表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/6

2.大切な友人

 王都は全体的に、緩やかな坂道が多い。

 大通りの石畳を歩いていくガーネットの視界の先には、街並みの奥にそびえ立つ王宮が見えている。

 ガーネットは賑やかな街を抜けて、王宮前の大きな跳ね橋までやって来た。

 すると、跳ね橋の前で門番と話している鎧姿の集団が見えた。どうやら様子を見たところ、王国騎士団が帰って来たところのようだ。

 帰還の報告を済ませている十人程の騎士達の中に、三人だけ魔術士団のローブを身に付けた面々が居る。

 その中の一人が、一番後ろで待機していたガーネットの姿に気付いて、声を掛けてきた。


「ガーネット、君も今帰りかい?」


 そう言って微笑みながら集団の中から離れて近付いて来た人物こそが、彼女の婚約者である金髪の青年──ナルキス・スタリアだ。

 婚約者同士が出会った事で、手続きが済むのを待っていた他の面々が「お、幸せカップルがお揃いだ」と、生温かい視線を送ってくる。


 ──まあ、私としてはナルキスは恋人というより、私の事を理解してくれている人という認識なんだけどね。


「ナルキスさんは、騎士団との合同任務の帰りですか?」

「ああ。今回は魔物の出没情報が広範囲だったから、普段の見回りよりも人員が多かったんだ」


 ガーネットは確か、ナルキス達の戦闘班は朝から魔物討伐に向かっていたはずだと思い出す。

 彼女が男爵の屋敷を出てからここに来るまでの間に、時刻は既に昼過ぎだった。

 もしかしたらまだ、彼らは昼食も出来ていないのではないだろうかと、自分の空腹具合を感じながらガーネットは思った。

 すると、人数分の通行証を認識魔導具に読み込ませ終えた一人の騎士──騎士団長のジークが、ナルキスにも聞こえるよう声を張って言う。


「お前達、手続きは完了した! これより王宮内に帰還するが……。ナルキス殿。婚約者殿との会話に邪魔をするようだが、本日中に報告書の提出をお願いする」

「あ、ああ。申し訳無い、ジーク騎士団長」


 それじゃあまた後で、と足早に騎士団の後に続いて跳ね橋を渡っていくナルキス。

 その背中を見送りながら、ガーネットも門番の持つ出入り記録の魔導具に、魔導金属プレートの通行証に魔力を通していく。

 この魔導具によって不審者の侵入を阻止するものなのだが、この魔導具のメンテナンスもガーネットが行なっている。

 けれども流石に金属加工の技術は無いので、通行証は別の者が担当している。


 それにしても……と、ガーネットはぼんやりと思う。

 ジークは、ガーネットやナルキス達よりも歳上ではあるものの、若くして騎士団長を務め上げる実力派だ。

 己にも他者にも厳しい面があり、先程のように淡々と業務連絡を伝えるだけの仕事人間……というのが、ガーネットを含めた王宮勤めの者達の共通認識である。


 ──いつも険しい顔をしていて、たまに王宮ですれ違う時も気軽に挨拶しづらくて、気まずいのよね……。


「……あっ、いけない! 早くわたしも行かないと!」


 そうしてガーネットは、小走りで跳ね橋を駆けていくのだった。


 


 *




 王宮のとある一室。

 出張修理の完了報告と不用品回収の同意書を提出し終えたガーネットは、約束の人物の元へ向かっていた。


「ごめんなさい、ミア! 予定より遅くなってしまって……」

「気にしないでください、ガーネット。貴女がお腹を空かせて帰って来るんじゃないかと思って、色々用意していただいたんです!」


 そう言って花が綻ぶような笑顔でガーネットを出迎えた少女──ミアが言う通り、テーブルの上にはパンやサラダ、スープが並んでいる。

 更にはクッキーや一口サイズのケーキも色とりどりに揃っており、ミアは慣れた手付きでティーポットから紅茶を注ぐ。


「さあ、一緒に食べましょう?」

「そ、それはそうなんだけど……もしかしてあなた、まだお昼食べてないの⁉︎」

「私も巡礼に向けて、修行も大詰めで忙しくなってきましたからね。先にお昼を食べてしまうよりも、せっかくならガーネットとランチ兼お茶会にした方が良いなと思ったんです」


