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第1話 再来 Ⅰ

ーー寒い。


頬に触れるひんやりとした感触に、意識が浮上してきた。


そして、重たい瞼を徐々に開く。

ぼやけていた視界が、徐々に鮮明になっていった。


「...ここは?」


視界に飛び込んできたのは見知らぬ石造りの天井と壁だった。


壁は劣化しひび割れ、湿った空間のためか苔が生えている。

天井は崩れ、割れ目からかすかな月明かりが自分を照らしていた。


「俺は...確か処刑されたはずじゃ...。」


王都の処刑台。

迫り来る炎。

不愉快な視線を向ける観衆。


次々と記憶が蘇る。

それと同時に、胸の奥底に沈んでいたドス黒い憎悪も蘇ってきた。


「そうだ。俺は、あいつらを...。」


死の間際に確信したこと。

本当の敵は、あの国の連中だったということを。


レクスは拳を強く握りしめた。


その時。


違和感を覚えた。

固く握りしめた手に視線を向ける。


そこには見慣れない手があった。


それだけじゃない。


視線を自分に向け、身体中に手を回す。

身にまとっている衣服も、髪の長さも色も、生前のものとは異なっていた。


「一体、どうなってるんだ...?」


自分の置かれた状況が理解できず、座っていた石造りの椅子から飛び上がった。

そして、困惑しながら周囲を見渡す。


すると、あるものが目に飛び込んできた。


ひび割れ、苔の生えた壁。

天井の隙間からは少しの月の光。


そこには壮大な壁画が刻まれていた。


「なんだ、これは...。」


最初に目に入ったのは、剣を掲げる一人の人物だった。


その足元には、頭に角を生やした者が倒れ伏している。

剣を持つ人物は勝利を収めたかのように立ち、その姿は角を持つ者を見下ろしていた。


だが、壁画はそこで終わってはいなかった。


次の場面には、夜空に浮かぶ大きな月が描かれていた。

その月明かりに照らされ、先ほど倒れていたはずの角を持つ者が立ち上がっている。


まるで、死から蘇ったかのように。


さらに視線を移すと、そこには月明かりの下、角を持つ者を中心に集う七人の人物が描かれていた。

ある者は長い耳を持ち、ある者は屈強な体躯を誇り、またある者は人とは異なる特徴を備えている。


姿形も、身にまとう衣装も異なる七人。


彼らは角を持つ者を囲むように立ち、その姿を見つめていた。


そして、その対面には大勢の人々が描かれていた。


手に剣を携え、角を持つ者と七人の人物に立ちはだかる者たち。

その先頭には、太陽を背にした一人の人物が立っていた。


まるで、月の光と太陽の光が相対するかのように。


――だが。


その先に描かれていたはずの光景は、崩れ落ちた壁とともに失われていた。

石壁は大きく欠け、そこから先の壁画を読み取ることはできない。


まるで、この先に続く物語だけが、意図的に隠されてしまったかのように。


「これは一体、何を示しているんだ。」

「それに、ここは...。」


改めて自分がなぜここにいるのか疑問を持った。

死んだはずの自分がなぜ蘇ったのか。


その手掛かりを探して周囲を見渡すと、上に続く階段を発見した。

階段の上を覗くと外の景色が見えた。


「行くしかないよな...。」


恐る恐る一歩、また一歩と階段を登る。


最後の階段を登り切ると、そこには広大な森が広がっていた。

先ほどまで微かに差し込んでいた月光が、今や世界を満たし、レクスの全身を照らしていた。


「本当にここはどこなんだ。」


周囲を見渡していたレクスの視線が、あるものに吸い寄せられた。


月光を一身に浴び、周囲の木々を圧倒するほど大きく、荘厳にそびえ立つ一本の大樹。


そして。


レクスはその大樹を目にした途端、口角が大きく上がる。


「ああ、なんてこった。」


レクスの表情は徐々に邪悪な笑みに変わる。


覚えている。

忘れるはずもない。

俺はあれを一度目にしている。


あれは間違いなく’あの世界’にあった代物だ。


そう。


「ここは...魔族領の森か。」


かつて勇者として魔族領を訪れた際、遠くからでも目にした象徴的な大樹だった。


「ーーということは。」

「っはは...はははっ!」


込み上げてくる笑いを抑えられない。


俺からすべてを奪った、あの国も。

俺を裏切った、かつての仲間たちも。

そして、欲深く醜い人族も。


すべて、この世界にいる。


ならばーー。


「俺が味わった絶望を、お前たちにも味わわせてやる!」

「そして...今度は俺が、お前たちからすべてを奪ってやる!」


月光に照らされたその顔には、もはやかつての勇者の面影などなかった。

レクスの胸の奥で、復讐の炎が狂おしいほどに燃え上がる。


そして、レクスを照らしていた月光にはうっすらと雲がかかる。


=======================


月明かりが翳ったことで、木々が密集した森の中には暗闇が広がっていた。

