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5.ガーネットの杖作り

「とはいえなんだよなぁ……」


 一階の作業場で鞄の中身を探るガーネットは、どうしたものかと頭を悩ませていた。

 

 ガニメデスの頼みは、とにかく杖の見た目だけでも元通りにさせる事。

 通常、魔術士が持つ杖は一度折れたらそれまでだ。

 杖の材質には木が使われる事がほとんどなのだが、近年では咄嗟の防御策としても役立つ金属製の杖も増えてきている。

 防御魔法を発動する暇も無く攻撃された時には、騎士が剣で攻撃を弾くように、杖で攻撃から身を守る事が出来るからだ。

 それに、金属製なら木の杖よりも折れる心配が少ない。そういった観点から金属製の杖を選ぶ者も増えているそうなのだが……。


「……見たところ、この杖に使われているのはクヌギの木ね。折れた部分から飛び出しているこれは……キラキラした粉末? この反射光、どこかで見覚えが……」


 ガニメデス少年から預かった折れた杖を手に取り、隅々まで観察していくガーネット。

 無惨にポッキリと折れた杖の断面からは、窓から入る陽の光を反射して輝く粉がこぼれ落ちてくる。

 角度によってピンクや黄色に変化していくその特徴に、彼女は既視感を覚えていた。


「確か、先月作った魔法薬の素材に……」


 一旦杖を作業台の上に置いて、鞄の中に仕舞ってある研究ノートをパラパラと高速でめくっていく。

 それにはこれまでガーネットが実際に使用してきた魔法薬の素材や、休暇を利用したフィールドワークで見付けた薬草などのスケッチが記録してあった。

 修理を待っているガニメデスも、ガーネットの背後からノートを覗き込んでいる。


「あった! これね……妖精の鱗粉(りんぷん)!」

「これが杖の中に入ってたんですか?」

「ええ。この妖精の鱗粉は、昔からよく初心者用の安価な杖の魔力補助剤として使われていて、扱いやすい素材なんですよね」

「へぇー、昔から。凄いですね、お姉さん! そんな知識もお持ちだったんですね! 人は見かけによらないですね!」


 ──それじゃあ、あなたの目にわたしはどんな風に映ってたのよ? やっぱり藁ですか?


 と尋ねたくなる気持ちをグッと堪えて、ガーネットはまた奇妙な感覚に襲われていた。


「わたし、どうして……」


 ──妖精の鱗粉が安価な杖の素材として有名だなんて、わたしは聞いたこともないはずなのに……。


 だというのに、今自分の口から自然と飛び出してきたこの知識は、一体どこから得たものだったのか。

 それによくよく考えてみれば、自分は実際に生えている木を見て判断するならまだしも、杖として加工された状態で木材を判定するなんて芸当は出来ないはずだ。

 目で見て、折れた杖にそっと手を滑らせただけで、この杖がクヌギの木で作られたものだとすぐに見抜いてしまった。しかも、その判断には妙に確信があるのだから、訳が分からなかった。


 まるで、久々に仕事に復帰した職人が、長年の知識と経験に従って判断したかのような──


「どこかでそういった知識を学ばれたんですか?」

「……本で読んだり、実際にこの目で見てきた素材なんかはある程度分かる自信はありますけど」

「ガーネットお姉さん、勉強家なんですね! 僕も見習っていかないとですっ!」

「あはは……ありがとうございます」


 無理やり笑って誤魔化したものの、この記憶に無いはずの知識が湧き上がってくるこの現象に、ガーネットは何の心当たりも無かった。

 ……だからこそ、不気味で怖い。

 しかし、今まさに困っているガニメデスに手を貸すには、この知識に頼るしかなさそうな事に変わりはない。


「……とりあえず、手持ちの道具と外の森に出てれば、見た目もほとんど同じ杖が作れると思いますよ」

「これを修理するんじゃなくて、同じような杖を一から作れちゃうって事ですか⁉︎」

「ええ。鱗粉ならこの杖からかき集めれば再利用出来るし、そもそもこの杖って作りが甘いから、元の杖より良い性能の物が出来上がるはずですよ」

「ほ、本当ですかぁ⁉︎」

「木を調達するところから杖を作るとなると、ちょっと時間はかかりますけど……やれるはずです」


 少し手入れをする必要はあるけれど、木を切り出す為の斧も、木を磨き上げる研磨剤も棚にストックされていた。

 しかもその棚は保存魔術が半永久的に発動されるよう、周囲の魔力(マナ)を集めて常時効果を発揮させる魔法陣が描いてあったのだ。

 そのお陰で、長年放置されていたはずの研磨剤も無事なのである。




 *




 それから約二時間後。

 一度もやった事が無いはずの杖作りを、ガーネットは見事に完遂させていた。


「すっごいです〜! どこからどう見ても、折れる前の杖と瓜二つ! おまけに魔力の通りが格段に良くなったお陰で、魔術の発動も以前よりスムーズになってる感覚があります!」

