表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
母の形見を奪われたので、家を出ます~奪った庶子は、義母の娘でした  作者: さんけい


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
45/58

45 「少しくらい、いいと思いました」

「ロズリー嬢。昨日までの確認で、あなたは青い布がマギー嬢のために選ばれたものだと知っていた、と答えました」

「はい」

「それでも返そうとはしなかった。理由は、綺麗な布だったので、ということでしたね」


 ロズリーの指がハンカチの端をつまんだ。


「はい」

「今日は、その件についてマギー嬢も同席しています。マギー嬢へ、あなた自身の言葉で説明できますか」


 ロズリーはすぐには顔を上げなかった。


「説明、ですか」

「はい」

「私は…… マギー様に、悪いことをしたと思っています」


 マギーは黙って聞いていた。ロズリーは続ける。


「でも、あの時は、私も新しい服が必要でした。初めてのお茶会で、何もわからなくて。奥様が選んでくださって、ウィリアム様も似合うと」

「ロズリー嬢」


 ハーグリーヴが止めた。


「あなたがどう思ったかを伺っています。オードリー夫人やウィリアム様がどう言ったかではありません」


 ロズリーは口を閉じた。ハンカチの端に、細い皺が寄る。


「……欲しかったです」


 小さな声だった。


「青い布が?」

「はい」

「マギー嬢のものだと知っていても?」

「はい」


 書記官のペンが動く。

 マギーは机の上の注文控えを見た。母の肖像に似た色。伯母の茶会に着るつもりだった布。

 紙の上では、ただの色名になっている。


「ブローチについても確認します」


 ハーグリーヴは小箱を示した。


「あなたは、真珠のブローチがマギー嬢のものだと、茶会の前に知りました」

「はい」

「返してほしいと言われた」

「はい」

「しかし外さなかった」

「はい」

「理由は、外すと自分が悪いことをしたように見えると思ったから」


 ロズリーは黙った。


「相違ありますか」

「ありません」


 マギーは、そこで初めて口を開いた。


「ロズリー」


 ロズリーが顔を上げる。

 以前なら、ここでロズリーはすぐに目を潤ませたかもしれない。今はただ、ハンカチを膝の上で握るだけだ。


「はい」

「私が返してほしいと言った時、あなたは何も知らなかったわけではなかったのですね」


 ロズリーは返事をしなかった。


「知っていて、外さなかったのですね」

「……はい」

「私が嫌がっていたことも、わかっていましたか?」


 ロズリーの指が止まる。


「少しは」

「少しは」


 マギーは短く繰り返した。


「はい」

「では、なぜ外さなかったのですか」

「先ほども」

「悪く見えるから、ですね」


 ロズリーは唇を噛む。マギーは続けた。


「私が嫌な思いをすることより、あなたが悪く見えないことの方が大事だったのですね」


 ロズリーの視線が揺れる。

 ハーグリーヴは止めない。エレノアも黙っている。父は、机の端に置いた手を動かさなかった。


「そんなつもりでは」


 ロズリーは言いかけて、止まった。その言葉がここでは使えないことを、もう知っているのだろう。


「……はい」


 ようやく出た返事は細かった。書記官が記録する。


「居間の椅子のことも、聞いていいですか」


 ハーグリーヴが頷いた。


「どうぞ」

「あなたは、あの椅子が母の椅子だったことを知っていましたか」

「最初は知りませんでした」

「途中で知りましたか」

「はい」

「誰に」

「メイドが、昔の奥様がお好きだった場所だと」

「私がそこで本を読んだり、刺繍をしたりしていたことは」

「はい、見ていました」

「それでも、刺繍箱を置きましたね」

「明るかったので」

「私に許可を取りましたか?」


 ロズリーはハンカチを見た。


「取っていません」

「なぜ?」

「奥様が、使ってよいと」

「私には訊いてないのですよね」


 マギーの声は大きくならなかった。


「椅子も、布も、ブローチも。あなたは、私に訊きませんでした」


 ロズリーは何も言わない。マギーは、少しだけ息を吸った。


「私は、あなたに優しくしたかったのだと思います。最初は」


 ロズリーの顔が上がる。


「廊下や庭のこと、使用人の名前、お茶の時間。わからないことを教えました。あなたが困っていると思ったからです」

「はい」

「でも、私に訊かなくなりましたね」

「それは」

「お義母様に訊くようになった。ウィリアム兄様に頼るようになった。父に許されるようになった」


