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6.忘れてはならない痛みと色

「ほう……。この杖を一から作り直した人間の女が居るとはな」


 あの後、エレボスはガニメデスとしっかりと()()をした。

 魔術士団の備品の杖に見劣りしない完成度で、かつ性能としては遥かに上回る品を作り上げた人間──ガーネットという女。


 ──ほんの二時間程度で、ここまで丁寧な作りの杖を作り上げるか。人間の中にも、腕利きの職人が居るものなんだな。


 感心しながら、エレボスはガーネットが作ったという杖をじっくりと観察する。

 

 剣や鎧を作る鍛治職人であればドワーフ族に多いが、人間の国にもそれなりの数が居るという。

 世界はどこもかしこも魔物による危険が付き纏ううえに、それらの武器・防具は杖と違って魔術の才能は必要無い。

 つまり、鍛治職人より杖職人の方が需要が低いのだ。

 だからこそ、ドラコニス諸島国の魔術士団が使う杖を作る職人も数が少なく、ここまで高品質な杖を作れる腕を持つ一流の職人ともなると……残念ながら、今のエレボスには心当たりが無い。


 ──なら、この技術を持った人間の杖職人が我が国に居るというのも何かの縁だ。


 エレボスは長くしなやかな指先で杖を一撫でしてから、視線だけガニメデスへと向ける。


「……なあ、ガニメデス」

「ひゃ、ひゃいっ⁉︎」


 杖を折ったうえにそれを隠蔽しようとした事をとうとう叱られると察し、声を裏返させながら返事をするガニメデス。

 人払いを済ませた魔術士団の会議室内で、エレボスはすっかり怯えきった少年に、こんな事を言い出した。


「その人間の女とやらは、今どこに居る?」

「へっ⁉︎ え、ええと……港の方の宿までお送りしてきましたが……」


 どうしてそんな質問をされているのか戸惑う彼。

 けれども聖竜王はそんな事はお構いなしとでも言うように、平然とした態度でこんな事を言い出した。


「俺をその宿まで案内するか、杖を折った事を団長に俺に報告されるか……どちらか選んでもらえるか?」

「……ど、どういう二択なんです⁉︎ というか、とうして聖竜王様がガーネットお姉さんに会いに行きたいんですか?」

「……腕の良い杖職人を探していてな。実力さえ確かであれば、それが竜人だろうと人間だろうと……仮にエルフであったとしても構わない」


 そう言われて、ガニメデスは少し考えた後、ハッと顔を上げた。


「で、でも確か、あのお姉さんは杖を作ったのは今回が初めてだって言ってました! 本業は魔導具の修理や魔法薬作りで、上手く出来る保証は無いって……」

「それでこの出来栄えなのか……?」

「ボクもそう言ったんですけど、そしたらお姉さんが『やったら出来ちゃいました』って、お姉さん自身もビックリしてましたよ!」


 ──その話が事実なら、ますます興味深い女だな。


「ふむ……。それで結局のところ、俺をその女の元まで案内してくれるのかどうか、答えを聞かせてもらおうか?」

「わ、分かりましたよぉ……。宿の場所ならボクがしっかり覚えてますから、早速向かわれますか?」

「ああ、善は急げだ」




 *




「お待たせ致しましたー! 本日の日替わりランチ、白身魚と季節の野菜の蒸し焼きでございます」


 ガニメデスに宿まで案内してもらった後、仮眠をしていた。

 その後、すっかりお腹がぺこぺこになってしまったガーネットは、ろくに見て回れていなかった港町を歩くついでに、美味しそうな匂いに誘われてダイナーを訪れていた。


「いただきまーす……!」

 

 今朝獲れたばかりだという魚は、身はふっくらとしていて旨味がじゅわりと口の中に広がり、バターの豊かな風味ととてもよく合う。

 一緒に蒸された野菜の水分のお陰か白身魚がパサついておらず、たまたま立ち寄ったにしては運良く当たりのダイナーを引き当ててしまったな、とガーネットは思った。

 店内は混み過ぎない程度に賑わっており、手頃な値段で美味しい料理を楽しめる。

 宿でも食事は頼めるものの、理由はどうあれせっかく異国に来たのだから、その土地の美味しいものを食べておくのは欠かせない要素だろう。

 一人客用のカウンターテーブルには、ガーネット以外にも魔導船で見かけた人物の顔もあった。そちらはまた別の料理を注文していたようだが、美味しそうに食べ進める顔を見るに、やはりこのダイナーは当たりだったなとガーネットは確信した。


 


 *

 


 

 ガーネットはお腹を満たした後は、散歩がてらもう一度昨日の二階建ての家に行くことにした。

 その理由とは、昨日感じた違和感の正体を探りに行くこと。

 

