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母の形見を奪われたので、家を出ます~奪った庶子は、義母の娘でした  作者: さんけい


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36/58

36 オードリーへの質問

 王家法務局の馬車がバーレイ伯爵家へ着いたのは、翌日の昼前だった。


 玄関広間には、朝から妙な静けさがあった。使用人たちはいつも通り動いている。銀器は磨かれ、花は替えられ、昼食の支度も進んでいる。

 けれど誰も、長く立ち話をしない。

 廊下の端には従僕が立ち、ロズリーの部屋の前にも、オードリーの部屋の前にも人がいる。ウィリアムの部屋の前にもだ。

 伯爵は書斎で待っていた。

 机の上には、すでにまとめた書類がある。オードリーの発言記録。ロズリーの発言記録。洗礼記録の写し。鍵台帳。亡き妻の部屋の整理帳面。

 そして、真珠のブローチの入った小箱。

 伯爵はその小箱へ手を伸ばしかけ、やめた。

 触る必要はない。触れば、また余計なことを考える。

 扉が叩かれた。


「旦那様。王家法務局の方がお着きです」

「通しなさい」


 入ってきたのは、灰色の上着を着た男だった。

 名をハーグリーヴと名乗った。王都でマギーから話を聞いた者だという。後ろに書記官が一人、さらに護衛が二人ついている。

 伯爵は立ち上がった。


「エドガー・バーレイです。ご足労いただき、感謝します」

「こちらこそ、迅速な届けを受け取りました」


 ハーグリーヴは礼を返した。

 その礼は、貴族への礼ではある。だが、それだけではない。相手が伯爵でも、ここでは調べる側の人間なのだとわかる礼だった。

 伯爵は、それに少しだけ救われた。


「書類はこちらに」


 机の上を示す。

 ハーグリーヴはすぐに座らず、まず小箱を見た。


「ブローチはそちらですか」

「はい。亡き妻のものです。娘マギーへ返すべきものです」

「確認します」


 伯爵は鍵を開け、箱の蓋を上げる。

 真珠のブローチが、白い布の上に置かれている。

 ハーグリーヴは手袋をはめ、ブローチを持ち上げずに見た。書記官が横から形状を書き取る。


「これは、当面こちらで封じます」

「持って行かれるのですか」

「いいえ。所有物としてはマギー嬢のものと扱います。ただし、調査に関わる品ですので、封をした状態でこちらに保管します。開ける時は立会人を置く」

「わかりました」


 ハーグリーヴは小さな紙帯を取り出した。箱を閉じ、その上から帯を掛ける。王家法務局の印が押される。

 真珠のブローチは、箱の中に戻り、見えなくなった。

 それでも、今度は《《消えた》》わけではない。伯爵はそう思うことにした。


「次に、奥方とロズリー嬢の身柄についてです」


 ハーグリーヴは言った。伯爵はうなずく。


「現在、別室に置いております。互いに会わせていません。ウィリアムとも」

「そのまま続けてください。本日、改めてこちらで聞き取りを行います。ただし、全員同席はさせません」

「承知しています」

「ミルナーの捜索については、王家側で人を出します。伯爵家の私兵や使用人が先に見つけた場合は、拘束せず、所在だけを知らせてください」

「はい」

「感情的に動く者がいると、証言も証拠も壊れます」


 その言葉で、伯爵はウィリアムの顔を思い浮かべた。


「息子には近づけさせません」

「その方がよいでしょう」


 短い返事だった。

 責められてはいない。だが、見られている。

 伯爵はそれを受け入れた。


 *


 最初に呼ばれたのは、オードリーだった。

 彼女はモリスに伴われて書斎へ入った。身なりは昨日と変わらず整っている。髪も乱れていない。座るように言われるまで立ち、座る時にも椅子を鳴らさなかった。

 ハーグリーヴは、彼女の前に発言記録の写しを置いた。


「こちらは、バーレイ伯爵のもとで記録されたあなたの発言です。内容に間違いがないか、改めて確認します」

「はい」


 オードリーは記録を読む。

 伯爵は横の席にいた。口は挟まない。挟んではならないと言われている。

