6 マギーの消えた家
マギーがいないことに最初に気づいたのは、支度部屋のメイドだった。
お茶会までは、まだ少し時間があった。客人はもう二組ほど到着していて、玄関広間では父が応対している。
ウィリアムはロズリーのそばにいた。オードリーは、いつもより念入りに支度部屋を整えさせていた。
その部屋の中央に、淡い青のドレスが掛けられている。マギーの布で仕立てたものだった。
そこにロズリーが袖を通す。母のブローチを胸につけて。
それを手伝わせるために、オードリーはマギーを呼ばせた。
けれど、戻ってきたメイドは扉の前で足を止めた。
「奥様。マギーお嬢様が、お部屋にいらっしゃいません」
「庭ではなくて?」
「はい。お部屋にも、廊下にも」
オードリーはピンを一本、針山へ戻した。音はしなかった。ただ、手の動きだけが少し遅くなった。
「本館の図書室は?」
「見てまいります」
メイドがまた出ていく。
ロズリーは椅子に座ったまま、胸元のブローチに指を添えていた。外すのではない。真珠の位置を確かめるような触れ方だった。
「私のせいでしょうか」
小さな声だった。
だが、部屋の中にはちゃんと届く。
「マギー様、やはりあのブローチを……」
「ロズリー」
ウィリアムがすぐに声をかけた。
「君のせいではない。マギーが少し意地を張っているだけだ」
「でも」
「気にしなくていい」
そう言って、ウィリアムはロズリーの肩越しに鏡を見た。鏡の中のロズリーは、青いドレスを膝に広げ、胸には真珠を留めている。喪服ばかりだった娘が、ようやく若い娘らしく見える。
ウィリアムは、そう思った。
だから余計に、マギーの不在が邪魔だった。
「まったく、こんな時に」
彼は短く舌打ちした。
やがてメイドが戻ってきた。今度は、少し息が乱れている。
「図書室にもいらっしゃいません。温室にも、庭にも」
「西の廊下は」
「見ました」
「では、どこへ行ったの」
オードリーの声はまだ穏やかだった。けれど、部屋の中のメイドたちは互いに目を合わせ始めていた。
そこで、父が入ってきた。
「どうした。客人が待っている」
「マギーが見当たらないそうです」
オードリーが答える。
父は最初、聞き間違えたように眉を寄せた。
「見当たらない?」
「お部屋にも庭にもいないと」
「何をしているんだ、あの子は」
父伯爵はすぐに苛立った声を出した。心配より先に、困惑と怒りが来る。それはいつものことだった。
「今日がどんな日かわかっているだろうに」
「お父様」
ロズリーが立ち上がりかけた。
まだドレスは完全に着付けられていない。メイドが慌てて支える。
「どうか、マギー様を責めないでください。きっと私が……」
「ロズリー、君は座っていなさい」
ウィリアムが言った。
「父上、マギーの部屋をもう一度調べましょう。もしかすると、具合を悪くしてどこかで休んでいるのかもしれません」
「それなら誰かに言うはずだ」
父はそう言ったが、すぐに自分でも確信がないことに気づいたようだった。
マギーは、最近あまり何も言わない。
朝食でも、正餐でも、必要なことしか口にしない。彼はそれを、年頃の娘の気難しさだと思っていた。あるいは、ロズリーに対する対抗心だと。
だから、わざわざ深く考えなかった。
考えなければ、面倒が少なかったからだ。
「お客様には、私から少し遅れると伝えます」
オードリーが言った。
「あなたはマギーの部屋を。ウィリアム、貴方も行ってちょうだい。屋敷の者には、まだ大きく騒がせないように」
「なぜです。もし何かあったなら」
「だからこそよ」
オードリーは伯爵を見た。
「客人の前で大騒ぎをすれば、マギーの名に傷がつきます。年頃の娘が、支度の最中に姿を消したなどと広まれば、あとで困るのはあの子です」
彼はそこで黙った。それはそうだ、と思ったのだ。
外聞。娘の心配よりも、まずそこへ考えが行く。
けれど貴族の家では、それも間違いではない。間違いではないから、ますます厄介だった。
「わかった。ウィリアム、来い」
「はい」
二人が出ていくと、支度部屋には少しだけ間が空いた。
ロズリーは椅子に座り直した。
「奥様、本当に申し訳ありません。私、やはり今日は」
「いいえ」
オードリーは近づき、ロズリーの胸元のブローチをまっすぐにした。
「貴女は出るの。今日のために支度したのだから」
「でも、マギー様が」
「ロズリー」
声は低くなかった。
けれど、その一言でロズリーは口を閉じた。
「こういう時こそ、落ち着いていなさい。貴女が取り乱せば、皆が余計に心配するわ」
「はい」
「それに、お客様を放っておくわけにはいかない。マギーが戻るまで、貴女が私のそばにいてちょうだい」
ロズリーはすぐには返事をしなかった。
膝の上で、指が青い布を少しつまむ。つまんで、離す。
「私が、ですか」
「そうよ」
「でも、私はまだ」
「大丈夫。私がついているわ」
オードリーはそう言って、ロズリーの髪に挿す飾りを選び直した。
真珠ではなく、小さな銀の花にする。マギーの母のブローチと喧嘩しないように。派手すぎず、けれど目を引くように。
メイドたちは、黙って支度を続ける。




