第2話 魔王討伐
早朝の会議を終え、部屋から出てきた一同の足取りは、心なしかいつもより軽い。数多の滅亡の危機から救ってくれた、少年シュシュの突然の奇行が解決の兆しを見せたからである。
「陛下、近いうちに朝までぐっすり眠れそうですね」
「国民たちからの不満もこれで解決されることでしょう」
どこにいるのかも、正体もわからぬ魔王討伐とは如何に……そんな疑問が頭をよぎるが、深く考えてはいけないのである。王は「シュシュを呼んで参れ」と近衛兵に言いつけ、玉座に堂々腰掛けて待った。家臣たちも横に控えている。
「王様、さっき話したのにどうしたの?僕に用事があるってなんなのさ」
裾を引きずるほど大きなローブを羽織り、シュシュは目を擦りながら王の間へ現れた。本来国王に謁見するのだからその態度はよろしくないのだが、直々に許しを得ているシュシュは何も気にしない。
「うむ、そなたに頼みがある」
「頼み?」
「これは王命である!シュナイゼル・ラ・シュラーフェンよ。魔物を操り国を脅かす魔王を討伐して参れ!」
仰々しく、腕を大きく払い宣言する国王。うむうむ、と大きく頷く家臣たち。苦虫を噛み潰したような表情を隠しもしないシュシュ。ピリッと空気が張り詰める気配はするものの、ここで王は引き下がるわけにはいかない。じっとシュシュを見つめ、決して目は逸らさない。
「……魔王ってなんなのさ」
はあ、とため息をついてシュシュは尋ねる。魔王などという名称はおとぎ話でしか聞いたことがない。
「シュシュよ、おぬしの才能を見込んでの王命である。我々では知り得ぬことも、お主ならば見つけ出せるのではないか。討伐など、できなくても良い。情報を持ち帰ってほしいのだ」
それらしいことを言って王はうまくシュシュを丸め込もうとする。とにかく早朝の魔法をやめてもらえればそれでいいのだ。働かない頭を必死に回転させ、幼い子ども相手に屁理屈をこねる。
「魔王、と名がつくわけだからな。とりわけ魔法の知識が豊富な者ではないか?」
適当なことを口にすれば、シュシュはぴくりと反応した。
「魔法に、詳しいやつ……」
「そうだ!きっと魔王とは人智を超えた魔法をも扱えるのだろう!」
存在するかもわからない魔王について力説する王。控えた家臣たちが一斉に頷く。シュシュは「うーん……」と考え、そしてぱっと顔を上げる。
「わかった。魔王とやらを探しに行くよ」
「頼んだぞ!シュシュ!!」
どんなに魔術師として優秀であっても幼い子どもなのだ。シュシュは「すごい魔法教えてもらおう」程度にしか考えていなかったのである。
善は急げ。シュシュの気が変わる前に旅立ちの支度を済ませ、王都に住むたくさんの人々に見送られシュシュは旅立った。それだけ被害者が多いのである。
「シュシュ殿が戻ってくる前に、あの眠りから強制的に起こす魔法の対抗策を練りましょう」
家臣の一人が進言すれば王は「うむ。宮廷魔術師たちに解析を急がせるのだ」とさっそく命令する。
そんなことになっているとは知らないシュシュ本人は、盛大に送り出され「久しぶりに家に帰ってみよう」とまずは国の外れにある自分の家を目指し歩いたのだった。
「歩かなくてもいいか。転移魔法使えるようになったんだし」
王都を出て数刻、誰もいない街道を歩きながらふと気がつく。シュシュは杖を出現させしっかり両手で握る。
「開けろ」
短く唱えれば足元に魔法陣が現れ、強い光でシュシュは包まれていた。
「ただいまー」
次にシュシュが目を開ければ、一年ほど前まで住んでいた我が家。誰もいないが一応声に出して帰宅の挨拶はする。小さな机と椅子、それにベッドがあるだけの部屋。奥にキッチンがあるが、ほとんど使っていなかった。
「働くのは大変だったけど、王城は色々あって楽だったな」
魔法でお湯を沸かしお茶を用意する。ついでに旅の支度で受け取っていた軽食を机に並べ、少し遅い昼食にする。
宮廷魔術師として一年ほど働いたシュシュは、高待遇で王城に住んでいた。身の回りのことは使用人が世話をしてくれ、何もしなくても食べるものが提供されていた。魔法ですべてが補えるわけではないので、少々不便さを感じたのだった。
「生活魔法ももう少し研究しておくんだったな」
自らの境遇を他人と比べることのないシュシュは、わずか十歳ほどの年齢の子どもが一人で自立した生活を送ることが困難だとは知りもしない。気がついた時にはこの小屋で一人生活をしていたから、シュシュにとって自力でできないことは魔法頼りにするのが当たり前だったのである。
「さて、魔王か。魔法の王様……魔界?にでもいるのかな」
ブツブツ呟きながら小屋の外へ出る。ちょうど森の魔力が満ちた空間が近くにあるので、その中心に立った。
「転移魔法で行けないかな」
魔王といえば魔界。なんか悪いやつ。おとぎ話で語られる存在だが、そういうことだろう。王様が情報だけでも持ち帰れと言ったから、どこにいてどんなやつなのかくらいはわからないと城へは帰れないのだろうとシュシュは思っている。
「開けろ」
はっきりと行く先がわからないまま転移魔法を使うのは初めてだった。そもそも転移魔法として応用しているだけで、この魔法の本質は‘開ける’ことなのだ。ならば魔界の入り口を開ければいいとシュシュは考えた。
大きく魔力が渦巻き、今までにないほど魔法陣が光り輝く。あまりの眩しさに目を開けていられなくなって、シュシュはぎゅっと目を閉じ魔力の渦に飲み込まれていった。
『魔王様!何者かが魔界へ侵入した模様です!』
魔界の門番が念話で魔界の入り口から遠く離れた魔王城へと伝える。
『ほう……客人か。どれ、直々に相手をしてやろう。こちらへ送れ』
『承知いたしました』
難なく魔界へと辿り着いたシュシュだったが、消費した魔力は大きかった。激しい消耗で意識が途切れ、眠りに落ちてしまう。魔王の配下によってシュシュは知らぬうちに魔王城へと運ばれ、魔王に差し出されていた。




