剣の輪舞 前編
「つああ!」
気合一閃。オーブ=アニアは咆哮と共に飛び出した身体ごと、目の前に立ちはだかる人の群れに槍を突き出した。
「ぐはっ」
渾身の突撃に叫びを上げ、剣闘士の中の一人が跳ね飛ばされる。
人の壁を突き破ってもオーブの勢いは一向に衰えず、最高速度を保ったまま身体を鋭く切り返すと、再び密集地帯へと吶喊していく。
「さあ、この僕の槍にかかってくる気概のある勇士はいないのかい!」
「畜生、舐めんな!」
「ぶっ潰してやれ!」
乱戦を切り裂きつつ、周囲の敵たちに向けて挑発じみた気勢を上げるオーブの姿に、嫌が応にも戦意を掻き立てられた剣闘士たちは本能的に彼に矛先を向ける。
しかし。
「残念ながら、遅すぎる!」
突撃槍をかざしたオーブは疾走、彼らの刃を置き去りに剣闘場を駆け抜ける。
標的を見失いたたらを踏んだ彼らの僅かな逡巡、それを見透かしていたようにオーブの再突撃が襲来――。
「そ、う、ら!」
重量と速度を存分に乗せた一撃が、武器を砕き剣闘士の鍛えた肉体を吹き飛ばす。
まるで歩兵の隊列を噛み破る騎兵を思わせるオーブの戦いぶりに、観衆からはどよめきと歓声が降り注ぐ。
それに薄い笑みを浮かべつつも周囲の警戒を怠らず視線を走らせるオーブの眼に、何人もの剣闘士に囲まれる「相棒」の姿が映った。
「エインさん――」
●
「二つ名持ちだ、打ち倒して名を上げるぞ!」
「ああ! 『隼落とし』のエイン、覚悟!」
「……」
乱戦の開始から一分も経たない内に、エインは周囲を剣闘士たちに包囲されていた。
この剣闘場に集った中でも実力の抜きん出た、二つ名持ちであるエイン。誰にとっても厄介な強敵をまず倒してしまおうと示し合わせた三組六名もの剣闘士が、『隼落とし』を囲い込んだのだ。
だがこれは、『双剣祭』の予選ではしばしば見られる光景だ。強者ほど的になりやすいのは集団戦の定石ですらある。
故に本来は相棒としっかり共闘して隙を作らないのが基本なのだが、オーブが開始早々突撃に移り距離をとったがために、味方の援護は望めない。
いかに二つ名持ちであっても、一対六では抗えよう筈もない。
誰もがそう思い、一方的な蹂躙を予感した瞬間。
「――あ」
「反応が鈍い」
瞬斬。
機先を制してするりと前に出たエインの剣の平が、正面に立つ剣闘士の首を狩り獲っていた。
「な!」
「速――」
「だから、遅い」
もしも刃を立てた斬撃であれば、確実に首が飛んでいた。そんな一撃を叩き込まれた一人目がくずおれて、度肝を抜かれて立ち竦んだ二人目と三人目に、気負いの欠片も見えないエインが連撃を放つ。
「う、おあぁ!」
「くそっ!」
「――!」
瞬く間に半減した味方に我を失った残りの三人が同時にエイン斬りかかる。残心の姿勢で向き直った『隼落とし』は、もはや声を発することすらせずに、両手を閃かせる。
「ずぁっ!」
右手の剣で四人目の大剣を地面に撃ち落とし。
「なぜ……」
刹那の間も置かぬ切り返しで五人目の短剣を根元から折り飛ばし。
「は――?」
最後に残った六人目の槍は、左手で直接掴み取った。
「エインさん――って……」
オーブが声を上げかけた、たったそれだけの数秒で、『隼落とし』のエインは六人の剣闘士の包囲網を壊滅させていた。
さすがに唖然とする後輩に、エインはさらりと視線を流す。
「オーブ、そっちは何人倒した」
「あ……、えっと、三人、ですかね。エインさんが『好きに暴れろ』って言うから頑張りましたけど」
エインさんの方が暴れてるじゃないですか、とは口には出せない。
「ではあと半分か」
後輩の気をを知ってか知らずか、息も乱さずそれだけ言って。エインは周囲を睥睨する。
放たれる揺らぎのない剣気に、今まで互いに争っていた剣闘士たちが息を呑んで動きを止める。
「後は連携の確認だ。背後は任せる」
「……ええ、任せてください!」
この予選の勝者が決まるのは、この僅か三分後のことだった。
●
「『車輪剣』!」
空気を切り裂く轟音を引き連れて、巨大な剣身が剣闘場の地面に炸裂する。
「ぐう――」
