第3話 強制起床、再び
禍々しい魔力を持つ魔王の前ですやすやと眠る子ども、シュシュ。それはそれは気持ちよさそうな寝息を立て、あどけない寝顔を魔王に向けていた。
「……久しぶりの客人は、随分と幼いのだな?」
「そのようですね、魔王様。しかしこの子ども自らが魔界の門をこじ開けたのは、間違いないようでございます」
「ふむ……」
丸くなって眠るシュシュを魔王とその配下は見下ろすように観察している。とても強大な魔力を以って魔界へと入り込んだ侵略者には見えなかった。
「んん……」
魔王城の最奥、魔王の玉座の前で眠っていたシュシュはようやく目覚め体を起こす。
「……あれ、ここどこ?」
寝ぼけ眼を擦り辺りをキョロキョロ見回す。
「客人よ、ずいぶんと寝込んでおったな」
「え?」
声がする方を振り向けば、シュシュが首を限界まで上に向けてようやく顔が見えた。
「でっか……」
玉座から立ち上がった魔王は身長が二メートルは易々超えていそうな大男だった。頭には立派な角が生えている。
「人間か?なんの目的があって魔界へ侵入したのだ」
「えっとー、王様に言われたから?魔王は魔法が得意だって聞いて」
シュシュは旅立ちの際に言われたことを思い出してみる。魔法の扱いに長けたのが魔王だと言っていたはずだ。だから話してみたくなったんだった。
「……ほう。それだけの理由で魔界まで来たと申すか?」
「ええと……ああ、そうだ。情報を持ち帰って来いって言われたんだった」
魔王討伐を命じられていたのだが、魔法のことで頭がいっぱいで肝心なところがすっかり頭から抜けてしまっている。
「だから、魔界の見学がしたいな!」
「……良いだろう」
「魔王様!よろしいのですか!?得体の知れない子どもですよ」
配下の魔族は羽をパタパタ魔王のまわりを飛び回る。強そうには見えないが、魔王に物怖じせず意見を伝えているということは偉い魔族なのだろうか。シュシュはぼんやりと頭上で行われるやりとりを眺める。
「お前はこの子どもにどうこうされると申すのか?」
「まさか!そういうわけではございませんが……単身魔界へ侵入しているのです。罠かもしれません」
「では小細工に気が付けないと?」
「いえ……そんなことは、断じてありません!」
「ならば良いではないか」
どうやら話はまとまったらしい。魔王は再びシュシュを視界に入れる。
「小さな客人よ。名はなんという?」
「シュシュ。王国で宮廷魔術師をやってる」
「幼き身で働くとは、人間とはわからんものだな」
「僕だってこんなことになるとは思ってなかったんだ」
シュシュが拗ねたようにぷくっと頬を膨らませる。魔王はシュシュの態度など気にも止めずに歩き出した。
「シュシュとやら。魔界を一望できる塔へ案内しよう」
魔王と並び城の中を進んでいく。魔王の一歩があまりに大きくシュシュの足では追いつけないので魔法を使って空中に浮いてふよふよと後を追うことにした。
魔界は魔力に満ちていて、そして空の色が暗かった。雷鳴が轟き、赤黒い空を稲光が走っている。
「わあ……すごい土地」
「ここが魔界だ。どうだ、人間の来るところではなかろう?」
「こんなに雷バリバリ鳴って、空も常に暗いんじゃよく眠れないね」
遠くで火山が噴火したのが見え、シュシュは目をぱちくりさせながら言う。しかし魔王は静かに笑っただけだった。
「この世界が当たり前なのだ。何をそんなことを」
「そっか。ちゃんと寝てるんだね。ねえ、試したいことがあるんだけどいい?僕が王国にいた頃毎日使ってた魔法なんだ」
シュシュは魔王の眼前まで浮き上がってまっすぐ魔王の瞳を見つめる。
「面白い客人だ。この地で更なる魔法を使って見せようと言うか。試してみるがいい」
シュシュの提案に魔王は次こそ大きく口を開いて笑って見せた。
「我らを害するつもりならば相応の覚悟をしてから使うのだぞ?」
魔王はシュシュに対し一度も警戒を解いてはいない。それでも珍しい外界からの訪問者に気をよくしていた。魔王を前に畏れずに不遜な態度で居続けるシュシュが気に入ったというのもある。
「そんなことしないよ。それじゃ……」
杖をまっすぐ持ち直し魔力を練り上げる。
「目覚めろ」
掲げた杖から魔法陣が広がる。魔界では土地の魔力が強大でいつも以上に早く魔法陣が広がり、あっという間に全土に広がった。そして強く輝き魔法が正しく作用された。
眠りについた数多の魔族が目覚める。溶岩の底で数百年の眠りについていたドラゴンまでもが地表へと現れた。天空に封じられた鬼神も目覚めたようで雷鳴がさらに激しく轟く。
「シュシュよ……何をした?」
「ん?おはようって起こしたの」
「なんという……起こしたと言うのならばもう一度眠らせることはできるのか?」
「えっ眠らせるの?んー、まあ……」
シュシュはあまり気乗りはしないものの、目の前の魔王が気にしていると言うのならば渋々眠りの魔法を唱える。
「眠れ」
小さな詠唱は確実に魔界全土へ広がり、魔法陣が輝けば辺りは静かになった。
「いとも容易く封印も行うか……」
「封印?おやすみってしたんだよ」
「……そうか。シュシュ、お前はただの人間ではないな」
魔王は深く息を吐き出し、静かに首を振る。
「えっ。僕人間じゃないの?」
「それほどまでに強力な魔法を使う人間はいない。……しかしシュシュの魔力は魔族のものでもなさそうだ。気になるのであれば、妖精国を訪ねるといい」
真剣な魔王の言葉にシュシュは「うーん?」と首を傾げる。気になるかと言われても、別にそこまで気になるわけでもない……ような気がする。話が突拍子もなく、実感も湧かない。
「妖精国かぁ……でも僕、魔王なら魔法のことに詳しいって、王様に聞いたからここに来たんだし……」
「魔法の扱いならば精霊女王が世界一だ。ここにいるより学べることは多い」
シュシュが乗り気でないことを察した魔王は、少ない交流の中で導き出したシュシュが興味を持つであろう言葉を即座に伝える。
「そうなの?」
「そうだとも。妖精国への入り口までは案内しよう。そこで転移魔法を使うといい。シュシュならば辿り着けるはずだ」
「そっか。わかった!」
「うむ」
そうと決まればシュシュの気が変わらぬうちに。魔王は再び眠りについた配下を叩き起こし「客人を妖精国の入り口まで案内しろ」と即座に命じる。
「魔王様?急にどうしたんです……」
「早くしろ。容易く魔界の封印を解く子どもがいつまでもこの地にいては気が休まらん。魔法のことならあやつらに任せてしまえ」
「た、ただちに!」
配下は何が何だかわからないものの、魔王があそこまで言うのだ。突然やってきた客人、シュシュを丁重に素早く妖精国へと押し付けに向かうのであった。
のちに魔王は語る。なんて規格外の子どもを魔界へ送り込んでくれたものだと。




