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母の形見を奪われたので、家を出ます~奪った庶子は、義母の娘でした  作者: さんけい


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47/58

47 判定

 王家法務局から正式な書面が届いたのは、三日後の午前中だった。

 玄関広間に入ってきた使者は、法務局の者らしいきちんとした身なりをしており、封書の角まで、きれいに揃っていた。

 モリスが両手で受け取ったそれは、王家の封蝋が押されていた。


 *


 伯爵は書斎で待っていた。

 ハーグリーヴもすでに来ている。書記官が一人、壁際の小机に座っていた。

 エレノアとマギー、サミュエルも呼ばれている。ルーカスは、ヘインズ家で保管していた写しを届けるため同席していた。

 机の上には、何も置かれていない。

 昨日まで並んでいた品は、すべて封じられた。ブローチも、手紙も、香水瓶も、小箱も、今は別室の保管箱に入っている。

 空いた机の上に、モリスが封書を置いた。ハーグリーヴが封を確認する。


「開封します」


 封蝋が切られる。中から厚い書面が数枚出てきた。

 書記官が筆を構える。

 ハーグリーヴは最初の一枚を読み、少しだけ目を伏せた。それから顔を上げる。


「王家法務局としての当面の処分を伝えます。最終的な刑罰とは別に、身柄、家内権限、関係者の接触についての判断です」


 誰も動かなかった。

 マギーは膝の上で指を組む。

 水差しは、今日は伯母が自分の近くへ置いてくれていた。ルーカスではなく、エレノアが。グラスの縁に、光が細く乗っている。


「オードリー・バーレイ夫人」


 その名が読まれた。伯爵の手が、椅子の肘に触れる。


「子爵家の馬車を止めるようミルナーへ依頼したこと、事故前日にロズリー嬢の喪服を用意させたこと、事故後にロズリー嬢をバーレイ家へ入れる文面へ関与したことを認めています。また、マギー嬢の所有物および私信を本人の承諾なく移動したことについても、確認されています」


 ハーグリーヴは一度、書面へ目を落とした。


「夫人は、殺意を否定しています。しかし、馬車への細工が人命に危険を及ぼす可能性を認識し得たこと、喪服を事前に用意していたこと、証拠となり得る手紙を燃やしたことから、通常の事故として扱うことはできません」


 雨ではないのに、窓硝子が少し暗い。


「夫人は本日より、王家管理下の施設へ移送されます。バーレイ伯爵家内での身柄保全は終了。以後、王家法務局の管理となります」


 伯爵の椅子の肘を握る指が少し白くなった。


「ロズリー嬢」


 マギーは指を組み直した。


「馬車への細工を知っていたとは、現時点で断定しません。ただし、事故前日にミルナーから外出を避けるよう伝えられたこと、その際『お母上から』との言葉を聞いたこと、事故後にその言葉をオードリー夫人と結びつけたこと、またその事実を最初の聞き取りで十分に述べなかったことは記録されています」


 マギーは、ロズリーの白いハンカチを思い出した。何度も折られ、握られていた布。


「ロズリー嬢は、当面、王家管理下の女子修道院へ預けられます。外部との手紙は検閲下。オードリー夫人およびウィリアム・バーレイ殿との接触は禁止。今後の扱いは、子爵家の爵位整理とあわせて決定されます」


 伯爵は、そこで小さく息を吐いた。誰もそれに触れない。


「ウィリアム・バーレイ殿」


 その名が出た時、サミュエルの目が少し動いた。


「刑罰の対象ではありません。ただし、バーレイ伯爵より禁じられていた情報をロズリー嬢へ漏らし、調査上の証言を混乱させる恐れを生じさせたこと、伯爵の制止後も接触を試みたことは重く見ます」


 父は机の空いた面を見ていた。


「王家法務局は、ウィリアム殿について、当面のあいだ伯爵家の対外判断および家政実務から外すことを勧告します。期間は最低一年。以後は、伯爵家および王家法務局の確認を経て判断すること」