だが、レクスが歩みを進めた途端また月は煌々と輝く。


そして、レクスを導くように木々の隙間からは月光が差す。


森の中を歩き始めて少し経った頃。


ーーん?なんだこの匂いは。


風に乗って森の中を漂う異臭。

どこか覚えのある匂いが鼻を刺す。


レクスは表情を曇らせながら、突然異臭のする方へ走り出した。


自分でも理由はわからない。

ただ、気づけば足が動いていた。


そして、レクスは足を止めた。

異臭の原因を目にして呆然と立ち尽くす。


記憶が突然、脳裏によみがえった。


焼け焦げた家屋。

地面に残る無数の血痕。

そして、炭化した遺体がいくつも転がっている。


かつて見た光景が、再び目の前に広がっていた。


ゆっくりと歩を進める。


そして、一軒の焼け焦げた家屋の前で歩みを止めた。


そこには焼け崩れた屋根の下敷きになった炭化した遺体があった。

それは子供を庇うように覆い被さる親子の姿だった。


「...な、なんで...こんな。」


言葉が出てこない。


転がっている遺体や地面に残る血痕から事故によるものではない。

さらに、遺体には切り傷や刺し傷が見て取れた。


レクスの拳は爪が食い込むほど強く握られていた。

だが、拳から流れる血に気づかないほどに感情が昂っているのだ。


カキンッ!


すると、少し離れたところから何かを打ちつけ合う音が聞こえた。

レクスはその音を聞いて瞬時に理解した。


ーーまだ誰かが戦っている!


レクスは音の発生源に勢いよく走り出した。


走り出してすぐに異変に気づいた。

音が近づくにつれて、森の中が明るくなっていくのだ。

まだ真夜中だというのにこの明るさ。


だが、原因ははっきりしている。


そして、信じられない光景がレクスの視界に飛び込んできた。


村と思われるそこはまさに地獄だった。


家々は燃やされ、鎧を纏った人族が長い耳が特徴の種族、エルフを襲っていたのだ。


男は問答無用で切り刻れ、女は衣服を無理やり剥ぎ取られ凌辱されている。

子供は縄を結ばれ、鉄格子の中に押し入れられている。


燃える村の中はまさに阿鼻叫喚。

そんな惨状の中、人族の兵士たちは悦に浸っていた。


カキンッ!


そして、また剣がぶつかり音が響いた。


「オラオラ!エルフの族長ってのはそんなもんか!」


人族の兵士の中でも一際体格の大きな男が勢いよく剣を振るっていた。


そして、その振るわれた剣の先には一人のエルフの少女がいた。


「この卑怯者!」

「魔法さえ使えれば、あなたなんかに!」


「なら使えよ、お前ら魔族が得意な魔法をよぉ!」

「おっと、今は使えないんだったか?」


大柄な男の言葉に他の人族の兵士たちは笑い声を上げる。


「安心しろ、お前は殺さないでおいてやるよ。」

「だからさっさと降伏しろよ。」


「ありえません!」

「死んでもあなたたち人族に降伏するものですか!」


すると、大柄な兵士はニヤニヤと少女の後ろに指を刺した。


「そんなお荷物を庇った状態で本気で俺に勝てると思ってるのか?」


指を刺した先には子供や老人、傷を負ったエルフたちの姿があった。


「わかるだろ?」

「魔法を使えないお荷物を抱えたお前には何もできない。」

「所詮お前たちは俺たちに狩られるだけの獣でしかないんだよ!」


すると、大柄な兵士は再び剣を振り上げる。


少女はなんとか剣を受け流そうとするが、体格と力の差に押され、徐々に体勢を崩していく。


そして、ついに持っていた剣は弾き飛ばされ、体から力が抜けたのか膝から崩れ落ちてしまった。


大柄な兵士はエルフの少女の前に立ち、首元に剣を突きつける。


「これが最後だ。」

「降伏しろ。」


「お断りします!」


「そうか。」


そう言うと兵士は剣を大きく振り、少女に向かって勢いよく振り下ろした。


ーーもう仕訳ございません...。

ーーお母様。みんな。


少女の頬を涙が伝った。


母との約束を果たせなかった後悔。

仲間たちを守れなかった自分への不甲斐なさ。


そのすべてを胸に抱えながら、少女は迫り来る死を受け入れようと、固く目を閉じた。


だが、いくら待てどその終わりは訪れてこない。


恐る恐る瞼を開ける。


そこには先ほどまではいなかったはずの人物が目の前に立っていた。


月光に照らされたその人物は漆黒の髪に真紅の瞳。

そして、額に禍々しい二本のツノが生えた青年だった。


お忙しい中お時間を割いていただきありがとうございます!


いかがでしたでしょうか?


もし面白いと思っていただけたらブックマークとページ下部にある⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎の評価をお願いします。


作者のやる気につながります!

読者の方が満足できるお話を書けるように頑張ります。

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