「ガニメデスくんは魔術士団員見習いだって言ってたから、これなら正団員への昇格試験も安心出来ますね」

「本当にありがとうございます、ガーネットお姉さん! ボク、お姉さんと出会えて本当に命拾いしました!」

「そんなに喜んでもらえたなら良かったです」


 新しい杖を受け取ったガニメデスは、大興奮した様子で家の外で簡単な魔術を試していた。

 魔術を行使するだけなら杖無しでも可能ではあるものの、妖精の鱗粉のような補助剤や、魔石をあしらった杖を通す事で、魔術の安定性や魔力効率は変化していく。

 

 とはいえ、人それぞれ個性があるように、杖の材料や作り方一つでそれはプラスにもマイナスにも作用する。

 本来ならば、こんな杖作りのド素人が短時間で作り上げた杖で、ここまで効果のあるものが出来るはずがないのだが……。


「本当に、本当にありがとうございます! 今は持ち合わせが無いのですが、後日改めてお礼をさせて下さい! お姉さんはこの空き家に引っ越して来られたんですか? それならまた明日にでもお邪魔させていただきたいのですが、いかがでしょうか!」

「ああ、いや……。別に引っ越してきた訳じゃなくて、森に入ったら港に戻れなくなってしまって、仕方なく一晩ここで寝泊まりしただけなんです」

「それは大変お困りですね……。わっかりました! それならボクがお姉さんを港までご案内致します! 本来は港に宿を取られてたって事でしょうか?」

「そうなんです。気が付いたら陽が暮れ始めていて、そのまま森の中で迷ってしまって……」


 道案内を名乗り出たガニメデスの厚意に甘えて、ガーネットは無事にアイテールの港町まで戻る事が出来た。

 宿の前まで送ってくれたガニメデスとは「また明日、お礼に伺いますね!」と満面の笑みで別れ。

 ガーネットは宿の主人に「また迷子になったら困るでしょうし、次からは誰か一緒について行ってくれる者を探しておきましょうか?」と提案されてしまった。


「そ、その時はお願いするかもしれません……」


 ガーネットは気まずさと恥ずかしさを感じつつも、あれだけ見慣れない植物に溢れたこの島の探索は止められないな、と苦笑しながら宿で昼食を済ませる事にするのだった。




 *




「あー、本当にボクは運が良いなぁ! まさか折れた杖とそっくりそのままなのに、もっと性能が良い杖を作れるお姉さんに助けてもらえるだなんて!」


 盛大な独り言を披露しながら転移魔法陣で魔術士団本部に戻ってきたガニメデスは、ウキウキとしたご機嫌な足取りで廊下を歩いていた。

 しかし、そんな彼の迂闊な発言を聞き逃さなかった人物が居た。


「ほう……? 団の備品の杖を折ったばかりか、それを隠す為に贋作を作らせた見習いが、こんなところをほっつき歩いているとはなぁ?」

「えっ……?」


 背後から掛けられた冷たい声色に、ガニメデスは顔の筋肉を強張らせながら、ぎこちない動きで振り向く。

 するとそこには、輝かんばかりの銀髪に紫の瞳が美しい美丈夫が、すっかり怯えているガニメデスを見下ろしていた。

 その美丈夫の纏う衣は、ふんだんに細かな刺繍があしらわれた質の良い布地で、身に付けた腕輪や耳飾りも色の濃い魔石が使われている。

 彼の銀髪からはガニメデスと同じく二本の角が主張しており、ただでさえ威圧感のある整った顔立ちに、更に威厳を与える風格を醸し出させていた。


「え、え、エレボス様……⁉︎ ど、どうして聖竜王様がこんな時間にこんな所に⁉︎」

「カロンから報告があったもんでな。『魔術士団の見習いが一人、朝の自主練習の終了時間を過ぎても戻らない』……とな」

「ギクぅ……!」

「口でギクッとかリアクションする奴があるか! いや、あったなここに。とにかく、見回りついでに様子を見に来たら、偶然にもこんなところで備品損壊の隠蔽を暴露するお前に遭遇した訳なんだが……」


 聖竜王と呼ばれた竜人の若者──エレボスは、ガタガタと震えるガニメデスの小さな角を片手で鷲掴みにしながら、恐ろしいまでに綺麗な笑みを浮かべて言う。


「詳しく話を聞かせてくれるよな、ガニメデス……?」

「ひゃ、ひゃいぃぃ……」


 そのままガニメデスはエレボスに角を掴まれたまま、別室へと連行されていくのであった。

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