第2話 再来 Ⅱ
燃え盛る村を前に、レクスはただ立ち尽くしていた。
家々を焼き尽くす炎。
耳をつんざくような悲鳴。
そして、他者の苦しみを嘲笑う人族の兵士たち。
ーーああ、またか。
人族の奴らは奪っていく。
幸福も尊厳も何もかも全て。
ーーまた、こいつらは。
レクスの怒りは次第に膨れ上がっていく。
すると。
カキンッ!
誰かが戦っている。
音のする方へ視線を向けると大柄な兵士の男とエルフの少女が戦っていた。
必死に剣を振るう少女だったが明らかに劣勢だ。
なぜそんなにも必死に戦うのか。
そう、エルフの少女の背後には守るべき人たちがいた。
その背後には傷ついたエルフたちが身を寄せ合っていた。
老人、子供もいる。
そして、その中には必死に大きくなったお腹を抱えた女性の姿があった。
その姿を目にした瞬間、レクスの思考が止まった。
「...。」
脳裏に過ぎる。
「...めろ。」
大きくなったお腹を抱え、優しく微笑む妻の顔。
「やめろ...。」
そして、瓦礫の下で我が子を守るようにお腹を抱え、血に染まった妻の姿。
もう二度と、その顔が笑うことはない。
もう二度と、その手が自分に触れることもない。
その絶望が今、再び目の前で。
「やめろおおおおおッ!!!!」
レクスの激高した感情が最高潮に達した。
その瞬間。
理性の糸がプツリと切れる音がした。
=======================
エルフの少女は息を呑んだ。
目の前に立つツノの生えた青年のその禍々しいほどの魔力に圧倒される。
しかし。
何故だか恐怖心はない。
それ以上にどこか引き寄せられるような感覚がする。
そして、この光景をどこかで見たような。
いや、自分の目で見たは訳ではない。
だが、この既視感は一体なんなのか。
そんな疑問を抱きながら青年と対峙している兵士に視線を向ける。
「て、テメェ。何者だ!」
自分よりも小柄な男に自慢の剣を片手で受け止められたことに苛立ちを見せる大柄な兵士。
だが、その苛立ちは一瞬にして恐怖心に変わった。
ツノの生えた青年、レクスの眼光が大柄な兵士に向けられたのだ。
その瞬間。
兵士は剣を手放し、後方へ勢いよく飛んだ。
人族とも魔族とも言えないその曖昧な存在に背筋が凍る。
だが、歴戦の戦士からその恐怖心を乗り越えるのにそう時間はかからなかった。
「テメェーも魔族か!」
「なら、後ろのエルフ共と一緒に叩き切ってやるよ!」
そう言うと、兵士は背中に携えていた自分ほどの身長の大剣に手をかける。
「このファトス様にこの剣を抜かせたこと後悔させてやる!」
そう豪語するファトスを他所にレクスはステラへと視線を向ける。
レクスと目が合うステラ。
その目は先ほどファトスへと向けたものではなく、ステラからはとても慈悲深い優しい眼差しに見えた。
そして、次の瞬間。
先ほどまで見つめていた瞳が姿と共に一瞬にして消えた。
すると。
「ギャァぁぁ!!!」
少し離れたところで男の叫び声がした。
声の聞こえた方に視線を向ける。
そこには兵士の首を鷲掴みにしているレクスの姿があった。
エルフを襲っていた兵士の首を軽々とへし折った。
「ありが...。」
状況が理解できず固まっていたエルフだったが、感謝の言葉を口にしようとした途端、また姿を消した。
そして、襲われているエルフたちの元に颯爽と現れ、人族の兵士を一人、また一人と仕留めていく。
「何が...どうなってやがる。」
先ほどまでは自分たちが狩る側だった。
なのに、いつの間にか自分たちが狩られる側になっている。
なぜだ。
あのツノの生えた魔族は一体。
ファトスは訳のわからないこの状況に苛立ちを抑えきれず、レクスの元へ走り出した。
「この、化け物がぁぁ!!」
自分ほどの刀身を持つ大剣でレクスに切り掛かる。
だが、レクスは最小限の動きで表情ひとつ変えず避けてみせた。
そして、それはファトスの自尊心を深く傷つけ、彼をさらに激高させた。
ファトスは間髪入れず、剣を振り回した。
だが、その剣はレクスへと届くことはなかった。
次第にファトスの動きは鈍くなり、やがて疲労の末に片膝をついた。
「クソが!」
「なんで反撃してこねぇ!」
だが、レクスから返事はなかった。
ただ、冷たい視線を向けるだけだった。
「このスカし野郎がぁ!!」
その視線に、ファトスはさらに怒りを募らせた。
「『光剣』」
すると、突然ファトスの剣の刀身が光り出した。
「これで終わりだ!!」
そう言いながら、レクスへと切り掛かる。
その刹那の瞬間、先ほどまで一言も発しなかったレクスの口が動いた。
『憤怒』
その言葉とともにレクスの手には禍々しいオーラを放つ漆黒の長剣が現れた。
切り掛かるファトスの剣に向かって漆黒の長剣を振り翳す。
すると。
ファトスの剣は一瞬で光を失い、刀身も粉々に砕け散った。
「...っな。」
自分の最強が一瞬で粉砕された。
その信じられない状況に身体中の力が抜けて、膝から崩れ落ちる。
すると、先ほど時に分の最強を打ち砕いた漆黒の長剣を携えた青年がこちらに歩み寄ってきた。
「っひ!」
今まで出したこともないような声が自分から発せられた。
「ま、待て!」
「こ、降伏する!」
「俺はただ、命令されただけだ!」
「やりたくてちゃったわけじゃない!」
この後に及んで命乞いをするその男に、蛆虫でも見るような表情を浮かべる。
そして、漆黒長剣を高く振りかぶる。
「や、やめ...!!」
命乞いも虚しく、ファトスは躊躇なく切り付けられる。
だが、傷は思いのほか浅く、痛みはあったが絶命までには至らなかった。
ファトスは許されたと思った。
その瞬間。
傷口からドス黒い炎が吹き出した。
「うわぁぁぁああああ!」
炎は瞬く間に全身を包み、その熱さと痛みでもがき苦しむファトス。
やがて、炎は徐々に小さくなり、完全に消える頃には跡形も残らず、そこに灰だけが残った。
その光景と色感を失ったことで、残された兵士たちは悲鳴を上げながら逃げ始めた。
だが、逃すはずはなかった。
レクスは逃げ惑う残りの兵士たちを捉え、その漆黒の炎で燃やし尽くした。
そして、とうとう村から人族の姿は完全になくなった。
存在だけではなく、形としても人族のものは残っていなかった。
全てが終わると青年の額からはツノは消え、漆黒の長剣も塵となって消えた。
その頃には燃え上がっていた家屋の火は消え、暗かった空が白み始める。
生き残ったエルフたちは一連の出来事が理解できず、その場で呆然としていた。
しかし。
ただ一人、エルフの少女のみがこの状況を理解していた。
少女は、昇り始めた太陽を背に立つ青年へと歩み寄った。
額に生えた角。そして、周囲を満たす圧倒的な魔力。
それは、伝承に語られる存在そのものだった。
少女は深々と頭を下げた。
「お待ちしておりました」
「魔王様」
レクスは静かに、その少女へと視線を落とす。




