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母の形見を奪われたので、家を出ます~奪った庶子は、義母の娘でした  作者: さんけい


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37 ロズリーへの質問

 次に呼ばれたロズリーは、昨日より顔色が悪かった。だが、歩けないほどではない。


 部屋に入る時、ウィリアムがいないことに気づいたらしい。視線が一度、空いた椅子へ向かった。

 ハーグリーヴはそれを見たが、何も言わなかった。


「座ってください」

「はい」


 ロズリーは椅子に座った。

 手元にハンカチはない。代わりに、両手を膝の上で重ねている。


「あなたの発言記録を確認します」


 ハーグリーヴが紙を置いた。


「オードリー夫人が母親であることを、この家へ来てから知った」

「はい」

「ミルナーから、事故の日は外出しない方がいいと言われた」

「はい」

「本当に体調が悪くて外出できなかったわけではない」


 ロズリーの手が動いた。


「……はい」

「馬車に細工があるとは知らなかった」

「はい」

「喪服が事故の前日に用意されていたことも知らなかった」

「はい」

「ただし、事故後、ミルナーに言われて外出を避けたことを思い出し、オードリー夫人へ話した」

「はい」

「夫人は、あなたを守るためだったと言った」

「はい」


 声は小さい。それでも、答えは続いた。

 伯爵は横で聞いていた。

 そして思う。

 ウィリアムがいたら、ここで何度も動いただろう。ロズリーの声が小さいだけで、庇う理由にしただろう、と。


「次に、マギー嬢の所有物について」


 ハーグリーヴは紙をめくる。


「青い布が、もともとマギー嬢の選んだものだと知っていた」

「はい」

「返そうとはしなかった」

「はい」

「理由は」


 ロズリーは少しだけ顔を伏せた。


「綺麗な布だったので」

「自分のものにしたかった」


 ロズリーはすぐには答えない。ハーグリーヴは待った。


「……はい」

「真珠のブローチについて。マギー嬢に返してほしいと言われたが、その場では外さなかった」

「はい」

「理由は、外すと自分が悪いことをしたように見えると思ったから」


 ロズリーの指が布をつまんだ。


「……はい」

「今、そのことについてどう思っていますか」


 ロズリーは返事をしなかった。書記官のペンが止まる。

 長い沈黙ではない。けれど、その場にいる者には十分長かった。


「わかりません」


 ロズリーはようやく言った。


「わからない?」

「返せばよかったとは思います。でも、その時は、みんなが私を見ていました。私が外したら、私が悪いと認めることになると思いました」

「悪いと認めることが嫌だった」

「はい」

「マギー嬢が傷つくことより?」


 ロズリーは顔を上げた。口が少し開く。しかし言葉は出なかった。

 伯爵は机の端に置かれた封じられた小箱を見た。

 ハーグリーヴは続けない。ただ、待つ。

 やがてロズリーは、目を伏せた。


「その時は、そこまで考えていませんでした」


 書記官のペンが動く。伯爵は、苦々しいものが胸の中で湧き起こるのを感じる。


 ――そこまで考えていなかった。


 この家で何度、それが起きたのか。


「最後に、ウィリアム様との婚姻について」


 ハーグリーヴが言った。ロズリーの手が、また動く。


「あなたは望んでいたと答えています」

「はい」

「理由は、ウィリアム様が守ると言ってくれたこと。この家にいれば、母親であるオードリー夫人と一緒にいられること」

「はい」

「その場合、マギー嬢の立場が悪くなるとは考えましたか」

「マギー様は、この家の娘です」

「質問に答えてください」


 ロズリーは黙った。


「考えましたか」

「少しは」

「それでも望んだ」

「はい」

「なぜ」


 ロズリーは膝の上の手を見ていた。


「私も、どこかにいたかったので」


 ハーグリーヴは書記官の方を見る。その言葉も記録された。

 伯爵は、ロズリーの横顔を見ていた。

 泣きそうではあるが、泣いてはいない。震えてもいない。ただ、膝の上の布だけが細くつままれている。


「本日の確認はここまでです」


 ハーグリーヴが言った。


「当面、あなたもこの屋敷内で監督下に置かれます。オードリー夫人、ウィリアム様との接触は認めません」

「ウィリアム様とも」

