7
ここまでの道中、常にゼーロンのテント頼りだったマリア。初めて自分で立てたテントでの睡眠である。
朝になりゼーロンがテントから出るとグラグラだった目の前のテントは崩れていた。特に気にする事も無く自分の分を片付けて行く。
スープを温め直して朝の空気を目一杯吸い込んだ。良い香りが漂い始める。気持ちの良い朝に気分も上向いた。
小鳥の鳴き声が耳に心地よい。
温め直したスープを器によそい飲む。体がじんわりと中から温まった。
ほぉっと一息ついた時、潰れたテントから奇妙な奇声が聞こえる。
「ふんっぐぅ......んな"」
ゼーハーと荒い息を吐き出すマリア。ボサボサの頭だ。必死に這い出してきたらしい。
無言で観察するゼーロン。
革袋を掴んでゴクゴクと勢い良く飲んでいる。独特の鉄臭さが漂う。
「え?......何飲んでるの?」
「な、何って......く、熊の血を」
「は?」
驚愕に見開かれた目に見つめられ居心地悪くモゾモゾと動いてしまうマリア。
「川で水汲めなかったの?」
「あ、あ、あの熊が出たので」
「あーへー、それで血を飲んだって事......」
どういう思考回路をしてるのだコイツはと少しの恐怖心を抱いてしまうゼーロン。
しかもただの熊ではなく、れっきとした魔物のデビルベアーの血である。仮にも次期聖女という肩書きがつく者が水代わりに魔物の血を飲むなんて。
「さすがにそれは捨てなよ」
何故か少しマリアの目が爛々としているように見える。いつもはもっと、どんよりと目に覇気が無いのだが。
「な! す、捨てません」
「今は朝でしょ? 川に行って水を汲んで来なよ」
呆れて溜め息を溢しながら促す。
「あ、あ、甘くて美味しいので。い、嫌です」
強情な次期聖女の態度に切ら痺れを切らしたゼーロンは革袋を引ったくる。
「お荷物さん。あのさー魔力汚染って言葉知らない訳?」
そう言いながらドボドボと地面に血を捨てた。
マリアは、ぁぁと残念そうにうめく。そんなマリアに軽蔑した視線を送るゼーロン。
「魔物の肉を食べる時は必ず火を通さないといけないって決まり何であるのか知らないとか無いよね?」
「え? ぁ、し、知らないです」
「ばっ......」
堪らず罵声を上げそうになり、すんでで止まる。子供の内に親から教わるような常識的な話なのだ。
「生で食べると魔力汚染っていって魔物に近い存在になるんだよ。正常な判断が出来なくなって善悪の基準が曖昧になる。加えて凶暴な性格になるんだ。肉を食べてそうなのに、血を直接飲むなんて......どうなるんだろうね」
もはや、どれ程の血を飲んだのか分からないマリアを警戒するゼーロン。
もし、魔力汚染が始まっており人に危害を加える様なら教会に返すしか無くなる。奥に幽閉される事になるだろう。
「水、汲んできて。川からね」
「ぅ、ぁ、はい」
しかし中々歩き出さない次期聖女。
「早く行く!」
「は、はい!」
シャンと背中を伸ばして慌てて歩き出すマリア。
「何なの? どうやって生きてきた訳?」
ゼーロンの呟きは誰に聞かれるでも無く空気に溶けて消える。
昨日、薄暗くなって来た頃に訪れた時とは違って今は明るい。周りの景色も良く見える。確かこっちだったと曖昧な記憶でも何とか川に到着した。マリアは自分でもやれば出来るじゃんと嬉しくなる。
たっぷりと川の水を革袋に入れた。
さぁ、戻るぞと達成感と共にゼーロンの元へ急ぐ。
「く、汲んで来ました」
タプタプの革袋を掲げて何処か誇らしげである。ゼーロンは呑気な様子を見て腹が立ったが無言で頷いて見せると歩き出した。
マリアは慌てて荷物をまとめて追い掛ける。
少し離れてしまっていたが小走りで追いついた。マリアは驚く、自分が全然疲れていない事に。
凄い、これが熊の血の力と感動していた。息を切らして苦しくなる事も無いし足が痛む事も無い。なんと快適な事か。
知らず鼻歌が漏れていて、ゼーロンを苛つかせていた。
休憩をろくに挟まず次の街まで歩き通し、ようやっと街の関所に着く。
優しそうな微笑みを浮かべて門番さんに挨拶をするゼーロン。
「これは! 勇者様! このジョリー街へようこそ。旅の疲れを癒して行って下さい」
「ありがとう。所で個室の風呂が付いてる宿を知っていますか?」
「ありますとも! ギルドの近くにあるクジラ屋って所ですな。クジラの絵が宿の正面にデカデカと描かれているので直ぐ分かりますよ」
「助かります。旅の汚れを落としたかったのです」
大きく手を振る門番さんと別れて宿へ向かう。
「お荷物さん。部屋別々にしてね。僕は1人でゆっくりしたいから」
「ぁ、え? あ、はい......宿は、い、一緒でも良いですか?」
「一緒でも良いけど。絡んで来ないでね」
無言で頷いてみせるマリアに、ゼーロンもまた無言で頷いた。