 モリスも壁際に立っている。

 ウィリアムはいない。ロズリーもいない。


「馬車を止めるよう、ミルナーに頼んだ」


 ハーグリーヴが読み上げる。


「間違いありませんか」

「はい」

「殺すつもりはなかった」

「はい」

「ロズリー嬢を外出させないよう、ミルナーを通じて伝えた」

「はい」

「事故の前日に喪服を用意させた」


 オードリーの指が、膝の上で少しだけ重なった。


「はい」

「理由は、万が一のため」

「はい」

「その万が一について、昨日は明確な回答がありませんでした。改めて伺います。何の万が一ですか」


 書斎が静かになる。窓の外で、馬が鼻を鳴らす音がした。


「馬車が止まった後、子爵家で騒ぎになると思いました」


 オードリーは言った。


「ロズリーが責められる可能性もありました。その時に、喪服が必要になるとは限りません。ただ、急な移動や、葬儀への参列が必要になるかもしれないと」

「事故の前日に、葬儀を想定したのですか」

「想定したのではありません。備えただけです」

「備えた」

「はい」


 ハーグリーヴは書記官へ目を向けた。ペンが動く。

 伯爵は、机の端を見ていた。


 ――備えた。


 ……何と控えめで、便利な言い方をするものだ。


「ミルナーは、あなたの命に反して事故を大きくしたという理解ですか」

「私は、坂の前で止めるようにと言いました」

「それを証明する者は」

「ミルナーです」

「ではミルナーの確保が必要になります」

「はい」


 オードリーはそう答える。その声も乱れない。

 ハーグリーヴは、次の紙へ移った。


「ロズリー嬢があなたの娘であることを、バーレイ伯爵に隠していました」

「はい」

「ロズリー嬢本人には、この家へ来てから伝えた」

「はい」

「なぜ、それ以前に伝えなかったのですか」

「子爵家で生きるしかなかったからです」

「母親が生きていると知れば、ロズリー嬢に不利益があると?」

「はい」

「この家へ来てから伝えたのは」

「隠しきれないと思ったからです」

「何を」

「私が、あの子を見てしまい、気に掛けてしまうことを」


 ハーグリーヴは少しだけ目を伏せた。書記官のペンは止まりかけるがすぐにまた動いた。

 伯爵は、自分の手を見た。


 ――見てしまう。


 それは、マギーも言っていたことだった。


 ――ロズリーを見る時だけ、お義母様の目元がやわらぐ。


 皆が見ていた。ただ、意味を間違えた。


「最後に、マギー嬢の所有物について」


 ハーグリーヴは箱を示した。


「真珠のブローチを、ロズリー嬢へ使わせました。マギー嬢から返してほしいと言われた後も、その場では返さなかった」

「はい」

「理由は」

「茶会に出るロズリーを落ち着かせたかったからです」

「その時、ブローチがマギー嬢の母の形見であることは知っていましたか」

「知っていました」

「マギー嬢がそれを大切にしていることも」

「はい」

「それでも使わせた」

「はい」

「そのブローチは、どこにありましたか」

「……マギーの小箱に」

「小箱には鍵が掛かっていましたか」

「はい」

「鍵は、マギー嬢が持っていましたね」

「はい」

「では、誰が開けましたか」


 オードリーは箱の金具にちら、と目をやる。


「私です」

「どの鍵で」

「家政用の鍵束に、予備がありました」

「マギー嬢の許可は」

「取っていません」


 伯爵はオードリーから視線を外さない。ハーグリーヴは、少し間を置いた。


「わかりました。本日の確認はここまでです」


 オードリーは礼をする。


「私は、どうなりますか」

「正式な判断はこれからです。ですが、当面はこの屋敷内で監督下に置かれます。外部への手紙、使者、私物の移動は認めません」

「ロズリーとは」

「会わせません」

「母としても?」

「調査対象としてです」


 オードリーは、そこで初めてほんの少しだけ唇を閉じる。けれど何も言わなかった。

 モリスが彼女を連れていく。

 扉が閉まる直前、オードリーは伯爵を見ようとはしなかった。


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