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4.小さな竜との出会い

 魔導船はアイテールの港に到着し、ガーネットも他の乗船客達と共に船を降りていく。

 ドラコニス諸島国の中心地であるこのアイテール島は、ロームナイ王国ほどは栄えてはいないものの、島の自然と港町とが共存する風景が広がっていた。

 海沿いで生活する竜人達が、やって来た観光客達ににこやかに声を掛けている。中には自分の店や宿の紹介をする、商魂逞しい竜人も混ざっているが……。


 ──どうしてだろう。わたし、何だかここには初めて来た気がしない……かも……?


 アイテール島に吹く海風が、ガーネットの長い赤髪を弄ぶ。

 その風が木々を揺らし、風に乗って高く舞う海鳥。

 賑やかな港の人々の姿と、真っ白な石造りの家々。

 何故かガーネットは、生まれて初めて見るはずのアイテールの港町に、不思議な既視感をおぼえていた。


「……考えすぎかしら。もしくは、長い船旅で疲れてるだけかもだけど」


 ふと顔を上げた先──港町を越えて、更にその先の森を越えていったそのまた向こうに見える、一際巨大で神々しさを放つ樹木が見える。

 あの樹が……世界樹が間近に見える土地に来たからなのだろうか。永遠に巡る魂の流れにあてられたのか、知らないはずの事を知っているかのように錯覚してしまっているだけなのか。

 妙な胸騒ぎのようなものを感じながらも、ガーネットは気持ちを切り替えて歩き出していく。


 まずは今日の宿を見付けて、これからどうやって生活していくかを考えていかねばならない。

 このままアイテール島で仕事を見付けるのか、それとも他の島に移ってやりたい事を探すのか、はたまた別の国行きの船に乗るのか……。

 少なくとも、ミアを暗殺しようとした真犯人が捕まらない限り、ガーネットはロームナイ王国には戻れないのだ。

 もう一度魔術士として働いていくには、別の国で魔術士免許を取り直すしかない。


 ──いっそのこと、自分でお店を構えるのも悪くないかもしれないけどね。


 竜人達が暮らすこの土地で上手くやっていける保証も無いけれど、少なくとも普通の船より速い魔導船で三日間もかかるこの島にまで、ガーネットの悪評が届いているとも思えなかった。

 ガーネットの事を誰もしらないこの土地で、一からやり直すのも良いかもしれない。

 

 ひとまず彼女は、まだ午前中のうちにそこそこ綺麗な宿を取り、近くの森へと探索に向かっていった。

 ロームナイ王国とは環境も異なるだろうから、珍しい植物が見付かるかもしれないと思ったからである。


 


 *




 同じ魔導船に乗って来た観光客達は、ガーネットのようにフラフラと森を歩き回るような事もない。

 彼女はまるで自分だけの秘密の植物園にでも来たかのような感覚で、森の中をどんどん突き進んでいく。


「あっ、これはまた見た事が無い植物が……! この図鑑の花とパッと見は似てるけど、こうして見比べてみると花びらの先が尖ってるのね……。サンプルを採っておかないと……!」


 ガーネットは蜂蜜色の眼をキラキラと輝かせながら、気になった植物を次から次へと小瓶に詰めていき、専用の薬草袋へと突っ込んでいた。

 その袋も彼女の鞄と同じく、見た目よりも多くの荷物が入る特別製である。

 図鑑を片手に草花と睨めっこしつつ、何時間もそんな作業を繰り返しているうちに、気付けば太陽はとっくに頂点を越えていた。


「ふっふっふ……! これだけ沢山のサンプルが採れるだなんて、この島は最高ね! だけどこれなら先に町で本屋さんを探して、ドラコニス諸島国の植物図鑑を確保してからフィールドワークに行けば良かったかしら……。そういう二度手間をしがちなのが悪い癖だって団長にもよく注意されてたのに、わたしったらまた──って、そっか……」


