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母の形見を奪われたので、家を出ます~奪った庶子は、義母の娘でした  作者: さんけい


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8 報告を聞いた父子は

 駅から戻った使いの報告は、夕食の前に入った。

 マギーは昼過ぎの列車に乗ったらしい。王都行き。切符は一人分。小さな鞄を持っていた。急ぎの手紙か通信か、そのようなものも出していたと、駅の者が言っていた。


「王都か」


 父伯爵は書斎でそうつぶやいた。

 机の上には、夕方届いたばかりの報告が置かれている。紙は薄く、内容も短い。だが、そこに書かれていることだけで十分だった。

 マギーは、自分の意思で屋敷を出ていった。

 誰かに連れ去られたわけではない。倒れているわけでもない。少なくとも、昼過ぎまでは無事だった。

 それで少し彼は安心した。

 そしてすぐに、腹が立った。


「まったく、何を考えている」


 ウィリアムは書斎の窓際に立っていた。外はもう暗い。庭の灯りが、濡れた葉の上でぼんやり揺れている。


「サミュエルのところでしょう」

「だろうな」

「なら、こちらから大学に連絡を」

「する。だが今日はもう遅い。明日の朝一番でよい」

「よくありません」


 ウィリアムは少し声を荒げた。


「マギーは一人で王都へ行ったんです。何があるかわかりません」

「だから、サミュエルのところへ行ったのだろう」

「本当に着いていれば、です」


 伯爵は黙る。それはそうだった。

 マギーは、屋敷からひとりで駅へ行き、ひとりで列車に乗った。王都の駅に誰かが迎えに来ている保証はない。宿に入ったのか、大学へ向かったのか、それすらわからない。

 だが同時に、彼はどこかでこうも思っていた。


 ――マギーは無茶をする子ではない。だから大丈夫だろう。


 だがそう考えると、また腹が立つ。無茶をしない娘が、何の相談もなく出ていった。では、こちらが何をしたというのか。


「明朝、王都へ人を出す」


 ようやくそう言うしかできない。


「大学にも手紙を送る。サミュエルが匿っているなら、すぐに知らせてくるはずだ」

「サミュエルは、知らせてこないかもしれません」

「なぜだ」

「マギーが止めれば」

「マギーが止める?」

「ええ。あの子は頑固ですから」


 ウィリアムはそう言った。そして自分で言いながら、少し苦くなった。

 さっきまで客人の前にいたロズリーは、最後までマギーを悪く言わなかった。お茶会の最中も、何度か扉の方を気にしていた。自分が原因ならどうしましょう、と小さく言った。

 《《それなのに》》マギーは、黙って屋敷を出た。

 父や自分を困らせるだけでなく、ロズリーにまで余計な気を遣わせている。


「戻ったら、きちんと言い聞かせなくてはなりません」

「それはそうだが」


 伯爵は椅子に座り直す。彼は疲れていた。

 朝からお茶会の準備があり、昼にはマギーが消え、夕方には客人を送り出し、それから駅へ人を走らせた。オードリーはよくやってくれている。ロズリーも気丈だった。

 マギーだけが、勝手なことをした。

 そう考えた方が、楽だった。

 しかし、心のどこかで引っかかる。なぜ、勝手なことをするほど追い詰められていたのか。

 そこまで考えかけると、彼は机の上の報告を指で押さえた。

 《《今は考えても仕方がない》》。


「夕食にしよう。オードリーたちも心配している」


 そう言って立ち上がる父に、ウィリアムは少し遅れてついていった。


 *


 夕食の席には、マギーの席が空いていた。

 いつもならそこに座る娘がいない。椅子は引かれず、皿も置かれていない。伯爵は一瞬そこを見たが、すぐに自分の席へ向かった。

 オードリーはすでに座っていた。ロズリーはその隣にいる。昼間の淡い青のドレスではなく、少し地味な薄灰色に着替えていた。胸元のブローチもない。

 それを見て、ウィリアムは少しだけ安心した。《《マギーが戻ってきた時、また騒ぎにならずに済む》》。


「駅で確認できたそうだ」


 父が席につくなり言った。


「マギーは王都行きの列車に乗ったらしい」

「王都へ」


 オードリーは手元のナプキンを膝に置いた。


「では、サミュエルのところでしょうか」

「おそらくな」

「そうですか」


 ロズリーが小さく息を吐いた。


「よかった…… ご無事なら」


 その声に、ウィリアムはすぐ反応した。


「君が心配することではない」

「でも、私のせいですから」

「違う」


 ウィリアムは少し強く言った。


「マギーが勝手に出ていった。君は何もしていない」


 ロズリーは視線を落とした。


「でも、ブローチは私が」

「君は知らなかった」

「でも、返せませんでした」

「返す前に、マギーが出ていったんだ」


 そう言いながら、ウィリアムは自分の言葉に納得していく。


 ――そうだ。ロズリーは返そうとしていた。実際、茶会が終わってからブローチを外していた。なのにマギーはそれを見もせず、勝手に出ていった。

 ――だから、悪いのはマギーの早合点だ。

 ――ロズリーは悪くない。


「ウィリアム」


 オードリーが静かに言った。


「マギーも、きっと疲れていたのでしょう。私たちが気づいてやれなかったのかもしれません」


 伯爵の手が少し止まる。ウィリアムも口を閉じた。

 オードリーはこういう時、決してマギーを強く責めない。責めない代わりに、自分たちが悪かったのかもしれない、と言う。


「奥様」


 ロズリーが慌てて顔を上げる。


「そんな。奥様はいつもマギー様のことを考えていらっしゃいます。私にも、マギー様の邪魔にならないようにと」

「ありがとう、ロズリー」


 オードリーはロズリーの手にそっと触れた。


「けれど、マギーがそう受け取ってくれたかは別の話なのよ」

「……はい」


 ロズリーはうつむく。ウィリアムは、その横顔を見ていた。

 可哀想だと思った。この家に来て、ようやく少し笑えるようになった娘なのに。

 母を亡くしたわけではないが、家を失い、頼る人を失い、ようやくここで居場所を得ようとしている。それなのにマギーは、そのたびに棘を出す。


 ――いや、マギーも悪い子ではない。


 ウィリアムは、そう《《も》》思っている。

 妹だ。小さな頃は自分の後ろについて歩いていた。雨の日に廊下で滑って泣いたこともある。母が亡くなった夜、声を殺して泣いていたことも覚えている。

 けれど今のマギーは、ロズリーを見る目が冷たい。

 家族なのだから、もっと優しくすればいいのに。

 そう思う。

 そして、その家族という言葉のところで、別の考えが何度も顔を出していた。


 ――ロズリーはこの家の者ではない。だからマギーは、あんなふうに壁を作るのではないか。ならば。

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