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母の形見を奪われたので、家を出ます~奪った庶子は、義母の娘でした  作者: さんけい


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41 再度のロズリーへの質問

 ロズリーが呼ばれた時、彼女は薄い肩掛けを羽織っていた。


 部屋が寒いわけではない。指先を隠したかったのかもしれない。両手は肩掛けの端をつかんでいる。

 椅子に座ると、最初に空いた席を見た。そこにウィリアムはいない。

 ハーグリーヴは、ミルナーの発言記録を前に置いた。


「ミルナーが確保されました」


 ロズリーの手が止まる。


「そう、ですか」

「事故の前日、あなたへ外出しないよう伝えたと認めています」

「はい」

「その際、『お母上から』と伝えたとも述べています」


 ロズリーは顔を上げたが、すぐに下げる。


「……覚えていません」

「昨日は、ミルナーから外出しないよう言われたことは覚えていると答えました」

「はい」

「では、『お母上から』という言葉だけ覚えていない?」


 ロズリーは肩掛けの端を握った。


「その時は、怖くて」

「何が怖かったのですか」

「出かけたくなかったので」

「処遇を決める話があったから?」

「はい」

「外出しないでよいという伝言なら、あなたにとって都合のよいものだったのでは」


 ロズリーは答えなかった。書記官がペンを持ったまま待つ。


「ロズリー嬢」


 ハーグリーヴが呼ぶ。


「その時、ミルナーは誰からの伝言だと言いましたか」


 ロズリーは唇を噛んだ。


「……お母上から、と」


 伯爵は目を眇める。やはり、と思う余裕もなかった。


「あなたは、そのお母上が誰を指すかわかりましたか」

「わかりませんでした」

「本当に?」

「母は、亡くなったと聞かされていましたから」

「では、死んだ母親から伝言が来たと思ったのですか」


 ロズリーの肩掛けが少し揺れた。


「違います」

「では誰だと思ったのです」

「……わかりません」

「そのあと、あなたは外出しなかった」

「はい」

「馬車が事故に遭った」

「はい」

「その時、ミルナーの伝言を思い出した」

「はい」

「お母上から、という言葉も?」


 ロズリーは黙った。


「答えてください」

「……はい」


 書記官のペンが動く。


「その後、バーレイ伯爵家へ来た」

「はい」

「オードリー夫人が母親だと知ったのは、この家へ来てからだと昨日答えました」

「はい」

「その時、事故前日の『お母上から』という言葉と結びつきませんでしたか」


 ロズリーは肩掛けの端を見ていた。そこに刺繍はない。ただの布だ。


「少しは」

「少しは?」

「もしかしたら、と思いました」

「何を」

「奥様が、前から私のことを知っていたのかもしれないと」

「母親かもしれないとは?」


 ロズリーは答えない。


「返答なし、と」


 書記官が記す。その音で、ロズリーの肩が少し跳ねた。


「私は」


 ロズリーは言いかけた。ハーグリーヴは待つ。


「私は、誰も信じていい人がいませんでした」


 声は細い。


「子爵家では、私は邪魔でした。正妻様からも、兄からも、使用人からも。ミルナーが、出かけなくていいと言った時、信じたかったんです。誰からでもよかった。出かけなくていい理由がほしかった」