 今朝はガニメデス少年の勢いに乗せられて引き受けてしまったものの、ガーネットは本来杖を作るのではなく、それに使用されている魔石の耐久度や魔力量の判定、取り替えなどが本業だ。

 それなのに杖の修理ではなく、一から新しい杖を作るという人生初の試みを成功させてしまっている。

 知らないはずの手順で、自分や周りの人々をも驚かせてしまうような現象が、あの空間では起きていた。

 とはいえ、またあの家に行くとなると道がわからなくなるかもしれないと宿の主人に相談したところ、「そこなら近道がありますよ」と、あの家までの最短ルートを教えてもらう事が出来た。


「うわ、本当についた!」


 家までの目印になる朽ち果てた木の看板を見付けてからは、昨日あれだけ迷っていたのが嘘のようにあっさりと到着してしまった。

 ガニメデスと通ってきた道とはまた別だった事もあり、地元の人だからこそ知る近道だったのだろう。

 どうやらここは、港町からはそんなに離れていない場所にあったらしい。


 ガーネットはもう一度、家の中に入ってみる。

 簡単に魔術で掃除しただけの空間ではあるが、やはり改めて見直していくと、一階の作業場とカウンターのような台が気になった。


「木の加工道具も揃っていたし、どう見てもお店っぽいレイアウトだし……。ここに住んでいた人は、一人暮らしをしながら働いていたんでしょうね」

 

 何十年も使われていなさそうなキッチンの、食器棚の中には、来客用も含めての食器類が収納されている。

 きっと昔、この店はある程度繁盛していたのだろう。


 ──森の中で一人暮らしをしていた、杖職人の女性……ね。


 胸に妙な引っ掛かりを感じつつ、ガーネットが一旦カウンターの方まで戻って来た、その時──


「結界が解除されているというのは、本当だったのか……!」

「だから言ったじゃないですか!」


 玄関の扉の向こうから若い男性の驚く声と、聞き覚えのある少年の高めの声。

 ガーネットがハッとしてそちらに顔を向けたタイミングで、扉を潜ってやって来たのは……。


「あっ、お姉さんやっぱりここにいらしてたんですね! ほらエレボス様、ボクの勘間違ってませんでしたよ!」

「……その、赤い髪……お前は……!」


 銀髪の髪に、切れ長の紫色の眼。

 その瞳孔は竜人族特有の縦長で、両耳が少し尖っている。頭の二本の角とあわせて、彼がどこからどう見ても自分と同じ人間ではないと一目で理解すると同時に、ガーネットは彼が自分の姿にひどく動揺しているような印象を受けていた。

 しかし、それと同時に……何故だか彼女の中で、昨日よりも一段と胸が締め付けられるような罪悪感が湧き上がってきているのだった。




 *




 今でも忘れられない。忘れたくなどない、鮮やかな赤。


 エレボスが彼女と出会ったのは、早いものでもう二百年は経つだろうか。

 あの頃はまだ、エレボスも子供だった。

 そんな子供時代のエレボスは、よく城を抜け出して森に遊びに行っていたものだった。


 ──そして俺は、この森の中の素朴な店を営む彼女に出会った。


 彼女の名前は、ザクロ。赤い髪が特徴的なエルフの女性だ。

 エルフ族の女性がドラコニス諸島国で暮らしているというのは、当時でも今でも珍しい。

 竜人のように耳が尖っているが、頭には角が無いザクロの事を、子供だったエレボスはそういう竜人なのだろうと勘違いしていたものだった。

 

 ザクロはどこからかやって来る竜人の子供を迷惑がらず、相手をしてくれた。

 後から知った事だったが、彼女はエルフの国でも随一の腕を誇る杖職人と言われていたという。

 

 エレボスは、いつも優しく自分の相手をしてくれるザクロが好きだった。

 無断で城を抜け出している事もあり、自分が本当は聖竜王の息子であると打ち明けた事は一度も無かったけれど。

 それでもザクロは、頻繁に店を訪ねてくる少年の事を拒まず、そんな風にいつでも自分を受け入れてくれる優しいお姉さんが大好きになっていくのは、自然な事だった。


 ……しかし、そんな穏やかな日々は突如終わりを告げる。


 いつものようにエレボスが城を抜け出した、ある日のこと。

 ザクロと共に店の近くを散歩していると、二人は何者かに襲撃されたのだ。

 