「うわっ!」
「着弾」の衝撃だけで痛みを錯覚する一撃に、蜘蛛の子を散らすように退避する剣闘士たち。
『車輪剣』ロロナ=アンゼナッハ。今回が『双剣祭』初参戦の彼女だが、舞台は異なってもその大威力には何の陰りもありはしない。
いかに剣に身を捧げた彼らであっても、幾多の血を吸った『死者の刃車』に正面切って突っ込めるほどの腕と胆力は持ち合わせているものはそういない。
「ハイ、釣れたっと!」
そこに、ロロナの背後から響く明るくもどこか酷薄な歓声。
『車輪剣』から逃れて体勢を崩した剣闘士たちは、ある者は投げ網で全身絡め取られ、ある者は錐のごとき飛刃で貫かれ、ある者は鎖分銅の一撃で昏倒する。
「『霞』、『針』、『縛』――ヤっぱり目立つ囮がいると暗器は効果倍増だねぇ」
「誰が囮だって?」
「冗談冗談、そんなにカリカリしないでヨ」
軽口を叩きつつロロナに並び立つのは暗器使いリウ=シノバ。
その右手には鎖を下げて、左手には新たな『針』を掴み、さらにはためく長衣からは不吉な暗器の気配を覗かせている。
「さて、今度はボクが先陣ね」
「……本気でやる気?」
「あったりまえさ。言っておくけど、影に隠れるだけが暗器の使い方じャないヨ?」
言い置いて、リウの身体が疾走。剣闘場の中でも複数の組同士が斬り合っている激戦めがけて飛び込んで行く。
災難だったのは、リウの標的に選ばれた剣闘士たちだ。ただでさえ集団戦に慣れていない状況で神経を張り詰めていたところに乱入したのが、この詭道搦手に精通した暗器使いでは、彼らには荷が勝ちすぎるというものだった。
「おっじャまっしまぁーす!」
あっけらかんとした気安い声と共にリウの手が閃き、ありったけの『針』が集団に降り注ぐ。
「ずあっ」
「邪魔を!」
「はいはい失礼!」
乱戦に生じた新たな混乱を広げ押し開くように、人の渦に突っ込んだリウは一瞬の遅滞もなく暗器を全展開。
「『茨』、『穿』、『帳』――」
鉄靴が舞い踊り、矢が嘶きを上げ、煙幕が全ての者の視界を覆い尽くす。
「ぐあぁ!」
「どこに消えた?」
「くそ、近寄るなぁ!」
顎を砕かれ、手を貫かれ、頼むべき相棒の姿すらもはや見えない。剣闘士たちは誰もが余裕を失い叫びを上げる。
戦況を理解できるものなど一人もいない狂乱、これを演出したのがたった一人の新人剣闘士だとはその目で見なければとても信じられるものではないだろう。
そして。
「そしてぇ――『砕』!」
ここまでの演出、その全てをもって誘導した末に満を持して放たれるのは、リウの暗器の中でも最大の威力を誇る杭打ち機構。
標的はたった今『帳』の煙幕から一人だけ飛び出してきたばかりの盾持ちの剣士――。
「甘いぞ!」
「――!」
その炸裂の寸前に、わだかまる煙幕の端をすり抜けるように放たれた曲剣の斬撃が、リウの右腕に肉薄していた。
●
「ちっ」
「っつ、あっぶなー……」
煙幕で剣閃を隠しながらの一撃をリウが躱せたのは、八割方は偶然だった。残りは運と、剣の主が危機にあった相棒の救出に主眼を置いていたからに他ならない。そうでなければリウの耳をもってしても直前まで察知できなかっただろう、それほどに迅速で鋭い一撃だった。
「あんたは――」
「これを凌ぐか、おっそろしい小僧だな」
吹き散らされて薄れていく煙幕から現れたのは、紛れもない二つ名持ち――。
「『子連れ』のウィストニー!」
「お前さんを後々まで残らせておくと厄介そうだ。早めに潰させてもらおうか」
迫力の無い二つ名とは裏腹、歴戦に鍛え上げられた剣士の気迫は餓えた虎でも尻尾を撒こうかというほどの剣呑さだ。放たれる曲剣の技は、今のリウの技量ではとてもではないが太刀打ちできまい。
「上等!」
だが、それで怯むどころか嬉々として舌なめずりするのがリウ=シノバだ。
恐怖も躊躇いも欠片もなく暗器を続けざまに撃ち放つ。
網がウィストニーの頭上から降り、飛刃が最短距離を駆け抜け、鎖が地を這って足を刈る。
遠距離から上中下への同時多段攻撃。
(いかに二つ名持ちとは言え、これは無傷では凌げない!)
