表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
母の形見を奪われたので、家を出ます~奪った庶子は、義母の娘でした  作者: さんけい


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
46/58

46 ウィリアムが守ろうとしたもの

 ウィリアムが書斎へ入ってきた時、机の上にはまだ真珠のブローチの小箱が置かれていた。

 王家の紙帯で封じられているそれを見て、ウィリアムの足が少し止まった。


「座ってください」


 ハーグリーヴが言った。

 父を見た。だがただ、立ったまま待っているだけだった。ウィリアムは椅子へ向かった。

 マギーから少し離れた席だった。ロズリーが座っていた椅子とは違う。

 そこに気づいたのか、ウィリアムは一度だけ椅子の背に手を置いたまま止まり、それから腰を下ろした。


「ウィリアム・バーレイ殿」

「はい」

「あなたは、バーレイ伯爵より口止めされていたにもかかわらず、ロズリー嬢へ調査中の情報を話しました。喪服、日付、ミルナーの名。相違ありませんか」


 ウィリアムの手が膝の上で組まれる。


「相違ありません」

「理由は」

「ロズリーが不安がっていたからです」


 ハーグリーヴはペンを持った書記官へ目を向けた。記録される。

 ウィリアムはその音を聞いて、少し唇を噛んだ。


「あなたはその時、その情報をロズリー嬢が誰かへ伝える可能性を考えましたか」

「……いいえ」

「ロズリー嬢自身の発言が変わる可能性は」

「考えていませんでした」

「なぜですか」


 ウィリアムは返事を探した。視線が一度、封じられた小箱へ落ちる。


「彼女は、何も知らないと思っていました」

「なぜ、そう思ったのですか」

「ロズリーは、いつも怯えていました。自分のせいだと気にしていて、私に、どうすればよかったのかと」

「それは、《《あなたがそう受け取った》》ということですね」

「はい」

「彼女が何を知っていたかは、確認していなかった」


 ウィリアムは黙った。


「相違ありませんか」

「……ありません」


 書記官のペンが動く。マギーはその音を聞いていた。

 ウィリアムの声は、前より低い。けれど、まだ何かを手放しきれていないように聞こえた。

 ハーグリーヴが続ける。


「あなたは、ロズリー嬢に複数回接触しようとしました。伯爵から止められた後もです」

「はい」

「それも、ロズリー嬢を心配したからですか」

「はい」

「マギー嬢については」


 ウィリアムの手が止まった。


「あなたは、マギー嬢が家を出る前に、彼女を心配していましたか」


 すぐに答えられなかった。

 マギーは兄を見た。ウィリアムは、こちらを見ない。


「……していたつもりでした」

「何をしましたか」

「何を、とは」

「心配していたというなら、何をしたか伺っています」


 ウィリアムは、椅子の肘に指を置いた。答えが出ない。

 ハーグリーヴは待った。


「何も、できませんでした」


 ウィリアムは言った。


「いいえ、できなかったのではなく、していなかったのでしょう」


 エレノアが静かに言う。ウィリアムはそちらを見た。


「ホルム夫人……!」

「姪は居間の椅子を失い、布を失い、母の形見をつけられた娘の支度を命じられました。その場に、あなたはいたのでしょう」


 ウィリアムは何も言えない。


「何もできなかった、ではありません。あなたはその時、ロズリー嬢を守る言葉を選んだ」


 ウィリアムの手が、椅子の肘から離れた。

 マギーは、その手の動きを見ていた。前なら、ここで兄はすぐに言い返したと思う。

 ロズリーは知らなかった。ロズリーは悪くない。マギーにも言い方があった。

 今日は、すぐには出てこない。

 ハーグリーヴがマギーへ視線を移した。


「マギー嬢。ウィリアム殿へ確認したいことはありますか」


 マギーは水の入ったグラスを見た。今は飲まない。


「あります」


 ウィリアムが、ようやくこちらを見た。


「ウィリアム兄様」

「……マギー」

「私が返してほしいと言った時、兄様は、ロズリーは知らなかったのだと言いました」

「ああ」

「知らなければ、私が嫌だと言っても返さなくてよいと思いましたか」


 ウィリアムは、口を開き、すぐ閉じる。


「そういうつもりでは」


 そこで止まった。その言葉が、この部屋でどれほど使えないか、もうわかっているのだろう。


「……思っていなかった。だが、そういうことになった」

「兄様は、私に一度でも訊きましたか」

「何を」

