44 手紙にかけられた白いリボン
確認はまだ続いた。
箱の中から、ほかにもいくつかマギーのものが出た。
古いしおり。小さな刺繍図案。母の筆跡を真似て書いた、幼い頃のマギーの練習紙。
どれも、大きな価値のあるものではないが、それでもマギーの小箱や机から消えたものだった。
父は、それらが一つ出るたびに少しずつ黙っていった。
謝罪はしない。今はしない。
エレノアに言われたからではない。言葉を出すより、見ている方が必要だと、ようやくわかったのかもしれない。
ルーカスは部屋の入口で、書類鞄を持ったまま立っていた。
途中で、マギーが少しふらついた時だけ、水差しを置いた小机を近づけた。
触れない。声もかけない。ただ、手の届く場所へ動かす。
マギーは水を飲んだ。それから、もう一度箱の中を見た。
最後に、ハーグリーヴが確認を終えた。
「本日はここまでにします。品は一点ずつ記録し、封じます。後日、正式に返却の手続きを行います」
マギーはうなずいた。
「はい」
母の部屋を出る前に、エレノアが椅子へ近づき、向きを変える。窓からの光が、座った時に左手へ落ちるように。
その動作を、誰も止めなかった。
エレノアは椅子の背に軽く手を置き、それから離した。
「これでいいわ」
マギーはその椅子を見る。部屋が、ほんの少しだけ母の部屋に戻った気がした。
父も見ていた。何も言わなかった。
マギーは部屋を出る。廊下に出ると、空気が少し冷たかった。
ルーカスが書類鞄を持ち直す。その金具が、かちりと鳴った。
マギーは振り返らなかった。今日はもう、十分見たのだ。
*
確認された品は、書斎へ運ばれ、ひとつずつ布の上に置き、横に小さな札が添えられる。
ハーグリーヴの書記官は、札の文字と記録を見比べ、時々ペン先を整えた。
真珠のブローチの箱とは別に、マギーの小箱も封じられている。
伯爵は机のそばに立っていた。エレノアは椅子に座らず、手紙の置かれた布の前に立った。灰色の封筒の端には、小さな梟の印が残っている。
「これは私が書いたものです」
彼女はもう一度言った。
「マギー宛てに」
ハーグリーヴがうなずく。
「日付は、ロズリー嬢がバーレイ家へ来る前。内容は、困ったことがあればホルム家へ知らせるように、という趣旨。相違ありませんか」
「ありません」
「確認しました」
書記官が記す。
マギーはエレノアの隣にいた。手紙には触れない。読まない。けれど、そこにあることだけは見ている。
ルーカスは扉に近い場所で、書類鞄を持って立っていた。サミュエルはマギーの少し後ろだ。いつでも前へ出られる距離だが、今は出ない。
ハーグリーヴが伯爵へ向いた。
「オードリー夫人に確認します」
「はい」
伯爵は短く答えた。エレノアが一歩だけ下がった。
「私も同席します」
ハーグリーヴは少し考えた。
「手紙の差出人として、必要な範囲で。発言を求められるまではお控えください」
「承知しました」
エレノアはすぐに答えた。
*
オードリーは、王家の護衛に伴われて書斎へ入った。
机の上に並べられた品を見ても、ぴくりとも反応しない。椅子を示され、腰を下ろす。手袋はしていない。膝の上で、指を重ねている。
ハーグリーヴは、まず銀の香水瓶を示す。
「この瓶を、見覚えがありますか」
「亡き奥様のものです」
「どこにありましたか」
「亡き奥様のお部屋に」
マギーの手が、わずかに動く。エレノアがその横に立っている。
ハーグリーヴは続けた。
「マギー嬢は、自分の小箱に入れていたと述べています」
「記憶違いではないでしょうか」
即答だった。
「そうですか。では、このしおりは」
「それも、亡き奥様のお品かと」
「マギー嬢は、自分の机からなくなったものと述べています」
「今より小さな頃のマギーは、よく亡き奥様の品とご自分の品を混ぜていました」
伯爵の指が、机の縁を軽く押す。ハーグリーヴはしおりを戻し、灰色の封筒へ移った。
