予選会場に隣接したもう一つの会場で、カタナ=イサギナとコーザ=トートスはそれぞれ剣を携えて立っていた。


 この予選で、出場300組以上の内、およそ九割が姿を消すことになる。厳しい条件だが、前もって承知していた剣闘士たちには動揺も怖じ気も見られない。


 二十人もの剣闘士が同時に戦えるほどの規模の闘技場は、シュームザオンにもない。

 故にこの『双剣祭』のためだけに、毎年特設の野外闘技場が二つ設営されることになってた。

 標準よりも三回りは大きい剣闘場に、頑丈な土壁。さらには中央闘技場並みの収容人数を誇る簡易観客席。ある意味この予選は、本戦よりもよほど金も手間暇もかかっていた。


「他の組と組んで強敵を倒すもよし、弱そうな組から潰していくもよし! もちろん九組全員蹴散らしても一向に構わない! 数が減るまで逃げ回っていたっていいだろう!」


 最後の一言に、満座の観衆から笑いが湧く。もしもそれを実行する組が現れたら、観衆の嘲笑は彼らに向けられることは疑いない。


「二つ名持ちとか、これって不利じゃないのか? 周囲から狙われやすくなるし」


 乱戦ほど、番狂わせが起こりやすい環境もない。そんなカタナの疑問に、コーザは平然と答えた。


「実際、この予選で落ちる二つ名持ちも多い。そして、一戦の中で、死人が一人も出なければ奇跡だと言われているのは冗談でもなんでもない」


 何と言っても、二十人からの戦士が真剣でぶつかり合うのだ。それはもう小規模な戦争と評しても大げさではない。下手に転んだだけで踏み殺される恐れさえあった。


「まさに、『シュームザオンで最も危険な剣闘』か」


「それでは、いよいよ今年の祭りを開催しましょう!」


 カタナの独白にかぶさるように、進行役の声が朗々と響き渡る。


「『双剣祭』――」


「さぁて――」

「――るぞ」


 二十人の戦気が一斉に膨れ上がる。その中で、カタナもコーザも、「相棒」の呼吸を感じつつ剣を構えた。


「開始――!」



 弾かれたように飛び出していく剣闘士たち、その姿を遠目に、『闘技王』アダムは観客席の最後尾に立っていた。


「――」

 普段彼の近くに騒がしい影のようについている商会長ミスマの姿はない。

 彼はロロナがヒューバードの暗器使いと組んで『双剣祭』に出ると聞いた時から喜ぶやら心配するやらで大慌てしていて、今もロロナの応援に回っているはずだった。


 面倒見がいいのはミスマの常態だが、ロロナに対しては「剣闘処刑人」として酷な仕事をさせてしまった負い目があるのだろう、彼女にはミスマは以前から気を使っていた。


 この辺り、自分とは細やかさが違うとアダムはミスマに感心している。

 周囲に多少無頓着なのは、単にアダムの性格だ。因縁がどうの過去がどうのというはっきりした理由があるわけではなく、なんとなくアダムはそうなってしまっていたというだけだ。


「ここにいたかい、アダム」

「ディムか」

 さくり、と軽い足音を響かせて観衆から離れた位置に佇むアダムに歩み寄って来たのは『旗使い』のディム。


「珍しいな、お前さんは『双剣祭』にはあまり興味がなかっただろ?」

 気安い口調のディムにアダムもそれを平然と受け止める。

 ディムとは、アダムがエイデン商会に入った頃からの付き合いだ。一年ほど先に剣闘の世界に入っていたディムは、ミスマが商会長に収まる前の、「本来のエイデン商会」の最後の一人でもあった。


「今回は……知己が多く出るからな」

「知り合いってーと……。ロロナに、ギジオン、それに同期のエインとかか。あ、あとカタナ=イサギナもか」

「それとディムもだ」


 指折り数えるディムに、むっつりと声を返すアダム。自分を名指しされた『旗使い』の剣闘士は、たははと軽く笑うと手元の旗を肩に担ぎ直した。


「アガサの奴に『自分を負かせたんだから今度こそ協力しろ』って言われちまってな。新人の頃以来何年も断ってたし、とうとう押し切られたよ」

「出番は次だったか?」

「ああ、もう移動しなきゃな。相方は剣闘の時以外はせっかちだし。あれでよく『大盾』名乗ってるよな」


 軽口を一つ残してディムは去って行く。珍しい場所にアダムがいたから声を掛けた、本人の言う通りそれだけのつもりだったのだろう。


「……」

 しかし、残されたアダムは、その場で今の会話に思いを馳せる。


 今まで、どこか静かな停滞の中にあったエイデン商会の剣闘士たち。それに変化が生まれている。

 ロロナは剣を追い求める修羅道から自分の道を見出し、ディムも止まっていた時間を動かし始めた。


 そして、自分の前にはあの弟弟子カタナが現れた。師の技を色濃く継いで。


 彼が『闘技王』を勝ち取った時よりもあるいは大きな変化が、アダムの周囲に、否、このシュームザオンそのものに訪れようとしている。


 この『双剣祭』は、停滞から変化へと激動する前の、最後のまどろみのようなものなのかもしれない。


――今ではない。だがいずれ。もうすぐ「すべて」が大きく変わる。


 そんな予感が、アダムの胸裏に高揚と不安をないまぜにした鼓動を刻んでいた。


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