「それは記録します」


 ハーグリーヴは言った。


「ですが、質問は残ります。あなたは事故前に、オードリー夫人が自分の母かもしれないと知っていた、あるいは疑っていた可能性がある」

「可能性、ですか」

「はい。あなたは昨日、『この家に来てから知った』と答えました。今日の答えでは、少なくとも事故後には、ミルナーの言葉と結びつけて疑っていたことになります」


 ロズリーは何も言わない。そして伯爵はその様子を見つめる。

 弁解はする。だが、涙を武器にはしない。

 それが今は、かえって見ていて苦しかった。


「馬車に細工があることは、本当に知らなかったのですね」


 ハーグリーヴが訊いた。


「知りません」


 これは早かった。


「ミルナーが喪服を用意していたことは」

「知りません」

「事故の前日に、あなたは何か荷物をまとめましたか」


 ロズリーが顔を上げる。


「荷物?」

「外出しないと決めた後、もし子爵家側で何かあれば、出られるようにしていたかどうかです」

「……少しだけ」

「何を」

「母から…… いえ、昔から持っていたリボンと、手紙を」

「誰からの手紙ですか」


 ロズリーは目を伏せた。


「ミルナーからのものです」

「内容は」

「子爵家でつらければ、いつか迎えがあると」

「それを、いつも持っていた?」

「はい」

「事故の前日にも?」

「はい」


 ハーグリーヴは書記官へ目を向ける。


「その手紙は今どこにありますか」

「……ありません」

「捨てた?」

「燃やしました」

「いつ」

「この家へ来てから」

「誰の指示で」


 ロズリーは答えなかった。


「オードリー夫人ですか」

「……はい」


 伯爵は、そこで椅子の肘をつかんだ。

 また紙だ。また燃やした。刺繍箱の紙も、きっとそうだった。


「燃やす理由を、夫人は何と」

「もう必要ないから、と」

「あなたは納得した」

「はい」

「その手紙に、オードリー夫人の名前はありましたか」

「ありません。でも」

「でも?」

「ミルナーはいつも、あなたを心配している方がいる、と書いていました」

「それが誰か、あなたは知ろうとしなかった?」

「知りたかったです」

「では、なぜ聞かなかったのですか」

「聞いたら、終わる気がしたので」


 部屋の中が静まりかえる。伯爵は、その言葉を口の中で反芻する。


 ――聞いたら、終わる。


 知らないふりをしていれば、希望のままでいられる。それが、ロズリーの中にあったのだろう。

 だがその希望のために、マギーの場所も、物も、家も使われた。


「今の発言も記録します」


 ハーグリーヴが言う。ロズリーはうなずいた。

 もう、紙に書かれることを止めなかった。


「本日はここまでです」


 ハーグリーヴが書面をまとめる。


「後日、手紙についても再確認します。燃やしたものでも、覚えている文面があれば聞きます」

「はい」

「部屋へ戻ってください」


 ロズリーは立ち上がる。扉の前で、伯爵の方を見た。


「旦那様」

「何だ」

「ウィリアム様には、今のことを」

「伝えない」


 ロズリーの指が肩掛けの端をつかむ。


「そうですか」

「君も伝えられない」

「はい」


 ロズリーは礼をして出ていった。

 伯爵は、閉まった扉をしばらく見ていた。


 *


 その日の夕方、伯爵はサミュエル宛に手紙を書いた。

 ミルナーの発言。オードリーとの食い違い。ロズリーの訂正。ミルナーからの古い手紙。

 ……燃やされたもの。

 書くことが多すぎて、便箋は三枚になった。

 最後に、マギーの伯母エレノア・ホルムの手紙を探すため、亡き妻の部屋を王家立会いのもとで開ける予定だと書いた。

 だがそこまで書いて、伯爵は少し迷った。

 マギーを呼ぶか。呼ばないか。

 まだ戻すべきではない。それは変わらない。

 だが、亡き妻の部屋を開けるなら、マギーに知らせずに進めるわけにはいかない。

 伯爵は、最後に一文を足した。


 ――マギーが望むなら、立ち会わせたい。望まないなら、開けない。少なくとも今は。


 そうして封をし、手紙を運ばせるために鈴を鳴らす。

 従僕が来るまでの間、伯爵は机の上の空いた場所を見ていた。

 そこには、何も置かれていない。けれど、マギーの小箱があるような気がした。

 鍵をかけたはずなのに、開けられた小箱。

 今度は、開ける前に訊く。

 それだけのことに、ずいぶん時間がかかった。


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