 サミュエルは動かなかった。けれど、マギーは兄の指が膝の上で一度だけ曲がったのを見た。


「バーレイ伯爵家」


 ハーグリーヴは書面を一枚めくる。


「家内の鍵管理、遺品管理、私信の取り扱いに重大な不備がありました。亡き伯爵夫人の遺品およびマギー嬢の所有物については、王家立会いのもとで整理し、所有者へ返還すること。マギー嬢の意思に反して伯爵家へ戻すことを禁じます」


 マギーの手が止まった。


 ――意思に反して戻すことを禁じる。


 書面の言葉は硬い。けれど、そこにはっきり書かれている。

 父はマギーを見たが、すぐに目を戻す。


「最後に、マギー・バーレイ嬢」


 自分の名が読まれて、マギーは背を伸ばした。


「当面は王都滞在を認めます。滞在先はホルム夫人またはヘインズ家、もしくは双方の合意する場所とし、バーレイ伯爵家はこれを妨げてはなりません。本人の所有物については、順次返還手続きを行うこと」


 ハーグリーヴは書面を閉じた。


「以上です」


 部屋の中で、書記官の筆だけが少し動く。最後の記録を書き終える音がした。


 *


 オードリーが連れてこられた。


 読み上げは本人にも行われた。

 彼女は、いつものようにきちんとしていた。灰青の服、乱れない髪、膝の上で重ねた指。ただ、今日は椅子に座らなかった。

 ハーグリーヴが書面の該当箇所を読み上げる間も、立ったまま聞いていた。


「王家管理下の施設へ移送します」


 その言葉にも、顔は崩れなかった。


「承知しました」


 返事は短い。

 伯爵の彼女を見る目は、既に夫のものではなかった。

 だが見張る者でもない。最後まで、何かを見落とさないようにしている者の表情だった。


「ロズリーには」


 オードリーが言った。ハーグリーヴがすぐ答える。


「接触は認めません」

「手紙も」

「認めません」

「母親として、一言だけでも」

「認めません」


 同じ言葉が三度続く。オードリーの指が、そこで初めて動いた。

 袖口の縫い目に触れ、すぐ離れる。


「わかりました」


 それだけだった。そして彼女は伯爵へ向いた。


「あなた」


 ハーグリーヴが手を上げる前に、伯爵が言った。


「私に言うことがあるなら、記録の前で」


 オードリーは口を閉じた。少しして、首を横に振る。


「ありません」

「そうか」


 父の返事も短かった。

 オードリーは次に、マギーを見た。

 マギーは視線を逸らさなかった。何か言われるかと思った。けれどオードリーは何も言わない。

 礼をし、王家の護衛に挟まれ、書斎を出ていった。

 扉が閉まるまで、誰も動かなかった。


 *


 ロズリーには、別室で処分が伝えられた。

 マギーは同席しなかった。ただ、書斎の扉の向こうから、遠い足音が聞こえた。

 軽い足音。途中で一度止まり、また進む。

 サミュエルが、廊下の方を見た。ルーカスは書類鞄の金具に指を添えていた。鳴らないようにしている。

 しばらくして、ハーグリーヴが戻ってきた。


「ロズリー嬢の移送は明朝です」


 伯爵がうなずく。


「ウィリアムには」

「このあと伝えます」

「私も同席します」

「お願いします」


 *


 ウィリアムは、自室ではなく小応接室に呼ばれた。

 マギーは同席しないつもりだった。

 けれどハーグリーヴに、あなたに関わる内容もある、と言われた。エレノアが隣に立つ。サミュエルもいる。ルーカスは廊下側に控えた。

 ウィリアムは、処分を聞く間、ほとんど動かなかった。


 ――対外判断と家政実務から外す。最低一年。

 ――記録を読み、確認を受けること。

 ――ロズリーとの接触禁止継続。

 ――ロズリーは女子修道院へ。


 そこまで聞いて、初めて顔を上げた。


