3.あなたが無事でありますように
王宮の地下牢は、暗くジメジメとしていた。
時々顔を合わせる事もある二人の騎士達の手で、両腕を背中側に拘束されているガーネット。
「……まさか、貴女がこんな事件を引き起こすだなんて」
「違う……わたしは、ミアにそんな酷い事……!」
彼女が泣きながら何度も訴えるも、騎士達は軽蔑や疑念の眼差しを向けてくるばかりだった。
ガーネットはそのまま、地下牢の更に奥──重罪人が捕らえられる、魔導具で管理された厳重な扉の牢屋に入れられてしまう。
そこは他の牢屋とは異なり、ベッドすら置かれていない狭い室内だった。
腕の拘束は解かれたものの、代わりに彼女の首には魔術封じの魔導具がはめられている。
「もうじきジーク騎士団長が参られる。それまでここで大人しくしていろ」
そうして閉じられた、分厚い金属の扉。
扉には小窓が付いている。外側から話し掛けたり、食事や水を入れる為のものなのだろう。
不快な湿気と冷たさの中で、ガーネットは力無く両膝を折った。
彼女の頬を、幾度も涙が伝っていく。
「ミア……どうか、無事でいて……」
自分の事よりも、ガーネットにとって何よりも気掛かりだったのは、あの爆発の中心に居たミアの事だった。
あそこで何が起きたのか、訳が分からない。
それでも今は、大切な友人であるミアの無事を祈る事しか、彼女には出来なかった。
*
どれだけ時間が経ったのか。
突如として、扉の小窓が開く金属の擦れた音がした。
「ロームナイ王国、宮廷魔術士団所属、ガーネット・エレテンシア。私、王国騎士団調整ジーク・トルーラスが、国王陛下より命を受け、お前への尋問を執り行う事となった」
ジークの声を受けて、俯いていたガーネットが顔を上げる。
彼女はすっかり泣き腫らした目元で、小窓の向こうから見えるジークの顔を見上げた。
彼がガーネットに向ける視線は、大ホールで向けられた時よりは多少和らいだものにはなっているものの、疑念を抱いている事は間違い無く伝わってくる。
ガーネットは掠れた声で訊ねる。
「ミアは……無事、ですか……?」
「……ああ。聖女殿のお召し物には、魔力による攻撃や呪いを軽減させる効果があった。それによって、あれだけの爆発を受けても軽傷で済んだ。彼女が気を失ったのは、主に爆発音によるショックの影響が強い……というのが、治癒術士の見解だ」
「良かった……! もう、ミアは大丈夫なんですね」
「……聖女殿は、な」
ほっと胸を撫で下ろすガーネット。その口元には、安堵の笑みが浮かんでいる。
それを見たジークは、眉間の皺を一際濃くさせた。
──聖女殿の言葉を鵜呑みにすべきか、私には判断が付かない。だが、これは……。
「……ガーネット・エレテンシア。お前には今、聖女暗殺の容疑がかけられている。聖女殿は、我らにとって救世主となる尊いお方である。そんな彼女の命を狙ったとなれば、極刑は免れない」
「暗殺……極刑……。わたし、が……」
途端に顔色を失うガーネット。
愕然とした表情でジークを見上げるガーネットに、彼は「だが……」と言葉を続ける。
「私は先程、医務室で意識を取り戻した聖女殿より、話を伺った。『ガーネットが私を暗殺しようとするはずがない。これは何かの間違いで、きっと誰かが彼女に濡れ衣を着せたのだ』……と」
「ミアが、そう言ってくれたんですか……?」
「ああ。側から見ればお前は、友人として近付き油断させ、杖に細工を施して暗殺を実行しようとした刺客にしか見えない……。それでも何とか助かる術は無いものかと、彼女はこの私にすら助言を求められた」
──とはいえ、私には彼女の極刑をどうこう出来るような権限は無いのだが……。
再び俯いてしまったガーネットに、ジークは更なる悲報を告げねばならない事に多少胸を痛めながら、口を開く。
「……それから、お前の婚約者であるナルキス殿について、伝えておくべき事項がある」
「ナルキスさんの……?」
「ナルキス殿は、お前との婚約を破棄すると宣言している。間も無くその手続きが完了するだろう」
「……そう……です、か……」