 父の手が、机の上で少しだけ動いた。マギーはそちらを見ない。


「私にだけ、何も訊かなくなりました」


 ロズリーは口を開け、すぐ閉じた。ハーグリーヴが訊く。


「ロズリー嬢。マギー嬢の許可を得る必要があると、当時考えましたか」


 しばらくロズリーは黙る。


「いいえ」

「なぜ」

「マギー様は、この家の娘でしたから」

「それは、どういう意味ですか?」


 ロズリーはハンカチを握った。


「私より、ずっと居場所があって、持ち物もあって、家族もいて」

「だから、許可は必要ないと思った?」

「そういうわけでは」

「では、どういうわけですか」


 ロズリーの返事は遅れた。


「少しくらい、いいと思いました」


 書記官のペンが進む。マギーは、その音を聞いていた。


 ――少しくらい。


 何度も使われた言葉だった。父からも。お義母様からも。ウィリアム兄様からも。

 そして、ロズリーの中にもあった。


「その()()が、()()()()ありました」


 マギーは言った。


()()()()()()()()()()()()()()()()


 ロズリーは目を伏せた。


「……すみません」


 その言葉は、小さかった。

 マギーはすぐには返事をしなかった。

 謝ってほしかったのかもしれない。でも、いざ言われると、それだけでは何も戻らないとわかった。

 机の上には、封じられた小箱がある。

 戻るものもある。戻らないものもある。


「謝罪は記録しますか」


 書記官がハーグリーヴへ小さく訊いた。


「記録してください。返答の一部です」


 ペンが動く。ロズリーの謝罪も、紙に残る。

 マギーはグラスへ手を伸ばす。水を飲む。置く。それだけしてから言った。


「今は、その謝罪は受け取れません」


 ロズリーが顔を上げた。


「マギー様」

「謝られたこと自体は聞きました。でも、今は受け取ることはできません」


 ロズリーの唇が少し開き、何か言いかけて、やめる。ハーグリーヴが静かに言った。


「その返答も記録します」


 書記官が書く。父は、机の横で目を伏せかける。

 エレノアがマギーの隣で、手袋の指を一度だけ組み直した。


「ロズリー嬢」


 今度はエレノアが言った。


「あなたが居場所を欲しがったことは、わかります」


 ロズリーは伯母を見る。


「けれど、姪の居場所を削ってよい理由にはなりません。あなたはそれを、少しくらいと言った。姪は、その少しを毎日失っていたのです」


 ロズリーは返事をしなかった。


「あなたが何も持っていなかったことと、姪から取ってよいことは別です」


 エレノアはそこで言葉を切った。

 ハーグリーヴが書記官へ視線を向ける。記録される。

 ロズリーは膝の上のハンカチを見ていた。皺が深くなっている。


「では私は」


 ロズリーが言った。


「どこへ行けばよかったのですか?」


 誰もすぐには答えなかった。


「子爵家にはいられなくなるところでした。男爵家も私を子爵家に出しっぱなしでした。それに、母に、母だと言えませんでした。ここへ来て、やっと」


 声はそこで切れ、ただ、ハンカチを握る指が白くなった。


「やっと、誰かが私を見てくれたのです」


 ウィリアムの名は出なかった。でも、その場にいる全員が誰のことかわかった。

 マギーはロズリーを見た。


「それなら、見てくれた人に、私のものではなく、あなた自身を見てもらえばよかったのだと思います」


 ロズリーは顔を上げた。


「あなた自身を見てもらうのに、私の椅子も、布も、ブローチもいらなかったはずです」


 ロズリーは何も言えなかった。

 書記官のペン先が、紙の上で止まる。ハーグリーヴは少し待つ。

 それから言った。


「返答なし、と」


 ペンが動いた。ロズリーは、その音を聞いた。

 ハンカチを握る手が、少し緩む。

 ハーグリーヴは記録を確認し、書面をまとめた。


「本日の確認はここまでです。ロズリー嬢、あなたは部屋へ戻ってください。マギー嬢への接触は、引き続き認めません」

「はい」


 ロズリーは立ち上がり、礼をした。扉へ向かう途中、小箱の前で一度足を止めた。

 真珠のブローチは中にある。封じられている。

 そして、護衛に伴われて書斎を出た。

 扉が閉まる。

 マギーは椅子に座ったまま、少しだけ息を吐く。

 ルーカスが水差しを持ち上げた。今度はグラスへは注がない。ただ、足りるかどうかを見ただけだった。

 マギーはそれを見て、小さく首を横に振った。

 

 ――もう大丈夫。


 声には出さなかった。

 ルーカスも何も言わず、水差しを戻した。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