第5話 王国への帰還
「よいですか、シュナイゼル」
女王は改まってシュシュに向き直り真剣な声を出す。
「人間たちがあなたの力を頼りきりにする姿に愚かさを感じたかもしれません。しかし私たちは精霊、人間よりも遥かに強力な力を持ち得るのです。その力を間違った方向へ使うことは妖精界の女王たる私が許しません」
きっぱり告げられた言葉にシュシュは目を見開き、それからうるうると瞳に涙が溜まる。誰かに叱られたのは初めての経験だった。
「だって、僕いっぱい働いたから……みんなも早起きすれば、いっぱい働けると思ったんだもん……」
「ええ、その気持ちはわかります。しかしやり方を間違えていましたね?」
「わかんない……わかんないよ……」
ぐすぐすと泣き出したシュシュの涙を、女王は優しく指で拭う。
「人間の王はなんと言っていましたか?しっかりと耳を傾けましたか?」
「……困るって、言ってた……」
「ね?きちんと教えてくれる者はいたはずですよ。人間は決して愚かではないのです。なんでも言いなりになる必要はありませんが、己の判断だけで強大な力を行使し続けることも、また間違いを生み出すのですよ」
優しく諭す声にシュシュは素直に頷く。
「うん。みんなのこと朝早くに起こすのは間違えてた……」
「それがわかったのなら、あなたはさらに成長できるはずです。妖精界への扉はいつでも開いていますから。まずは迷惑をかけた王国に戻って誠心誠意謝罪してきなさい」
「でも、どうすればいいかわからない……」
自分が間違えていたことはわかった。しかしシュシュは謝罪とは何をすればいいのかも、誰にも教えてもらっていなかった。
「ごめんなさいと言って、次から相手の言葉に耳を傾ければいいのですよ」
「許してもらえるかな?」
「ええ、シュナイゼルが頑張ったこともわかってくれているはずですから。今ごろ、もしかしたら王国ではあなたがいなくて困っている人がいるかもしれませんよ」
不安そうに顔を上げたシュシュを安心させるように、女王は優しく微笑んでもう一度シュシュを抱きしめた。
久々に王城内の自室へと転移魔法で戻ってきた。精霊界で母親に諭され、そして背中を押してもらっての帰還だ。しかし人生で初めての謝罪をするという、シュシュにとってはこの上なく不安を感じることになかなか部屋から出ていけない。
じっと息を潜めて城内の様子を魔法で窺う。どうやら王の間に王様や臣下たちが集まっているようだ。
「……行かなくちゃ」
シュシュは覚悟を決め、自室の扉を開いた。
「……ただいま」
王の間へ向かう途中、すれ違う兵士や使用人たちは驚いたようにシュシュを振り返り、そして何も言わずに道を開けた。ここまであまりにスムーズに辿り着いてしまい、シュシュは遠慮がちに口を開いた。
「おお、シュシュではないか!お主、まさか本当に魔王討伐を成し遂げたのか……?」
王は数日ぶりに現れたシュシュを見て驚きつつ問いかける。家臣たちも急なシュシュの帰還に驚きを隠せないようだった。
……ちなみに強制起床についての解決策は王国内ではまだ何もできていない。
「あー、ううん。魔界へ行って魔王には会ったけど、倒してない……」
「魔界へ!?魔王とは実在していたのか!?」
「え?ああ、うん。話してきたよ。それから、妖精界へ案内してもらって……」
「妖精界!?」
シュシュの言葉に王をはじめ、家臣たちも驚きどよめいている。
「そう。それで、僕……精霊女王の子どもだったんだ」
「……精霊女王の子どもだった、とは?」
もはやシュシュの言葉の意味がわからず王は聞き返すばかり。おとぎ話でしか聞いたことがない存在ばかりが語られている。
「お母さんに百年ぶりに会ってきたの。それで、あの……」
シュシュは旅の経緯を伝えているだけ、王たちの困惑を理解できない。だから事実をそのまま率直に語っていた。
「王国でみんなのことを困らせるのはいけないことだって、怒られた。だから、あの……ごめんなさい」
ぺこりと頭を下げて、母の教えに従い素直に謝罪する。そんなシュシュの姿に王は家臣たちと顔を見合わせ、そしてひとつ頷いた。
「シュシュよ、顔を上げなさい。我々の話をわかってくれたのであればそれでよいのだ。お主に国が救われたのは事実。そしてこれからもお主の力が必要だ」
「シュシュ殿は優秀ですからね」
「国民の中には、毎朝のシュシュ殿の魔法がありがたかった者もいたようです」
王の言葉に続いて家臣たちも口々に言った。その言葉にシュシュは驚いて顔を上げる。
「……許してくれるの?」
「もちろんだとも。お主はまだ幼い子どもではないか。親元を離れ、見知らぬ土地で働いておったのに、配慮が足りんかったのはこちらも同じだ」
シュシュの語ったことがどこまで真実なのか、王に判断はできない。しかし、シュシュの力が王国にとって必要不可欠なものだったことは変えようのない事実なのだ。毎朝の強制起床がなくなるのであれば、王国としてシュシュを追放したり断罪したりする理由はない。
「お主の魔法はこの国を救うのだ。やり方さえ間違えなければ、これからも多くの民を助けられる」
「……うん!僕やるよ。ちゃんとみんなの話を聞いて魔法を使いたい。それでお母さんにまた褒めてもらうんだ」
王の言葉にシュシュは力強く頷く。家臣たちもうんうん頷き、一連の騒動は平和に幕を閉じたのだった。
それからシュシュは王国の魔術師と協力し、魔法の使えない人でも簡易的に魔法を扱えるようになる魔道具の開発を進めた。第一号となったのは、任意の時間に目覚めることができる魔道具。王国中でこの魔道具を求める人々がいたことで、シュシュは更なる魔道具の開発に力を入れている。もちろんたくさんの人の言葉に耳を傾けながら。
また、働く時間も見直されシュシュの労働時間は大幅に改善された。休日も設定され、自由に魔界や妖精界へ出入りしている。
友人となった魔王と魔法の研鑽を積み、母親である精霊女王との穏やかな時間も過ごしている。
「シュシュ殿!どうやら室温を快適に保つ魔法の需要が高いようです」
「そうなの?じゃあ夏は涼しくして、冬は暖かくする魔法が扱えるようになればいいんだね」
臣下の一人が国民からの要望をまとめ、シュシュに伝える。シュシュはすぐさま要望に応えられそうな魔法を考え、魔道具にどうしたら落とし込めるかを試行錯誤していく。
「シュシュ殿。先日作った、出かけた際に自動で部屋の鍵をかける魔道具についてですが……」
作った魔道具が予想外の問題を起こすこともしばしばあり、その対応にも追われる。
「なにかあったの?」
「自動で鍵がかかると、鍵を忘れた時に開けられないという問題が発生しているようです」
「なるほど……鍵を開ける魔法も必要かな」
「しかし、なんでもかんでも開いてしまったら鍵の意味がなくなります」
思いついたことを口にすれば、すぐに新たな問題点も浮き出てくる。「うーん……」と魔術師仲間たちと首を捻りながら、シュシュは人間界でたくさんの人を助けていくのであった。
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