第4話 いざ妖精界へ
シュシュは魔王の配下に案内され、妖精界の入り口だという場所に辿り着いた。配下はさっさと魔王城へ戻ってしまったので、自分で入り口を探そうとあたりを見回す。近くに魔力の流れが乱れている場所を見つけた。
「なんだろ……」
不思議に思って近づいていくと一気に魔力の渦が広がった。
「ここ、開けられるかもしれない」
本来目に見えないはずの魔力が金色の霧のように見え、シュシュの髪を揺らす。杖を取り出し短く「開けろ」と唱えると、たちまちシュシュの姿は魔界から消えていた。
金色の魔力が渦巻き、シュシュを囲む。目を開けていられないほどの衝撃で、杖を握る手に力が入る。ようやく魔力の渦が落ち着き、目を開くと魔界とはまったく異なる場所にいた。
澄んだ空気と風に揺れる花々。柔らかな木漏れ日が差し込む庭園のような場所だった。
「ここが……妖精界?」
ポツリとシュシュが呟くと『そうです。よく来ましたね』と脳内に直接声が響いた。
「声がする。魔法?」
シュシュは脳内に響く声に返事をするように空に向かって話す。すると声の主はくすくすと笑っている。
『私はすべての妖精たちを統べる女王です。目の前に大樹が見えますね?そちらへ向かってください』
「精霊の女王?魔王が言ってた魔法に詳しい人だ!目の前の大きな木だね、わかった!」
シュシュは目の前にある大樹に向かって歩き出す。しかし、天まで届くほどの大樹までは思ったよりも距離があった。
「……遠くない?」
歩いても歩いても一向に近付かない大樹にシュシュは思わずぼやいてしまう。するとまた声が脳内に響いてくる。
『あなたの足では一晩歩き続けても、辿り着きそうもありませんね。こちらで喚びます。抵抗しないでください』
「えっ、どういうこと?」
困惑するシュシュに構わず精霊女王は‘喚ぶ’魔法を使ったらしい。再び金色の魔力の渦に飲まれ、シュシュはぎゅっと目をつぶった。
次にシュシュが目を開けた時はすっかり景色が違っていた。室内のように思えたが、壁や地面は木の幹のようでところどころに葉が青々と伸びている。照明のようなものは見当たらないがあたりは明るかった。
「え?大樹は?」
『ここが大樹です。幹の中ですよ』
脳内で響くだけでなくシュシュの耳にも声が届いていた。声のする方を振り返れば、そこには輝くドレスのようなものを身につけた、長い白銀の髪を持つ美しい女性が立っていた。
「女王様?」
「ええ、そうです。よく帰ってきましたね、シュナイゼル」
「……僕のこと、知ってるの?」
シュシュは自分でもほぼ名乗らない本名を言い当てた女王に目をぱちくりさせる。どこで知ったんだろうか、何か魔法の効果なんだろうか、と様々な憶測が駆け巡るが答えはわからない。
「ええ、よく知っていますよ。あなたが誕生した日のこともよく覚えています」
女王は微笑みシュシュを手招きする。初めて会うはずの存在なのに、シュシュは何も警戒することなく女王の元へと歩みを進める。手を伸ばせば触れられるほど近い距離でようやく立ち止まり、女王を見上げる。シュシュと同じアンバーの瞳が優しく細められた。
「……お母さん?」
シュシュはなぜだかわからないのに、そう女王に向かって呼びかけた。その声に女王は頷きシュシュを抱きしめる。
「立派になりましたね。修行のため人間界へ送り出したのが百年前……。一人で魔法の研鑽を積み、ここまで魔力を高めたのですね」
「百年……そんなに?」
王国にいたのが一年ほど。ならば残りの九十九年は一人であの小屋にいたということか。シュシュにその自覚はまったくなかった。
「人間たちの助けになっていたのでしょう?話を聞かせて」
女王は抱きしめた腕をそっと離し、シュシュを木の幹に座らせその隣に腰掛けた。
女王に聞かれるまま、シュシュは王国で宮廷魔術師として働いていたことを話す。王国に攻め入った魔物を攻撃魔法で一掃したこと、疫病が流行った時に回復魔法で大勢の国民を治療したこと、大雨が続き王都の河川が氾濫しかけたのを食い止めたこと、一年で行った様々なことを話すたび女王は嬉しそうに笑った。
「食糧難が訪れたときには、魔法でたくさんの作物を作ったんだよ」
「それは素晴らしい行いをしましたね。あなたの精霊としての力が人間たちの役に立てて母は嬉しいですよ」
頭を撫でられシュシュも自然と頬が緩んでいた。誰かとこんな風に触れ合うのは初めてだった。
「なぜシュナイゼルは妖精国へ帰ってきたのですか?何か理由があるのでしょう?」
女王は記憶を取り戻したわけではなさそうなシュシュに気になっていたことを尋ねる。自力で妖精界への扉を見つけるのは困難なはずだった。
「えっとね、魔王に会って教えてもらった」
「魔界の王ですか。……なぜ魔界に?」
「えっと……王様に魔法に詳しい人がいるから行ってきてって言われたから?……あ、魔王討伐を命じられたんだった。倒してないや」
「魔王は何か人間界に悪さをしていたのですか?」
「ううん。だって存在すら知らなかったよ。あ、情報を持ち帰れって言われたの」
「……なぜ、急に魔王の話に?」
ひとつひとつ丁寧に女王は確認していく。王国で立派に宮廷魔術師として働くシュシュに、存在すら認識されていない魔王討伐を命じるとは何事か。何か理由があるに違いないと妙な胸騒ぎを覚えていた。
「なんで……うーん?なんでかな。最近はみんなのこと朝におはようって起こす仕事をしてたんだけど」
「それはどんな仕事ですか?」
「毎朝日の出前に全国民を魔法で起こしてあげるんだよ!寝坊する人もいないし、僕が一生懸命働いていた時大変だったからみんなにも働いてもらおうと思って」
「…………日の出前?」
「うん。だって僕すごく働いたもん」
悪気なく話すシュシュに女王は深くため息をつく。人間から見ればシュシュは幼い身。自らの出生も知らず、強大な魔力を以って王国に貢献していたのだ。王国の問題を軽々と解決するシュシュに人間たちも頼りきりになっていた部分はあるのだろう。
しかし、反省させるにもやり方が少々意地悪い。女王は我が子を人間界に送る前にしっかり教育していなかったことを心の内で嘆いた。