 犯人は結局のところ、王子であるエレボスの命を狙っていたようだった。

 それでもザクロは、エレボスの身分を知らなかったというのに、身を(てい)してエレボスを庇った。

 ……そして、彼の目の前で命を落としたのだ。


 彼女の髪と同じ赤に染まっていく地面と、温度を失っていく身体。

 エレボスは、どうやって刺客を撃退したのか覚えていない。

 それでもその場に残った激しい魔術の痕跡からして、ザクロを殺された怒りで我を失いながら暴れた事だけは確かだった。


 けれど、無意識にザクロには攻撃が当たらないようにはしていたらしい。

 全てが終わった後、エレボスはザクロを喪った悲しみと、護衛も付けずに身勝手な行動をして危険に巻き込んでしまった後悔と、自身の命を狙った相手への怒りとで心がぐちゃぐちゃだった。

 赤に染まった彼女の亡骸にしがみ付きながら、エレボスは大泣きして強く願った。



『お願いだからどうかもう一度、ザクロと一緒にいられたら……!』



 そんな少年の願いは──未熟な聖竜王の卵の願いは、少し歪んだ形で叶えられる事となる。




「……あの、ガニメデスくん。そちらの方は、あなたのお知り合い?」

「あっ、ええと……。な、何て言えば良いんでしょう……⁉︎」


 ──鮮やかな赤い髪。優しい蜂蜜のような色の眼。そして、初めてだというのにあれだけの杖を作り上げた腕の持ち主……。


 竜人達の国、ドラコニス諸島国を治める聖竜王の一族に生まれた者には、()()()()()()()叶えられる【奇跡】の力がある。

 その【奇跡】を、エレボスは少年時代に使っていたのだ。


 

『お願いだからどうかもう一度、ザクロと一緒にいられたら……!』



 ──その願いが、まさかこんな形で叶う日が来ようとは……!


 耳は丸いが、それ以外はザクロと瓜二つのガーネット。

 彼女を視界に入れた瞬間、灰色だったエレボスの世界は鮮やかに色付いた。


「……俺はこいつの上司みたいなものでな。ガーネット、お前の腕を見込んで頼みがある。俺はここの所有者なんだが、この場所を無償で提供する代わりに、ある杖を作ってもらえないだろうか?」

「ガニメデスくんにも説明しましたけど、わたしは別に杖職人という訳ではないんですが……!」


 断ろうとするガーネットに、エレボスはガニメデスに視線で促し、例の杖を出させる。


「この杖の完成度は、とても素人レベルとは思えない。それにお前は、港の宿を取っているんだろう? ここで寝泊まり出来れば宿代も浮くし、長期滞在ふるのなら、ここで好きな物を売る店を構えたって良い! 悪くない提案だと思うが……どうだろうか?」

「ま、まあ……住む場所と仕事を探していたのは間違い無いんですが……。どうしましょう……」


 ──これは、押せばいけるか……?


「もしこの依頼を引き受けてくれるのなら、俺がガーネットの店を手伝おう。何かと知り合いも多いし、業者との繋がりが必要なら紹介出来る。……まあ、今すぐ返事をくれとは言わないさ」

「……はい。ええと、すみません。あなたは……」

「……俺はシルバー。あだ名みたいなものだが、そう呼んでくれると助かるな」


 ──本名を教えたら、俺が聖竜王だと気付いて怖がられてしまうかもしれないしな。


 角を出せるお忍び用のフード付きの上着で変装しているものの、町中で本名を呼ばれたら騒ぎになるかもしれないからと、エレボスはガーネットに正体を隠す事にした。

 それはまるでザクロと過ごした幼少期にも重なるが、今のエレボスはあの頃とは違う。

 自分の身は勿論、万が一あの時のような刺客がやって来たとしても、ガーネットに指一本触れさせない実力を持っているのだから。


「……ええと、シルバーさん。ガニメデスくんからお聞きしているようですが、改めましてわたしはガーネットと申します。ご依頼については前向きに検討したいので、また明日お会いしてお返事させていただいても宜しいですか?」

「ああ、また同じ時間にここへ来させてもらおう。依頼を受けるにしろ断るにしろ、今日のところはここを好きに使ってもらって構わない。むしろ、手付かずだったこの場所を掃除してもらってすまないな」

「いえいえ! わたしの方こそ、森の中で遭難しかけていたとはいえ、勝手に人様のお宅に上がり込んで寝泊まりしてしまって……!」


 ──謙虚で真っ直ぐなところも、ザクロとそっくりだな……。


 エレボスは鼻の奥がツンとするのを堪えながら、ガーネットに微笑みかける。


「構わないさ。突然こんな話を持ちかけてしまってすまなかったな。今日のところは俺達も引き上げさせてもらうよ。……さあ、戻るぞガニメデス」

「は、はい! それではガーネットお姉さん、ボクも失礼させていただきますね!」

「ええ、さようなら」


 そうしてエレボスは、魔術士団関係者のシルバーとしてガーネットと知り合う事となるのだった。

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