第1話 最強の魔術師
全5話です。
楽しんでいただけたら嬉しいです。
夜明け前。空がうっすらと白み始めた頃に王城の見張り塔で僅かな異変が起こる。塔の屋根に魔法陣が現れ僅かに輝く。その輝きが収束すると小さな人影が立っていた。まだ幼さの残る顔立ちの少年は目を眠そうに擦る。アンバーの瞳が細められ、白銀の髪が風に揺れた。
「おっと……」
高い塔の屋根の上では遮るものが何もない。ブカブカのローブが強風ではためくと少年はバランスを崩しそうになっていた。
「危なかった……今日は風が強いな」
少年が両手を前に出すとどこからともなく杖が現れる。しっかり両手で杖を握ると体内で魔力を練り始めた。必要な魔力を十分練りあげると杖を頭上に掲げる。そして小さな、しかしはっきりとした声で詠唱をした。
「目覚めろ」
掲げた杖を中心に魔法陣が広がる。それは空に広がり、やがて国中を覆うほどの大きさになる。刹那、魔法陣が強く輝くと少年の魔法はこの国に住む全ての大人たちに作用した。
夜明け前、まだ太陽も昇らぬ早朝。国中の大人たちが少年の魔法によって、強制的に眠りから目覚めさせられたのだった。
「よし。今日も完璧」
少年は自分の魔法の作用がしっかり発動していることを確認して満足そうに頷く。
「開けろ」
短く唱えると足元に魔法陣が展開される。少年は光に包まれ、屋根の上には誰の姿も残っていなかった。
「おはよう、王様」
少年は目を擦りながら王城の中でも一際厳重な警備体制がひかれる王の間へと顔を出す。
「シュシュよ……今朝もなのか?」
王様、と呼ばれた厳格な雰囲気のある壮年の男性は玉座でややげっそりと出迎えた。見れば警備に当たる近衛兵や玉座横に控えた臣下たちも顔色が悪い。
「太陽よりも早くに起きなくちゃ。僕のおかげで誰も寝坊しないでしょう?」
シュシュと呼ばれた少年は悪びれもせず言う。
「シュシュ殿、貴殿の魔法の才能は国随一です。我々も大変助かってはいますが……」
「宮廷魔術師としての仕事ぶり、幼いながら圧巻です。しかし……」
臣下たちはシュシュの功績を讃えはするものの歯切れ悪く言葉を濁す。誰もがこれ以上はっきり物申すべきなのか迷い、顔を見合わせている。
ようやく昇った太陽の光で城内が明るく照らされ始めた頃、王が臣下たちを止める。
「よい、お前たち。私が申そう」
「なに?また仕事?」
シュシュは眉間に皺を寄せ、幼い顔立ちに似合わない不機嫌な表情を隠そうともしない。
「いやいや、そうではない。シュシュの魔法には我々も助けられておる。しかしな、日も昇らぬうちに毎日無理に起こされては、我々としても困る。生活リズムとは人によって様々であろう?」
「だから子どもは寝かせているじゃん。僕はずっと働いてたけどね」
ふん、とシュシュは顔を背けて聞く耳を持たない。
「シュシュ殿、陛下の御前であまりに無礼ではないですか!」
臣下の一人がはっきりと苦言を呈するがそれでもシュシュは態度を改めない。
「僕が来なければとっくに滅んだ王国だ。子どもの僕を働き詰めにさせておいて」
「よいよい。わかっておる。そなたの魔法のおかげでこの国は救われたのだ。幼い身でありながらよく貢献してくれた。私への態度はいかほどにでも。ただな、毎朝の魔法の使用については改めてはもらえんか?」
王がシュシュの態度を咎めずに諭すように言うもシュシュは頑なだった。
「いやだ。少なくとも僕が働いた期間と同じだけはやめない」
シュシュの返事に臣下はこっそりため息をつく。王もそれ以上はなにも言わずに「わかった」とだけ返事をした。
シュシュが王の間から退出すると、王は臣下たちを伴い会議の間へと移動する。早朝からの仕事となってしまうため椅子に座って身なりは崩してよい、と王の配慮だった。護衛のための近衛兵も早いうちに交代で休むようになったのは、シュシュの毎朝の魔法騒動が始まってすぐのことだ。
「シュシュ殿は強力な魔術師ではあるのですが……なぜ急にこんなことをするようになったのか」
「我々には理解のできない魔術師の境地なのでしょうな。しかし……もうひと月は経ちます。国民からも苦情の声が多く上がっておりますぞ」
「急な魔物の襲撃や病魔、豪雨やそれに伴う水害、食糧難……ここ一年近くの窮地を救ってくれたのがシュシュだ。この国の外れにある森に一人で住んでいた幼き少年の貢献には報いたい」
臣下が頭を抱えるシュシュの奇行は王とてよくわかっている。実際に問題視する声が大きいことも。しかしそれ以上に功績が大きいのも事実だった。
「それにな……」
王が遠い目でぼやく。
「あやつの力は強大すぎるのだ。無理にやめさせたとして、この国がどんな報復を受けるかわからん」
王の呟きに臣下たちも、控えていた近衛兵たちも皆「ああ……」と諦めにも似た声を吐き出していた。
今日の会議でもなにもいい案が出てこないまま時間だけが過ぎていく。本来王国の運営をより良いものにするために議論を交わしていくのが常だった。なのにここ最近はもっぱらシュシュの話ばかりだ。
「シュシュ殿が強すぎるばかりに宮廷魔術師たちでは対抗策もなし……」
「国外追放などしようものなら報復の可能性……」
「褒美で釣ろうにも、なにを提示しても撥ね付けられる……」
臣下たちが頭を抱えていると、近衛兵の一人がおずおずと手を挙げた。
「発言の許可を得たく……」
「良い。許そう」
王が言えば近衛兵は安堵の息をついてから真っ直ぐ前を向く。
「僭越ながら申し上げます。国外追放とすると外聞が悪いのならば、魔王討伐という名目で国外へ派遣するのはいかがでしょうか」
近衛兵の言葉にその場にいた誰もが反応できず沈黙が続く。発言した兵は不味かったかと背中に冷や汗が流れるのを感じるが、今さら撤回もできずにただ誰かが動き出すのを直立不動で待つしかできない。
たっぷりの沈黙。臣下たちが王の顔を見る。近衛兵たちも王を見る。王はわなわなと肩を震えさせ、しかし表情は読めない。そして……。
「採用っ!シュシュに魔王討伐を命ずるっ!!」
ダンっとテーブルを叩き、王が力強く宣言した。
魔王って何?どこにいるの?というそもそもの疑問が誰の口からも出てこなかった。これはシュシュの魔法に悩み疲れた大人たちがあえて考えなかったのと、寝不足による思考力の低下が原因だった。事件解決後にそう臣下の一人によって語られている。




