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母の形見を奪われたので、家を出ます~奪った庶子は、義母の娘でした  作者: さんけい


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27/58

27 分け合えばいいと思っていた

 伯爵は妻の答えを待った。


「ウィリアムが望むなら」

「君が望んだのではないか」

「私は、ロズリーに安定した場所を与えたかっただけです」

「それは、この伯爵家でなければならなかったのか」

「はい」

「なぜ」

「ここなら、私がそばにいられます」


 はっきりした答えだった。

 伯爵は、ほんの少しだけ目を伏せた。そこに母親の情があるのは、わかる。

 わかるからこそ、たちが悪い。


「そのために、マギーの居場所を削ったのか」

「削ったつもりはありません」

「では、どういうつもりだった」

()()()()()()()と」

「マギーが嫌がっても」

()()()()()()と思っていました」


 伯爵は椅子の肘を握った。同じだ。自分も、そう思っていた。


 ――いずれ慣れる。少し譲れば済む。

 ――マギーは伯爵家の娘だから、大丈夫。


「私は――」


 伯爵は言いかけて、止まった。自分の罪をここで語っても、今は意味がない。

 いや、意味がないわけではない。だが先に聞くことがある。


「……子爵家の事故について訊きたい」


 オードリーの手が止まる。モリスは扉の前で動かない。


「事故の前日に、ロズリーの喪服が用意されていた」


 オードリーは黙っていた。


「注文したのは、ミルナーだ。君の実家に出入りしていた男だな」

「昔の使用人です」

「今も連絡を取っているのか」

「たまに」

「事故の前日に、ミルナーは子爵家の馬車小屋へ行っている」


 オードリーは伯爵を見た。声は出さない。


「右頬に傷のある男。痩せ型。茶色の外套。喪服を注文した男と、特徴が一致している」

「人違いでは」

「その可能性はある」


 伯爵は言った。


「だから確認するんだ」


 オードリーは何も言わなかった。


「事故の三日前、馬車は点検を受けている。問題はなかった。だが事故後に拾われた部品の中に、新しい割りピンがあった。誰かが事故直前に替えたかもしれない」


 オードリーの指が、膝の上で重なった。


「あなたは、私が子爵家の馬車に細工をしたとお考えなのですか」

「まだ、考えたくない」

「では」

「だが、考えなければならないところまで来ている」


 部屋の外で、かすかな音がする。伯爵はそちらを見た。

 扉の向こうに、誰かがいる。モリスも気づいたらしく、すぐに扉を開けた。

 廊下にいたのは、ウィリアムだった。

 顔色が悪い。扉の前で足を止めていたらしい。どこから聞いていたのかはわからない。


「ウィリアム」


 伯爵の声が低くなる。

 ウィリアムは父を見た。それから、オードリーを見る。


「ロズリーが、オードリー様の娘……?」


 そこは聞いていたのだ。伯爵は立ち上がった。


「部屋にいろと言った」

「本当なのですか」


 ウィリアムは父ではなく、オードリーを見ていた。オードリーはゆっくり立ち上がった。


「本当です」


 ウィリアムの口が少し開いた。


「……なぜ」


 ようやく出たのは、それだけだった。オードリーは答えなかった。

 伯爵が言う。


「ウィリアム。今は下がりなさい」

「下がれません」

「下がりなさい」

「ロズリーは知っていたのですか!?」


 伯爵はオードリーを見た。オードリーが答える。


「知っています」


 ウィリアムの手が、廊下側の壁に触れた。支えを探すような動きだった。


「いつから」

「この家に来て、しばらくしてから」


 ウィリアムは笑うかのように口元を動かした。

 ……だが笑えなかった。


「私には」


 声がかすれた。


「私には、何も――」


 オードリーは何も言わない。

 ウィリアムは一歩下がった。その顔を見て、伯爵は少しだけ胸が痛んだ。

 だが、今ここで憐れむ相手を間違えてはならない。


「ウィリアム。部屋へ戻れ」

「父上は」

「戻れ」

「父上は、ロズリーまで疑うのですか」


 ――まだそこへ戻るのか。


 伯爵は、思わず息を吐きそうになる。

 だが、ウィリアムの顔は本気だった。怒りではなく、混乱だった。

 守るつもりでいた娘が、そもそも守られる理由を隠していた。自分だけ知らなかった。いや、父も知らなかった。

 だがウィリアムの中では、それでもロズリーは()()()()()のままなのだろう。


「疑うべきところは疑う」


 伯爵は言った。


「ロズリーがいつ何を知ったのかも、確認する」

「確認、確認と……!」

「今は、それしかない」