 ──わたし、もう魔術士団員じゃないんだった。


 もう団長に注意される事も。

 同僚達に『また怒られてるなぁガーネット』と遠くから苦笑される事も。

 フィールドワークに夢中で食事を抜いてミアに心配される事も……もう無いんだった。


 その事実に改めて気付いた途端、ガーネットはすっかり空が茜色に染まっている事を自覚する。


「えっ、もうこんな時間経ってた⁉︎ あれ……わたし、どっちから来たんだっけ……」


 慌てて立ち上がったガーネットは、自身が来た道を戻ろうと辺りを見回した。

 けれども森の中はどこを見ても似たような風景でしかなく、土地勘も無い彼女は静かに顔を青ざめさせていく。


「……これ、下手したら帰れないやつでは?」


 何か目印になるようなものを残してきた訳でもない為、彼女に出来るのはここまで辿ってきた植物達を順に巡り、宿を取った港町まで戻る事ぐらいだった。


「研究ノートに記録は付けてるから、記入したのと逆の順に植物を探していけば、きっと港に戻れるはず……!」


 戻れなければ、最悪今夜は森の中で野宿をするしかないだろう。

 宿の人にはあらかじめ森に行ってくるとは伝えておいた為、もしかしたら彼女の帰りが遅いからと探しに来てくれる可能性もあるだろうが……そこまで期待しすぎない方がいいかもしれない。




 *




「……迷いましたねぇ! 終わったかもしれないですわ‼︎」


 あれから必死にサンプルを採ってきた植物を目印にして森を彷徨っていたガーネットだったが、序盤で似たような場所を見付けて幸先が良いと突き進んでいったのが間違いだったらしい。

 間も無く完全に陽が落ちる頃、ガーネットの絶望の叫びが虚しく森に響いていた。

 少しずつ気温も下がり始めており、白いブラウスの上に薄手の上着を羽織っているとはいえ、少々肌寒くなってきている。

 せめてどこかに丁度良さそうな木の(うろ)でもあれば、そこに潜り込んで一晩明かすだとか、薪を集めて火を起こし、洞窟で風を避けて過ごす事も出来たかもしれないが……。

 残念ながら、これまで彼女が辿ってきた道の中では、そんな寝床に出来そうな場所は見付けられてはいなかった。


「……とはいえ、こんな森の真ん中に居ても何も解決しないからなぁ」


 これまで運良く魔物にも遭遇せずに済んでいるものの、夜になれば活発化するものも出て来るかもしれない。

 念の為に簡単な魔物避けの魔法薬を染み込ませたハンカチを携帯してはいる。だが、元々はこんな遅い時間に森の奥深くまで足を運ぶ予定ではなかった事もあり、不安はどうしても残ってしまう。

 

 しかし、ガーネットが仕方なく歩き続けていると、何だか見覚えのある景色が見えてきた。


 ──もしかして、偶然港の方まで戻って来られた⁉︎


 そんな期待を胸に、既に棒になりかけていた脚に鞭を打つガーネット。





 

「これって……小屋……っていうか、家……?」


 見えてきたのは港町ではなかったが、すっかり陽が暮れた森の中にぽつんと建つ木の家だった。

 しかし、次の瞬間。


「……っ、頭が……痛いっ……!」


 どこか温かみのあるその家を視界に捉えた途端、彼女を原因不明の頭痛が襲う。

 それと同時に、何故だか無性に胸が締め付けられるのだ。

 何か、大切な事を忘れているような……。


 ──これは……そう。まるで罪悪感のような……後味の悪い、胸の痛み……!


 それと同時に、頭の片隅でひどくモヤがかかったような、ぼんやりとした誰かの姿が過ぎるのだ。


「わたし……何を、忘れてるの……?」


 早く思い出さなければならないはずなのに、何一つとして手掛かりが見えてこない。

 そんな焦りだけが押し寄せて来るものの、しばらくすればそれも嘘のように消え去っていった。


 ──何だったんだろう、今の……。


「……それより、今はここで休めるかどうか確かめておかないと」


 ガーネットはふらつく頭を切り替えるように、首を左右に振って気持ちを切り替える。

 そうして目の前の木の家に灯りがついていないのを確かめると、そっと玄関の扉に手を掛けた。


「ただいまー……って、違う違う。ここは自分の家じゃないのに、何言ってるんだろう。わたしったら……」


 おかしな事を口走るぐらい疲れてるんだな、と溜息を吐きながら、ガーネットは家の中へ入っていく。

 ざっと見たところ、どうやらここは普通の家ではないらしい。

 

 一階が店舗兼作業場のようになっていて、生活スペースは階段を上がった二階にあるようだった。

 二階には寝室があったものの、もうこの家自体が随分と長く使われていなかったらしい。家具はどれも埃を被っていたり、部屋の隅に蜘蛛の巣が張っていたりと、どこからどう見ても放棄された空き家だったのだ。