「それがどれだけ嫌なのか。なぜ返してほしいのか。なぜ布を渡したくないのか。なぜ椅子を使われるのが嫌なのか」


 ウィリアムは、机の上を見た。

 青い布の注文控えがある。居間の椅子についての証言書がある。灰色の封筒もある。


「訊いていない」

「そうですね」


 マギーはうなずいた。


「でも、ロズリーには、どうしたのかと訊いたのですね」


 ウィリアムの肩が、少し動いた。


「訊いた」

「私には、訊かなかった」

「……ああ」


 その返事は、小さかった。書記官が記録する。ウィリアムはその音を聞いて、指を握った。


「マギー」


 ハーグリーヴが、すぐに手を上げた。


「発言は、質問への回答としてお願いします」


 ウィリアムは口を閉じた。ハーグリーヴが言う。


「ウィリアム殿。今、マギー嬢へ何を言おうとしましたか」

「謝ろうと」

「何について」


 また止まる。

 謝ろうとした。だが、何について。

 その問いで、ウィリアムの言葉は形になった。


「見ていなかったことです」


 ようやく言った。


「マギーが嫌だと言っていたのに、聞かなかったこと。ロズリーのことばかり見ていたこと。父上に止められても、ロズリーへ話したこと」


 そこで息を吸う。


「それから、マギーが家にいるのがつらいと思うほどだったことに、気づかなかったことです」


 マギーは、膝の上で指を組んだ。

 謝罪の形にはなっている。でも、それを今すぐ受け取れるかは別だった。


「兄様」

「はい」

「今は、その謝罪は受け取れません」


 ウィリアムの目が動く。

 先ほどロズリーへ言ったのと同じ言葉だ。けれど、同じものではない。


「謝られたことは聞きました。でも、今は受け取れません」

「……わかった」


 ウィリアムはそれ以上言わなかった。

 ハーグリーヴが書記官へ示す。また記録される。

 父が口を開いた。


「ウィリアム」

「はい」

「お前は、当面、家の実務から外す」


 ウィリアムは父を見た。


「実務、ですか」

「ああ。領地の報告、家政、対外の返書。今までお前に回していたものは、私が見る。必要なものはサミュエルに回す」

「サミュエルに」


 サミュエルは動かなかった。


「お前を罰するためだけではない」


 父は言った。


「今のお前には、情報を持たせられない」


 ウィリアムの唇が白くなった。


「父上」

「ロズリーへ漏らした。止めても会いに行こうとした。誰かを守るつもりで、話を壊す。家を継ぐ者として、今のお前を信じることはできない」


 部屋の中で、椅子の木が小さく鳴った。ウィリアムが、肘掛けを握った音だった。


「私は、廃嫡されるのですか」

「今は決めない」


 父は短く返した。


「だが、今まで通りではない」

「では私は」

「まず黙って記録を読め」


 父の声は荒くない。


「マギーが何を話したか。ロズリーが何を答えたか。オードリーが何を認めたか。お前は、自分が見たいものだけを見る癖がある。読むところから始めなさい」


 ウィリアムは黙ってうなずく。


「ウィリアム殿については、王家法務局としても、調査終了まで接触制限を継続します。また、バーレイ家の対外判断に関わる場合、当面は記録の確認者を置くことを勧めます」

「承知しました」


 父が答えた。ウィリアムは、今度は何も言わない。

 マギーは兄を見た。

 兄は、今も苦しそうだった。だが、その苦しさは、これまでロズリーが見せていたものとは違った。

 誰かに庇ってもらうためのものではない。

 自分が持っていて当然だったものが、そうではなかったことに、ようやく気づいた人のように見えた。

 マギーはそう思って、すぐにその考えを止めた。

 兄が何を思っているかは、兄が言うことだ。こちらで作ることではない。

 机の上の書面に目を戻し、記録されている言葉だけを見る。


「本日の確認はここまでです」


 ハーグリーヴが言った。


「ウィリアム殿、部屋へ戻ってください。接触制限は継続します」

「はい」


 ウィリアムは立ち上がり、礼をする。

 扉へ向かいかけて、足を止めた。

 机の上の居間の椅子についての証言書を見ている。手は伸ばさない。

 ただ、見た。


「父上」

「何だ」

「あの椅子は、まだ居間にありますか」


 父は少しだけ眉を動かした。


「ああ」

「……そうですか」


 それだけだった。

 ウィリアムは書斎を出ていった。扉が閉まる。

 マギーは水を一口飲んだ。グラスを置くと、底が机に触れて小さな音がした。

 誰もすぐには話さなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