 ウィリアムは唇を噛んだ。そして、何も言わずに踵を返した。

 足音が遠ざかる。伯爵はすぐにモリスへ言った。


「ついていけ。ロズリーの部屋へ行かせるな」

「かしこまりました」


 モリスが出る。書斎には、伯爵とオードリーだけが残った。

 いや、扉の外には従僕がいる。屋敷の中には、まだロズリーもいる。

 伯爵は椅子に戻らなかった。


「話はまだ終わっていない」

「はい」


 オードリーは静かに答えた。その声は、最初とほとんど変わらない。伯爵は、そのことが今は少し恐ろしかった。

 扉を閉めさせ、廊下に従僕を一人残す。

 モリスはウィリアムを追った。書斎には、伯爵とオードリーだけがいる。

 机の上には、鍵台帳。亡き妻の部屋を整理した帳面。ロズリーの箱から出した真珠のブローチ。

 それから、サミュエルから届いた洗礼記録の写しは、引き出しの中にある。

 鍵は伯爵の手元だ。


「ロズリーは、君の娘」

「はい」

「子爵家の事故の前日に、君の実家の元使用人が、ロズリーの喪服を用意した」

「ミルナーが勝手にしたことかもしれません」

「なぜミルナーが、ロズリーの喪服を用意するんだ」


 オードリーは答えない。伯爵は続けた。


「同じ男と思われる人物が、事故の前日に子爵家の馬車小屋へ行っている」

「思われる、でしょう」

「ああ。まだ確定ではない」

「では、私に答えようがありません」


 声は変わらない。

 伯爵は、自分の手が机の端に伸びかけたのを止めた。怒鳴ってはいけない。問いを乱せば、答えも乱される。


「ミルナーとは今も連絡を取っているのか」

「時々です」

「何のために」

「実家のことで、知らせが来ることがあります」

「今回もか」

「……はい」

「子爵家の事故の前にも?」


 オードリーは伯爵を見た。そこで初めて、ほんの少しだけ口を閉じる時間が長くなった。


「はい」

「何の知らせだ」

「ロズリーのことです」

「具体的に」

「子爵家で、あの子の扱いがよくないと」


 伯爵は黙って聞いた。


「ロズリーは庶子でした。子爵家に入れられても、家族として扱われたわけではありません。正妻の方からは疎まれ、嫡男からは軽んじられ、使用人からも下に見られていたと聞いています」

「それをミルナーが知らせた」

「はい」

「君は子爵家へ抗議したのか」

「できる立場ではありませんでした」

「母親なのにか」

「母親だと言えないからです」


 伯爵は返せなかった。そこだけは、たしかにそうだ。

 未婚の頃に産んだ子。しかも相手は子爵家の男。無理やりだったというなら、なおさら表へ出せない。

 男爵家の娘であるオードリーには、口を閉じる以外の道がほとんどなかったのかもしれない。

 だが、それはここまでのすべてを許す理由にはならない。


「だから、ロズリーをこの家へ入れた」

「はい」

「そのために、子爵家の者が死ぬ必要があったのか?」


 オードリーの手が止まる。

 伯爵は、その手を見た。膝の上で指が重なっている。白くなるほど握ってはいない。震えてもいない。


「私は、殺せとは命じていません」


 短い言葉だった。伯爵は、息を吸うのを忘れかけた。


「では、何を命じた」

「馬車を、止めるようにと」


 部屋の外で、床板がわずかに鳴った。従僕が動いたのだろう。

 伯爵は扉を見ずに言った。


「誰にも入るなと言え」


 外から、はい、という声がした。伯爵はオードリーへ向き直る。


「馬車を止める?」

「ロズリーを連れていかせたくありませんでした」

「どこへ」

「子爵家の親族の屋敷へです。事故の日、子爵夫妻はロズリーも連れて行く予定でした。そこで、あの子の処遇を決めると」

「処遇」

「遠縁の家へやる話が出ていました。子爵家に置いておきたくないからです」

「それで?」

「ミルナーに頼みました。馬車を途中で止めて、ロズリーが行かずに済むように」

「ロズリーは具合が悪いと言って外出しなかった」

「はい」

「それも君の指示か」


 オードリーは少し黙った。


「私から、外出しないよう伝えました」

「どうやって」

「ミルナーを通じて」

「ロズリーは、なぜ外出してはいけないのか知っていたのか」

「知りません」


 すぐだった。伯爵はその早さを覚えておく。


「本当に?」

「ロズリーには、無理をして出かけなくていい、とだけ伝えました」

「馬車を止める話は」

「知りません」

「喪服は」

「知りません」

「ミルナーは?」

「名前は知っていたかもしれません。けれど、何をするかは知りません」


 伯爵は引き出しの鍵へ指を置いた。洗礼記録の写しが、そこにある。

 今、オードリーは娘を庇っている。そう見える。

 だが、その言葉のどこまでが真実か、伯爵にはまだわからない。


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