そして、リウならば一瞬の隙さえあればどんな相手でも「詰み」まで持って行ける。
だが、そんなリウの見込みは――。
「――ぬぅん!」
『子連れ』の曲剣の一振りで粉々に打ち砕かれた。
●
「うっそぉ?」
駆け出した足に急制動をかけつつ、リウは我ながら間の抜けた声を抑えられなかった。
ウィストニーは、上段に構えた曲剣に敢えて投網の『霞』を絡ませると、そのまま剣を打ち振るって『針』を撃ち落としたのだ。
いかに神速であっても軽い飛刃では網を抜けず、まとめて叩き落とされてしまった。
そして最後の『縛』は――。
「もらったぁ!」
間髪入れずリウへと飛びかかる跳躍で狙いを外す。『子連れ』はリウの最高の連続技を見事に一手で凌ぎ、逆に若き暗器使いを『詰んで』いた。
(まいったな)
リウは、口の中だけでそう呟いた。
即座に出せる暗器は全て使ってしまっていた。ここでウィストニーの斬撃を逃れる手段はリウの手管のどこをひっくり返しても出て来ない。
一戦級の二つ名持ちを相手にすれば、シノバの傑作であるリウもこの有様。つくづく剣闘とは奥が深い。
「――次は、絶対勝つからね?」
実にリウらしい、猛々しい敗北宣言。それと同時に――。
「まさか――」
勝利の一撃を放ちつつ、ウィストニーが戦慄に満ちた声を漏らす。
飛び出した彼の直上、その身体を叩き潰す軌道で落ちて来るものがある。
それは、とても、巨大な、鉄の――塊。
とどめの瞬間にリウに全神経を集中、否、「誘導」されていた彼に、この墜落から逃れる術は無い。
「最初から……これが狙いか!」
呻きを漏らすことしかできない勝者に、敗者は嫣然と笑い掛ける。
「モチロン。名付けて、暗器――『車輪剣』ってね」
この戦いでのリウの目的はただ一つ。この二つ名持ちに一瞬でもロロナの存在を忘れされること。
ただその一瞬のために、リウは己と暗器の全てを注ぎ込んでいたのだ。
「結局、あなたにいいように使われたような気がする」
やれやれとでも付け加えたいような声で、ロロナが呟く。剣を振るその体には糸筋の乱れもない。
「何をおっしゃる? 自分を囮にするなんて、相手を信じてなきゃできないって」
事実、一対一ならリウに勝機は無かった。そして、リウはそれを良く分かっていたからこそ、全力で戦った。
数合も持たなかったのは業腹だが、故にこそウィストニーはリウの最後の暗器を見破れなかったのだ。
「ボクは負けても、ボクらは勝つ。共闘って、そういうものでしョ?」
「まあ――そうかもね」
超重量の巨大剣が『子連れ』のウィストニーを問答無用で押し潰し、この予選の勝者が決まった。