「この手紙について伺います」
オードリーの視線が、ほんの少し封筒へ向いた。
「ホルム夫人から、マギー嬢へ宛てた手紙です。なぜ亡き奥方の手紙束の中にありましたか」
「整理の途中で、混ざったのだと思います」
「誰が整理しましたか」
「私です」
「では、あなたが入れた可能性が高い」
「意図して入れたわけではありません」
エレノアは黙っている。ただ、封筒の端に残った梟の印を見ていた。
「この手紙は、亡き奥方宛てではありません」
ハーグリーヴが言った。
「封筒にもマギー嬢の名があります。なぜ亡き奥方の遺品に混ざるのですか」
「マギーは、亡き母のものをよく持っていました。机の上にも、箱の中にも。私が整理した時、亡き奥様に関係するものと判断したのだと思います」
「内容は読みましたか」
オードリーは少しだけ黙った。
「目を通したと思います」
「目を通した」
「整理のためです」
「この手紙には、困ったことがあればホルム家へ知らせるようにと書かれています。あなたはその内容を読んだ」
「はい」
「その上で、マギー嬢の部屋ではなく、亡き奥方の手紙束に入れた」
「一時的に」
「いつ戻すつもりでしたか」
返事はなかった。書記官のペン先が止まる。
ハーグリーヴが言った。
「返答なし、と」
ペンが動く。その音のあとで、エレノアが口を開いた。
「私の手紙は、妹の遺品ではありません」
ハーグリーヴが彼女を見る。エレノアは続けた。
「妹を亡くした姪に、私が送った手紙です。姪が読める場所にあるべきものでした」
オードリーはエレノアへ向いた。
「ホルム夫人。私は、マギーから手紙を奪うつもりでは」
「つもりの話は結構です。今、手紙はマギーの部屋ではなく、妹の手紙束の中にあったのです。それを確認しています」
オードリーは口を閉じた。
ハーグリーヴは、一枚の白いリボンを布の上に置いた。手紙束をまとめていたものだ。
「このリボンは、亡き奥方が使っていたものですか」
エレノアがすぐに答えた。
「違います。妹は手紙を緑の紐でまとめます」
「マギー嬢、どうです?」
ハーグリーヴが視線を移す。
「はい。母は、緑の紐を使っていました」
「オードリー夫人。この白いリボンは?」
「手元にあったものです」
「どこに?」
「裁縫箱に」
「あなたの?」
「はい」
「ロズリー嬢の刺繍箱に、似たリボンが入っていたと聞いています」
オードリーは、今度はすぐに答えなかった。
「同じものかどうかは、わかりません」
「そうですね。確認します」
ハーグリーヴはリボンを別の封筒に入れた。紙帯がかけられる。
伯爵はその手順を見ていた。
白いリボン。たったそれだけのものが、今は勝手に動かせない。
*
ロズリーが呼ばれたのは、少し時間を置いてからだった。
その間に、机の上は並べ直された。灰色の封筒と銀の香水瓶は端へ寄せられ、真珠のブローチの小箱が中央に置かれる。青い布の注文控え、仕立て直しの記録、居間の椅子についてのマギーの証言書。
その横に、ロズリーの発言記録。
ハーグリーヴは一枚ずつ確認し、書記官へ小さく指示を出した。
マギーは水をもう一口飲んだ。グラスを戻すと、ルーカスが水差しの位置を少しだけ直した。邪魔にならない。けれど届く場所。
扉が叩かれる。
「入ってください」
ロズリーが入ってきた。
今日は薄い灰色の服だった。髪は簡単にまとめている。胸元に飾りはない。手には白いハンカチを持っていたが、握りしめてはいなかった。
書斎の中にマギーがいるのを見ると、一度だけ足が止まる。それから礼をした。
「お呼びでしょうか」
「座ってください」
ハーグリーヴが示した椅子は、マギーの正面ではなかった。机を挟み、少し斜めの位置。ロズリーはそこへ腰を下ろす。
最初に見たのは、真珠のブローチの小箱だった。次に、マギー。
そしてすぐに目を伏せた。