 ミアは、パッと見た印象ではどこにでも居るような、優しい黒髪の少女だった。

 けれども実際は、女神に選ばれし聖女として田舎の村から王宮へ連れて来られ、一年間の厳しい修行を積んできた。

 ちょうどガーネットと同年代の同性。

 二人がこうして定期的にお茶や食事をする間柄になるのに、そう多くの時間はかからなかった。


「……ガーネットったら、私とのお茶会でお菓子だけ食べて済ませるつもりだったでしょう?」

「うう……。その通りです」


 向かいの席に着いたガーネットに、ミアが苦笑しながらカップを差し出した。

 ほわりと湯気が立つ紅茶に口を付けると、ガーネットのお腹がぎゅるると鳴る。


「ほら、身体は『ちゃんと食べろ』って訴えてますよ?」

「おっしゃる通りで……。今日はあなたとお茶会するから、お昼ご飯は別にいいやって思ってて……」

「ガーネットがお仕事大好きなのは知ってますけど、そんな風にして身体を壊してしまったら大変です。ナルキス様だって心配しますよ」

「うっ……。彼にも注意はされてるけど、集中してるとお腹空かなくなっちゃうのよね」

「……私ももうじき旅に出てしまうんですから、食生活には気を付けてくださいね?」


 そう言ったミアの表情は、どこか寂しげだ。


「……そうだよね。ミアにもナルキスさんにも心配かけないように、しっかりしないとだよね」


 聖女であるミアには、使命がある。

 それは、世界各地で発生している瘴気(しょうき)を浄化し、世界樹を守護する結界の崩壊を防ぐこと。

 瘴気は聖女のみが消し去る事が出来る、大地や生命を蝕む毒のようなものだ。

 瘴気によって蝕まれた大地が弱ると、世界の核となる世界樹という大木を護る結界が崩壊してしまう。

 世界樹が傷付くと、人間やエルフ、ドワーフ、人魚、草花や動物達……全ての生命が生きる活力を失い、魂の循環もされなくなる。

 瘴気が発生している現代において、世界を正常な状態に保つ為に女神が見出した救世主──それが聖女ミアなのだ。


 ガーネットはそっとティーカップをソーサーに置くと、俯いていた顔を上げる。


「……今度の出発式典までに、ミアの杖を完璧な状態で渡せるように、全力でメンテナンスしておくから。だからミアも、どうか無事でここに戻って来てね。わたしも元気であなたを迎えられるようにするからさ」

「……はいっ、約束です! 私とガーネット、二人だけの約束です!」


 心の底から嬉しそうに頷くミア。

 彼女の目尻には、喜びから来る涙が滲んでいた。


 ──ミアの旅には、あのジーク騎士団長も同行してくれる。危険な事もあるだろうけど……きっと無事で帰って来てくれるように、精一杯わたしも自分に出来る事をやらないと!


「……そうだ、ミア。ここに来る前、跳ね橋の所でジーク騎士団長にお会いしたんだけど……」

「へっ⁉︎ わ、私の事、何かおっしゃってました……?」


 ジークの名前を出した途端、分かりやすく動揺するミア。

 ガーネットは思わず小さく吹き出しながら、「いや、そうじゃないんだけどね」と言葉を続ける。


「巡礼の旅が始まる前に、少しでもあの人の好きな物とか分からないかなぁと思って話しかけられたら良かったんだけど……。今日も相変わらず雰囲気が怖くて、何も話せなかったわ」

「良いなぁ……! ジーク様に会えたんですね、ガーネット……」


 羨ましい……と漏らすミアの表情は、どこからどう見ても憧れの騎士様に恋焦がれる少女の顔だった。

 ガーネットは以前からどうにかしてミアの恋を応援しようと試みてはきたのだが、何の進展もないまま今日まで時間が経ってしまっていた。

 確かにジークは凛々しく整った顔立ちで、剣の腕も冴えており、真面目な性格の彼をミアが好きになるのも不思議ではなかった。

 けれどもミアは引っ込み思案なところがあり、女性どころか男性すらも声を掛けづらいジークと話すきっかけを掴む事は困難だったのだ。


「そうは言っても、巡礼にはジーク騎士団長も同行するんだから、毎日顔を見られるじゃない」

「それはそうなんですけど……! す、少しでも、好きな人の事は知っておきたいというか……仲良くなれる取っ掛かりが掴めればなぁと……」

「……まあ、ジーク騎士団長も顔は怖いけど悪い人じゃないし、ミアならきっとそのうち普通に仲良くなれると思うけどな」

「そ、そうだと良いんですけど……! というか、別にジーク様は怖い顔なんてしてないじゃないですか!」


 ──恋は盲目とは言うけれど、そこまで彼が輝いて見えるものなのね……。


 恋に胸を焦がすミアには、誰もが距離を置くジークが輝いて見えていて。


 ──私は……ナルキスさんの事、ここまで夢中になるほど好きって訳じゃないのよね……。


 ナルキスだって、見目麗しい貴族令息ではあるはずなのに。


 ──職場の同僚としては、頼りになるいい人だけど……。


 こんな気持ちのまま、彼との婚約関係を続けていて良いのだろうか……と、ガーネットはモヤモヤした感情を抱えたものの、それを誤魔化すように紅茶で流し込む事にした。

 