「はい」

「お手紙は」

「認めません」


 ロズリーは、そこで初めて少しだけ息を吸った。


「では、私は誰とも……」

「必要な世話は使用人が行います。追加の聞き取りもあります。体調が悪ければ医師を呼びます」

「そういうことでは……」


 ロズリーは言いかけて、やめた。ハーグリーヴは待ったが、続きは出なかった。


「部屋へ戻ってください」


 ロズリーは立ち上がり、礼をする。そして、扉の前で一度だけ振り返った。

 空いた椅子を見る。そこにウィリアムはいない。

 それを確認しただけで、何も言わずに出ていった。


 *


 ウィリアムは、自室で待たされていた。


 王家の護衛が扉の前に立ったため、彼はもう廊下へ出ることもできなかった。

 食事は運ばれた。水もある。だが、扉の外にいるのは屋敷の従僕ではなく、王家の者だ。そこが違う。

 夕方近くになって、ようやく伯爵が来た。護衛が扉を開ける。

 ウィリアムは窓辺に立っていた。振り返った顔は疲れている。眠っていないのだろう。


「父上」

「聞き取りは終わった」

「ロズリーは」

「部屋へ戻った」

「泣いていましたか」


 伯爵は、その問いにすぐ答えなかった。


「それを知って、お前はどうするというのだ」


 ウィリアムは口を閉じた。


「慰めに行くか。何を言われたか聞くか。大丈夫だと言うか」

「私は」

「今は、どれも許されない」


 ウィリアムは拳を握った。


「私は何もできないのですか」

「できることはある」

「何ですか」

「黙っていることだ」


 ウィリアムの顔が歪んだ。


「それは、何もするなということでは」

「違う」


 伯爵は部屋へ入り、扉を閉めた。


「お前は、何かをすることでしか守れないと思っている。だが今は、動かないことが必要だ」

「ロズリーを一人にして?」

「マギーは、ずっと一人だった」


 ウィリアムは言葉を失う。伯爵は窓辺へは近づかず、部屋の中央で止まった。


「お前は、ロズリーが一人になることにはすぐ気づく。マギーが一人だったことには気づかなかった」

「父上だって」

「ああ」


 伯爵はすぐに認めた。


「私もだ」


 その返事が早すぎたのか、ウィリアムの言葉が続かなかった。


「だから今、止めている。お前も、私も、今まで《《見たいように見すぎた》》。これ以上、誰かの答えをこちらの都合で作ってはいけない」


 ウィリアムは窓の外を向いた。

 庭が見える。マギーが昔、刺繍の図案に使いたいと花を摘んでいた場所だ。ウィリアムはそれを思い出した。いつだったか。かなり前だ。

 ……最近のマギーが庭で何をしていたかは、思い出せない。


「父上」

「何だ」

「私は、マギーに何と言えばいいのでしょう」


 その問いは、ようやく出てきたものだった。伯爵はすぐには答えない。


「今は、何も」


 ウィリアムは振り返った。


「何も?」

「ああ。今のお前が言えば、たぶん謝罪も自分のためになる。許されたい。わかってほしい。そういう気持ちが出てしまう」


 ウィリアムは反論しなかった。できなかったのだ。


「まず、お前は記録を読め」

「記録」

「マギーが何を話したか。ロズリーが何を答えたか。オードリーが何を認めたか。王家の者が許可した範囲で、後日読ませる」

「今は?」

「今はまだだ」

「なぜ」

「お前がまた考えなしに走るからだ」


 ウィリアムは、そこで目を伏せる。当たっていたのだろう。

 伯爵は扉へ向かった。


「今夜も部屋から出るな。必要なものは言いなさい。手紙は出せない」

「父上」

「何だ」

「ロズリーは、本当に何も知らなかったのでしょうか」


 伯爵は扉の前で止まった。


「わからない」

「父上にも?」

「わからない」


 短い答えだった。


「だから調べている」


 ウィリアムはそれ以上、何も言わなかった。


 伯爵が部屋を出ると、王家の護衛がまた扉の前に立った。

 扉が閉まる。ウィリアムの姿は見えなくなった。

 伯爵は廊下で少しだけ立ち止まった。

 マギーの部屋は、廊下の向こうにある。扉は閉じられている。

 その前にも、まだ人が立っていた。

 誰も入れない部屋。ようやく守られている部屋。

 伯爵はそこへ行きかけて、やめた。


 ――今は開けない。開ける時は、マギーがいる時だ。


 そう決めて、書斎へ戻った。



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