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アイリーンは、ベッドの上で身体を起こした。今日は、兄のクラウスは野暮用があると言い残し出かけて行った。
「……起きたい」
思わずそんな言葉が出た。異様に心配性のクラウスは、熱が下がったのにも関わらずアイリーンにベッドで休む様に言ってくる。始めは大人しくいう通りにしていたが、元気になってくると寝ているのが逆に辛く感じてきた。
お兄様、帰りが夕刻になるって言っていたし、ちょっとくらいならいいよね。
アイリーンは、ベッドからゆっくりと降り、窓辺まで歩きテラスへ出た。
今日はよく晴れている。久しぶりに浴びる日差しと風が心地よい。思わず笑みが溢れるが、直ぐに表情を曇らせた。
ふと頭に過ぎる。シェルトは、今どうしているだろうか。あの時、感情的になり家を飛び出してしまったが、きっとシェルトの事だ。もしかしたら、何か他に理由があったのかも……。いや、そう思いたいだけかも知れない。
私はきっと彼に裏切られたと、思いたくないから。
苦しい。こんなに、苦しいのに、今直ぐに彼に逢いたいと思う自分は、壊れてしまったのだろうか。
また、熱いものが込み上げてくる。もう、泣いてはダメだ。クラウスに、これ以上心配も迷惑もかけたくない。確りなさい、アイリーン。そう自身に言い聞かせた。
アイリーンが、フラつきながら部屋の中へと戻ろうと踵を返した時だった。何となく、視線を感じ下を見遣った。
すると、驚いた事に目が合った。今、1番逢いたくて仕方がない彼に。
気まずい。何、この気まずい空気は。
あの後、シェルトを部屋に招き入れた。というよりは、少々強引に部屋に入ってきた。
どうしよう。まさか、シェルト様がいらしゃるなんて……心の準備が、いやその前に寝衣にガウンを羽織った姿で、もの凄く恥ずかしい。とまた余計な事を考えてしまう。
アイリーンは、俯き加減でシェルトを盗み見た。すると、シェルトも落ち着かない様子で何度も足を組み替えたり、何度もお茶のカップに口を付けている。そして、ある事に気がついた。
アイリーンは思わずその事に笑ってしまう。
「シェルト様、宜しければお茶のお代わりお持ちしましょうか?」
「いや、大丈夫だよ」
「ですが……」
アイリーンの言葉を受け、シェルトは初めてそこでカップの中身が空になっている事に気がついた。瞬間、顔を真っ赤に染める。こんな、カッコ悪い醜態を晒すなんて……とシェルトは、徐に顔を逸らした。
アイリーンは、クスクスと笑いながら部屋の外で待機している侍女にお茶のお代わりを頼んだ。
「……シェルト様。私シェルト様に、謝らなければなりません」
「……君が謝る事など何一つないよ。全て、僕がいけないんだから」
「いいえ、私はシェルト様の話も聞かずに勝手に飛び出してしまいました。シェルト様は、何度も私を助けてくれたのに……本当に失礼な事をしてしまったと反省しております……。あれから私、ずっと考えていました。どうして、シェルト様は、私に王太子殿下に嫁ぐように仕向けたのか」
何度考えても、シェルトが兄のリオネルの為にしたのだと結論付けてしまう。シェルトが、裏切って騙したのだと、そうしか思えない。だから、もう本人に真実を聞くしかない。
「それはっ……」
「シェルト様、教えて下さい。私何を言われても、シェルト様から直接お話しされた事なら、それを真実として受け入れます」
貴方を、もう1度信じさせて下さい。シェルト様。
アイリーンは、真っ直ぐにシェルトを見遣った。そのアイリーンの姿に、シェルトもまた覚悟を決めた。