それきり、ガーネットはジークと目を合わせず、床を見詰めたままだった。
*
軽傷で済んだミアは、怪我人でごった返す医務室から自室に移されていた。
そこへ控えめなノックの音と共に現れたのは、ガーネットの婚約者であるナルキスだった。
ひとまず立ち話も何だからと、部屋に通すミア。
「突然お邪魔してしまって申し訳ありません。ミア様、お怪我の具合はいかがですか?」
心配そうな表情で訊ねてくるナルキスに、ミアは笑顔で──しかし、どこか暗い雰囲気で答える。
「ああ、ナルキス様……。わざわざありがとうございます。怪我の方はすっかり治していただいて、もう何ともありませんよ」
「それは良かったです。貴女の身に何かあれば、ガーネットもきっと悲しむでしょうから……」
「…………はい」
どうやらナルキスは、国王に無理を言ってミアとの面会の許可を得たのだという。
彼も式典の会場には居たものの、ミアの無事を確かめる事と、もう一つ……彼女に報告すべき事があったが故に、無茶を押し通したのだった。
「……実はこうしてミア様の元を訪ねたのには、理由がありまして。明日にも貴女の耳に入るかとは思ったのですが、それでも先に貴女には話しておかなければならない事だと思い直したのです」
「……それは、ガーネットの事と関係していますか?」
「はい。……彼女の処刑が決まったのは、ご存知ですよね?」
「……はい」
どうにか声を振り絞るミアの顔には、悲しみと悔しさが同居していた。
「……その決定を受けて、僕の両親がガーネットとの婚約破棄に動き出しました。近日中に、僕達の婚約は正式に白紙に戻る事でしょう」
「それは……! でも、ガーネットは絶対、私を暗殺しようとなんてしてないはずなんです! ナルキス様、何とかしてガーネットを助ける方法は無いのでしょうか⁉︎」
ミアは半泣きで取り乱しながら、ナルキスの手を取って必死で訴えかける。
ナルキスは沈痛な面持ちで彼女の目を見詰め返し、しばらくの沈黙の後、こう返した。
「……彼女を助けたい気持ちは、僕も同じです」
「それならっ……!」
「……一つだけ、ガーネットの命を救える可能性があります」
彼のその言葉に、ミアは青い眼をこれでもかと見開いた。
「本当ですか⁉︎」
「はい。ですがこれには、条件があります」
「私に出来る事でしたら、何だってやります! お願いです、ガーネットを助けるにはどうしたら良いんですか⁉︎」
──かかったな……チョロい女だ。
ナルキスは内心で田舎娘の純粋さを嘲笑いながら、紳士な態度で続けて言う。
「僕はガーネットの元婚約者として、貴女はガーネットの友人として、国王陛下に彼女の減刑を訴えるのです。『彼女を処刑するのなら、自分も死ぬ覚悟だ』と強く主張するのです」
「……聖女の命を交渉材料にする、という事ですか?」
「ええ。僕達は今回の暗殺未遂がガーネットの仕業ではないと知っている。彼女を生かしておいても、再びガーネットが貴女の命を狙うような事は絶対にありません」
国王相手にその交渉が通用すれば、自分達には何のデメリットも無いのだ──と、ナルキスは堂々と言ってのける。
「それなら確かに、彼女の処刑だけは免れるのかも……」
「とはいえ、世間からすればガーネットへの疑いの目が完全に晴れる事はないでしょう。真犯人が見付かるまで投獄されたままか……はたまた、国外追放となるかですが……」
「それでも、ガーネットが殺されるよりずっと良いです! 死んでしまったら、元も子もありませんこら……」
それで……と、ナルキスは本題を切り出した。
「この作戦が成功したとしても、僕とガーネットの婚約破棄は覆らないでしょう。……ですが、僕はこれでも一応男爵家の生まれです。次男とはいえ、兄や将来生まれるであろう甥っ子に何かあれば、僕は跡継ぎを残さなければならない立場になります」
──人脈だけなら、ガーネットにも利用価値はあった。だが、一年前突如として現れた聖女ミア……。彼女の持つ影響力と、聖女の魔力を受け継いだ子を成せば、僕は兄上以上の価値がある男だと証明出来る!
