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そろそろ良い頃合いだろうと脱衣場で服を脱いで中へと進む。しっかりと旅の汚れを落としてから湯船に浸かった。
「あ"ー最高」
凝り固まった筋肉が解される様な感覚に思わず頬は緩んだ。肩まで、ゆっくりと浸かり大きく深呼吸。
良い。今日は良く眠れるだろう。
お風呂から上がってベッドの上でゴロゴロしているとノックが。晩御飯の用意が出来たらしい。
「はい、ありがとうございます」
扉を開けると肉感的で可愛らしい子が食事を乗せたトレイを片手に立っている。
「片手で持てるのですね」
「もう慣れましたので」
「さすがプロだ。可愛い上に仕事が出来るなんて素敵ですよ」
褒められる事が余り無いのか、みるみる顔が赤くなっていく。
「あっあの! これ食べ終わったら、こ、こちらにある台の上に出して置いて下さい。次の方の分もあるので失礼します」
ぐっとトレイを押し付けられ、わざと手を重ねた。大きく肩が跳ねるのを見て嬉しくなる。男慣れしていないな。
しかし完全に受け取ると慌てて去ってしまった。
「タイプだったのに」
もっと話したかった、という呟きは誰にも届く事は無かった。
フワフワの白パンにガーリックの効いた豪快な肉。付け合わせのサラダも野菜がシャキシャキと新鮮である。
料理も美味しい宿。凄く良い。
食べ終わった食器を下げる為に扉を開けると、先程の子が立っていた。
「おや、どうも。料理美味しかったです」
「あの、さっ......さっき可愛いって言ったの本当?」
これはいけるか? ゼーロンは胸が弾む。
「働いているという事は自分の力で生きている。それだけでも素晴らしいです。それなのに貴女は可愛らしい。正直言うと見た目もタイプだ」
目を細めて口は柔らかく弧を描かせる。意識的に距離を詰めるが近付き過ぎは良くないと気を付けた。
「道中、手紙を送りましょう。貴女と仲良くなりたい」
如何ですか? と、また一歩距離を詰める。
「あ、でっでも。字が......読めないです」
ウルッと目に涙が溜まる様に胸がギュッとしたゼーロン。可愛い。欲しい。
「旅の途中なのですが、何日か滞在する事にしました。文字は僕が教えますよ。そしたら手紙も読めるでしょう?」
胸の前に祈る様に組まれている手を優しく包む。
「どうでしょう? 嫌でしたか?」
無言で首を振る可愛い子。
「そう言えば名前も年齢も聞いていませんでしたね。教えて貰っても? ちなみに僕の名前はゼーロン。今年で21歳になりました」
「私はクリスティ。同い年です」
恥ずかしいらしく視線が合わない。
驚かさない為にも、いたずらにスキンシップを図るような真似はしないぞと気を引き締める。
ゼーロンは舞い上がっていた。こんな可愛らしく、どストライクの相手に巡り会えた事に。
「あの、じゃあ明日休みだから。朝にまた来ます」
頬を染めて上目遣いのクリスティにゼーロンは無言で頷く。
「じゃあね、おやすみなさい」
小さく手を振って離れるクリスティ。
「あ、うん。おやすみ。また明日」
慌てて返事をして手を軽く上げて返すゼーロン。
マリアは部屋に案内されると直ぐ様荷物を下ろしてベッドにダイブした。気付いたら眠ってしまっていて、ハッと目を覚まし慌てて風呂の準備を始める。
そう言えば、お腹が減ったなぁどうしようと扉を開けると台の上に食事が置かれていた。
「ぉお」
有り難く中へ運び、すっかり冷めてしまっていたが美味しい料理を食べている途中で気付く。湯船に湯を溜めている途中だったと。
「ぁ、あっ、は、早く止めなきゃ」
どれ程、溢れさせ続けていたのかと青くなるマリア。
慌てて浴室へ。
直ぐに蛇口を捻って止める。そして気付いた。これ、水だ。湯船にタプタプの冷たい水。思っていたよりも溢れさせている事は無かったのが不幸中の幸いだが。
「え......どうしよう。これ、お湯、え?」
マリアは一生懸命考えた。しかし、良い考えは浮かばず一先ず部屋から出て受付へ。ところが深夜帯だった事もあり誰も居ない。
「ぁ......」
ゼーロンに頼ろうにも何処の部屋に居るのか分からない。
トボトボと部屋へと戻るマリア。
汚れは落としたいなと考え、服を脱ぎ捨てて浴室へ。湯船に頭を突っ込み髪の毛を濡らす。
「んぬ"ぅあ"」
余りの冷たさに変な声が漏れるが、これも自分が悪いのだと耐えた。
頭を出し石鹸で洗う。体にも水を少しずつ掛けた。
「ひぃぃいい」
我慢。我慢。
体も洗い終わると頭から水を被る。
「ん"ん"ぐぅぅぁあ"」
なんとか旅の汚れを落とす事が出来たマリア。何故だか凄い達成感に包まれていた。私って凄いと内心で自画自賛すらしている始末。
不思議な事に体調が崩れるという事も無く何だか、むしろ体はポカポカしてきていた。




