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真実を話せばきっと、なんて自分本位な人間だと嫌われるだろう。だが、言わなくてはならない。知る権利が当事者である彼女には、ある。
だが、またこれも自分本位に過ぎない。本来なら話す事をしないでそのままにする筈だった。病が治ると分かり急に後ろめたさと罪悪感に苛まれ、彼女に真実を告げる事でそれを振り払おうとしている。実に手前勝手な奴だとは分かっている。
だが今日は、その為にここにきた。全てを彼女に打ち明け、謝罪をする為に。
「クラウスから、聞いていないかな」
「お兄様から、ですか?」
アイリーンは、目をパチパチとして眉をひそめている。どうやら、あのシスコンはアイリーンには何も話していないらしい。一応主治医に当たる故、こんな言い方は良くないが、クラウスは極度のシスコンだ。
病について説明を聞いた日、自分とリオネルの会話の後それはもう凄かった。アイリーンからある程度話を聞いていたらしく、妹を弄んだ罪は重いだの、病が治った後は命の保証はしないなど、リオネルが止めなければあの時も、危なかった……。何故か手には液体入りの注射器を所持していたし、あの液体はなんだったのだろうか。
余り、考えたくない。
「アイリーン、君に全て話すよ。いや、君に聞いて欲しいんだ、僕の事を」
全ての話が終わり、アイリーンは俯いた。シェルトの話の間、真剣な眼差しでシェルトを見遣り相槌すら忘れて話に聞き入った様子だった。
「これが、今回の事の顛末だよ。……すまないって言って謝って済む問題ではないのは分かっている。だが、本当にすまない」
シェルトは、立ち上がりアイリーンに深く頭を下げた。だが、アイリーンの反応はない。これは、相当怒っている……無理もないな。
「私、怒っていません。ですから、謝らないで下さい」
暫くして聞こえてきた、意外過ぎる返答にシェルトは頭を上げた。
「私、シェルト様と舞踏会で出会った日から、ずっとシェルト様の事が頭から離れなくて、いつも、シェルト様の事を考えてました。お茶会で助けて頂いた時も、無理やり婚儀をさせられそうになり助けて頂いた時も、本当に嬉しくて、昔読んだ本に出てくる王子様見たいで素敵で、夢を見ているようでした。優しくて、格好良くて、頼りになって、こんな人と結婚出来たらいいなぁと……」
アイリーンの言葉にシェルトは、思わず口元が緩んでしまう。不謹慎だと思い急いで手で口元を覆った。
この話ぶりだと、アイリーンは自分を許してくれているのか?しかも、自分の事を初めから好きだと言っているも同じだ。半ば諦めるしかないと、落胆していたがこれなら……。
シェルトは、内心舞い上がり言葉より先に身体が反応してしまった。アイリーンに近寄り抱き締めようとしたが、アイリーンの次の言葉でシェルトは固まった。
「だから、今更好きだなんて言えません」
この言葉に、頭が真っ白になった。今なんて、言ったんだ?だから、今更好きだといえない?それはどういった意味なんだ……。
これは、完全にフラれたという事なのか⁈
先程までの口振りで、まさかフラれるなど誰が想像出来るのか⁈
シェルトは、アイリーンから放たれた一言がショック過ぎて、動けない。もし、自分が女だったら絶対に大泣きしているに違いない。そう思う程にショックが大きい。
完全に終わった。
先日同じような台詞を自分で吐いた記憶があるが、意味合いが違う。アイリーンを見れば分かる。完全に吹っ切れたのだろう。清々しい表情でこちらを見ている。あの顔は絶対「シェルト様の事は好きでしたが、残念ながら今はもう好きじゃありません!私はもっと素敵な人を探します!」的なものに違いない……。
病が治ると嬉々したが、彼女が他の男のモノになると想像すると、このまま死んだ方がマシなのではないかとさえ思えてくる。そうすれば、彼女の心は……この期に及んでそんな事を考える自分は、実に下らない人間だ。
シェルトは、情けなくその場にへたり込んでしまった。