 

 *


 

  

 一週間後、いよいよミアが巡礼の旅に出る日がやって来た。

 ガーネットはこの日の為に、国王から命じられた国宝『女神の杖』の最終メンテナンスを終え、出発式典に参加する。

 ロームナイ王国の各地から貴族や有力商人、そして騎士団や魔術士団の面々も出席している、国全体で聖女の旅の成功を祈るイベントだ。


 ギリギリまで調整を行い、完璧な状態でミアに杖を渡したかったガーネットは、杖を作業場に置いてから慌てて式典用のローブに着替えに向かう。

 その時だった。


「わっ!」

「ご、ごめんなさい!」


 フードを目深に被ったローブ姿の男性と、廊下の曲がり角でぶつかってしまう。

 フードの隙間から、チラリと男性の長い黒髪が覗いたものの、顔までは見えない。今日の式典にやって来たのだろうか、服装は見慣れない人物だった。


「こちらこそすみません。それじゃあ……」

「いえ、こちらこそ……! って、早く着替えて作業場に戻らないと!」

  

 着替えを終えたガーネットは、王宮の大ホールの舞台袖で、もうじき出番が来るミアに女神の杖を手渡した。

 杖の先端には透き通る水晶のような、大きな魔石が輝いている。

 伝統的な聖女の純白の衣装に身を包んだミアが、震える手で杖をぎゅっと握り締める。


「ここで応援してるね、ミア」

「は、はい……。ああ、どうしましょう……。挨拶で話す内容、全部吹き飛んじゃいそうです……!」

「昨日あれだけ練習したんだから、絶対大丈夫! ほら、一旦深呼吸して?」

「すぅー……はぁー……すぅー……はぁー……」


 ガーネットのアドバイスを律儀に守るミア。

 舞台上では、国王による挨拶も終盤に差し掛かっているところだ。

 それが終われば聖女の挨拶があり、そのまま聖女による魔法のお披露目というパフォーマンスがある。

 滅多にお目にかかれない国宝である女神の杖を使い、簡単な魔法を披露するだけのものなのだが……。


「……あ、陛下のご挨拶が終わった! ミア、出番だよ!」


 ホールに響く大勢の拍手の音。

 次はいよいよ、ミアがあの舞台に立つ番だ。


「……い、行ってきます!」

「行ってらっしゃい!」


 声を裏返しながら、気持ち小走りで向かっていくミアの背中を見送る。


 緊張しながらも、ミアは大観衆の前で立派に聖女としての言葉を紡いでいく。


「私、ミアは……必ず、この世界の皆さんの為に、聖女としてのお役目を果たすと誓います!」


 先程のものとは比べ物にならない、割れんばかりの拍手と大歓声。

 ミアはそれらに包まれながら、進行通りに光の粒子を発生させる魔法を発動させようと、ガーネットが手渡した女神の杖に魔力を通そうとし──





 その次の瞬間、杖は激しい魔力暴走を引き起こし、ミアを中心とした大爆発が巻き起こる。


「ミア……⁉︎」


 人々の悲鳴と怒号が飛び交って、ホール内は一瞬で混乱に包まれていく。

 巻き上がる煙の中を、ガーネットは反射的に駆け出していた。


「ミア! ミアー‼︎」


 絶叫に近いガーネットの呼び掛けに、ミアの返答は無い。

 煙の中を掻き分けていった先で、ガーネットとほぼ同じタイミングでジークもその場に駆け付けていた。

 しかし、その場に倒れて意識を失っているミアを助け起こそうとするガーネットに、ジークが「聖女殿に近付くな!」と牽制する。


「ど、どうしてですか⁉︎」

「……どうしても何も、この爆発はお前の仕業だろう!」

「はぁ⁉︎」


 ジークはガーネットから庇うようにミアを横抱きにし、ガーネットから距離を取る。

 彼の鋭い目は、明らかにガーネットを外敵と見なしていた。


「聖女殿の杖の調整をしていたのはお前だ。そして、彼女が舞台に上がる直前に杖を手渡していたのもお前だ。……状況から判断して、お前が聖女殿の命を狙っていたとしか考えられないのだ」

「そんな! わたしがミアを殺そうとするはずがありません! 彼女と私は友人なんです!」

「口では何とでも言える。……おい、この女を地下牢に捕らえよ!」

「待って下さい、ジーク騎士団長! わたしじゃありません! わたしは……こんな事をする理由がありません‼︎」

「言い訳なら後でたっぷり聞かせてもらう。今は聖女殿の治療が最優先だ」


 そう告げて、ジークはミアを抱えて去って行ってしまう。

 残されたガーネットは呆然としたまま、ジークに指示された騎士達の手によって、地下牢へと放り込まれるしかなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