「……ですからミア様、僕と取引をして下さい。『出来る事なら何だってやる』と……そうおっしゃってくれましたよね?」
「は、はい。それで、取引……というのは?」
「陛下への交渉が成功したら、僕と結婚して下さい」
「……え? 結婚……って、私と、ナルキス様が……?」
「勿論、巡礼の旅が終わってからで構いません。僕の大切なガーネットの事を強く想う貴女とであれば、きっと良い夫婦になれると思うのです」
「それは……ええと……」
いきなりそんな取引を持ち掛けられたミアは、戸惑いながらも“これがガーネットの為に必要な事なら”と、一つ大きく頷いてみせた。
「……わ、分かりました。無事にガーネットの処刑を回避出来たら……旅が終わった後、私はナルキス様の妻になるとお約束します」
それでガーネットを救う手助けをしてもらえるのなら、自分の淡い片想いぐらい、手放したって良いじゃないか……と、そう自分に言い聞かせて。
「ありがとうございます、ミア様。これにて取引成立です。それでは早速、陛下の元へ直談判に参りましょう。急がなければ、ガーネットの処刑が早まる危険性がありますからね」
「は、はい……!」
それから間も無くして、ガーネットの極刑については撤回された。
全てはナルキスの計画通りに事が運び、ガーネット・エレテンシアは魔術士免許の剥奪が決定。並びに、ロームナイ王国外への永久追放処分が言い渡される事となる。
*
海鳥達が、海原を進む魔導船を追い掛けるようにして飛んでいた。
甲板で潮風を浴びて靡く鮮やかな赤い髪が、どこか寂しげに揺れている。
「あーあ……。わたし、これからどうしようかなぁ」
聖女暗殺未遂事件からほどなくして、ガーネットは肩掛け鞄一つを持って、二十年間を過ごした生まれ育った国を追い出された。
ミアとナルキスの必死の訴えにより、ガーネットは必要最低限の荷物と、宮廷魔術士として勤めてきた二年間の貯金と共に、適当に取った船のチケットで海を渡っている真っ最中である。
「魔術士免許をまた別の国で取り直すか、全く違う仕事をしてみるか……。とりあえず、船が着いた先で住む場所を探さないといけないけど」
港でスタンプを押されたチケットの行き先に目を通すガーネット。
そこにはロームナイ王国ハレスト港発、ドラコニス諸島国アイテール港着、と記載されていた。
「ドラコニス諸島国って、いくつかの島が集まる竜人の国だったわよね。その中心にあるアイテール島には、確か……」
船の行き先であるアイテール島が、ガーネットの視線の先に見えてきている。
緑豊かな島の中央に、一際大きな大樹がそびえ立っていた。
「……あれが世界樹、なのよね」
──わたしを助けてくれたミアが、巡礼の旅で護る事になる世界樹。
「……ミアとナルキスさんが拾ってくれたこの命、大切にしていかないとだね」
結局あの事件以降、ガーネットはミアと再開する事は叶わなかった。
当然ながら、暗殺容疑をかけられた彼女が会えるはずも無いと頭では理解していたけれど。
「どうか、あなたの旅が無事に終わりますように……」
自分の命の為に、ミアがどんな覚悟でジークへの恋心を諦めたのかも知らないまま。
己の野望の為に、ナルキスがどんな卑劣な手段でガーネットを捨て、ミアを手に入れようとしているのかも知らないまま……。
新たな土地で、ガーネットの新生活が幕を開けようとしていた。