 とはいえ、ガーネットでも使えるレベルの清掃魔法であっという間に家具の埃は綺麗に消え去り、ベッドも使える程度にはなっただろう。

 

 それにどうやら、この家の元の持ち主は女性であったらしい。

 家具の趣味はシンプルではあれど、クローゼットに花の木彫りが入っていたり、割れてはいるものの花を飾っていたであろう花瓶があったりと、どこかガーネットの趣味に近い内装になっていた。


「今夜はここで寝泊まりさせてもらおう……」


 半日近く歩き回ってヘトヘトになっていたガーネットは、そのままドサリとベッドに身体を預けて横になる。

 事件の前にミアにも言われていたものの、疲れ果てて食事を摂る気にもなれず、そのままガーネットは泥のように眠ってしまうのだった。




 *




 翌朝、ガーネットは家の側にあった林檎の木から赤く染まったそれを収穫し、ひとまず腹を満たした。


「さてと……。どうやらすっかり寝過ごしたせいで、真上の太陽を見る限り、とっくにお昼過ぎみたいだけど……。今日こそは港に戻らないとだよね」


 宿の人も心配してるだろうなぁ……と眉を下げながら、これからどうやって港を目指すべきかと彼女が頭を悩ませていると──


「あれ? この家、いつもはどんなに頑張っても扉がビクともしないはずなのに……って、アナタ誰ですか⁉︎」

「あ、あなたこそどちら様で⁉︎」


 玄関の扉を開けて入って来たのは、頭に二本の角が生えたオレンジ色の髪の少年だった。

 予想もしていなかった互いの登場に驚く二人だったが、ガーネットは少年が手にしていた『ある物』が気になって仕方が無かった。


「ぼ、ボクはドラコニス魔術士団! ……の、見習い……魔術士の、ガニメデスと申します! アナタはその……人間さん、ですよね?」

「ええ、人間のガーネットです。そういうあなたは竜人さん……ですよね?」

「そうです! あのっ、ここで出会ったのも何かの縁という事で、もし宜しければボクの手助けをしていただけませんか⁉︎」

「て、手助け……? それってもしかして、その手に持ってる……」


 と、ガーネットが指差した()()を、ガニメデスと名乗った可愛らしい顔立ちの竜人の少年が、ずいっと彼女の目の前に差し出す。


「はい! この杖、魔術士団の備品なんですけど……何もしてないのに、バキッと折れちゃったんですぅぅ‼︎ このままだとボク、絶対に団の皆に叱られちゃいます! どうにかしてこれを直す方法、ご存知ありませんか⁉︎」


 半泣きで迫って来るガニメデスの手には、二十センチ程の長さの杖が中途半端に折れたものが握られていた。

 ガーネットも自分の杖を持っているものの、こんな風に折れた事など一度も無かったので、思わず苦笑するしかない。


「うーん……。わたし、魔法薬作りとか魔導具なら修理は出来るんですけど、杖は魔石のメンテナンスぐらいしかやった事が無くて……」

「見た目だけでもどうにか誤魔化せば良いんです! これを折ったのがボクだとバレなければ、それでオッケーなんです!」

「そ、そうなの……? でもなぁ……」

「少なくともボクは魔導具の修理すら出来ないので、お姉さんに全てを託す方が百万倍は希望があると思うんですが、いかがでしょうか⁉︎」


 ──いかがでしょうか、と言われても〜!


 と、叫びたい気持ちでいっぱいだったガーネットだが、悪気の無さそうな竜人の少年の頼みをバッサリ断るのも気が引けてしまい……。


「と、とりあえず、やれるだけの事はやってみるけど……。上手くいかなくても責めないでほしい、です……」

「構いません! 少しでも叱られる未来を回避出来る可能性があるなら、ボクは(わら)でも魚の小骨でも、何でも(すが)ります!」


 ──それってわたしが藁って事になるよね?


 と突っ込みたい気持ちを抑えて、ひとまずガニメデスから折れた杖を受け取ったガーネット。


「……それじゃあ、ちょっと待っててもらえますか? どうにか手持ちの道具でやれる事がないか、考えてみますから」

「はい、お願いします! ガーネットお姉さん!」


 そうして無駄に元気な返事の少年に期待の眼差しを向けられながら、ガーネットは改めて手元の杖に視線を落とした。

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