「修道院、ですか」

「はい」


 ハーグリーヴが答える。


「それは、罰ですか」

「保護と監督です」

「会えないのですね」

「会えません」


 ウィリアムは膝の上の手を見た。何か言うかと思ったが、言わなかった。

 父が口を開く。


「ウィリアム」

「はい」

「お前には、しばらく南の管理地へ行ってもらう」


 ウィリアムは父を見た。


「領地へ?」

「本邸ではない。管理人の監督下で、帳簿と現場を見なさい。人の話を聞き、記録を読み、勝手に判断しないことを覚えなさい」

「私は、追い出されるのですか」

「今の本邸に、お前の場所はない」


 父の声は低かった。


「だが、戻る道を閉じるとは言っていない。戻れるかどうかは、お前次第だ」


 ウィリアムは、長く黙った。それから小さく頷く。


「承知しました」


 マギーを見ない。ロズリーの名も、もう出さない。

 それがよいことなのか、ただ言えなくなっただけなのか、マギーにはわからなかった。

 わからないままでいいと思った。


 *


 書斎へ戻ると、父はサミュエルを呼び止めた。


「サミュエル」

「はい」

「当面、家務を手伝ってほしい。大学のこともあるだろうが」

「必要な範囲で」


 サミュエルはすぐに答えた。


「ただし、私は兄上の代わりになるために戻るわけではありません」

「ああ」

「マギーを戻す口実にも使わないでください」

「わかっている」


 父は、今度はすぐに答える。サミュエルは少しだけ父を見た。


「なら、手伝います」

「助かる」


 短い会話だった。だが、前の家ではなかった。

 誰かが勝手に決めて、誰かが黙って従う話ではない。条件が出され、返事がある。

 マギーはそれを横で聞いていた。


 *


 夕方、王家の者たちは一度屋敷を出た。

 オードリーはすでに移送されている。ロズリーは明朝。ウィリアムは数日のうちに南の管理地へ。

 屋敷は広い。広いはずなのに、空いた椅子ばかりが目につく。

 マギーは玄関へ向かう途中で、居間の前を通った。

 扉は開いていた。窓辺の椅子が見える。そこには何も置かれていない。

 刺繍箱も、膝掛けも、本もない。ただ、椅子だけがある。

 マギーは足を止めた。

 父も気づいたらしい。少し離れたところで止まる。


「マギー」

「はい」

「あの椅子は」


 父は言葉を探した。

 マギーは椅子を見ていた。

 母の椅子。自分の椅子。ロズリーの刺繍箱が置かれていた椅子。


「母の部屋へ戻してください」


 父の返事は、少し遅れた。


「わかった」

「居間ではなく」

「ああ」


 父はモリスを呼ぶため、廊下の向こうへ目を向けた。けれどすぐには命じなかった。


「マギーがいる時に運ばせるか」


 マギーは少し考えた。


「いいえ。見なくていいです」

「そうか」

「でも、母の部屋に戻ったら、教えてください」

「ああ」


 父は頷いた。

 マギーは居間の扉から離れる。椅子には座らない。そこへ戻りに来たわけではない。


 玄関で、エレノアが待っていた。


「帰りましょう」

「はい」


 馬車の踏み台が出される。

 ルーカスが一度その位置を見て、ほんの少しだけ直した。

 マギーはそれを見た。


「ありがとうございます」

「段差は、見落とすと高くつきますので」


 いつものように言った。マギーは少し笑った。


「商会では?」

「ええ。荷も人も、段差でひっくり返ります」


 馬車に乗る時、足元はぐらつかなかった。

 扉が閉まる。屋敷が遠ざかる。

 マギーは窓の外を見た。

 今度は、見ないままでは帰らなかった。


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