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アイリーンは、窓辺で本を開き眺めていた。だが、ページを捲る手は一向に動く様子はなく、コンコンッと扉が叩く音がしたがアイリーンは無反応だった。
「アイリーン、大丈夫か」
「へ……あ、お兄様」
クラウスに肩を叩かれ、ようやくアイリーンは我に返ったが、ぼっとした表情でクラウスを見ていた。
「まだ、寝てろと言っただろう。どれ……」
クラウスは、自身の額とアイリーンの額をくっつける。アイリーンの顔はよく見ると、少し赤く染まり目も虚に見えた。
「お兄様……幼い子ではないのですから」
両親がアイリーンに関心を示さない中、兄のクラウスだけはよく手を焼いてくれた。まだ、屋敷で一緒に暮らしていた時故、結構前の話だ。変わってないなぁと思う。
そして、その兄がある日留学をすると屋敷を出て行ってから随分と経つ。こうして、兄と過ごすのはどれくらいぶりだろう。
クラウスが留学した直後、アイリーンは寂しくなりクラウスに幾度も手紙を書いたが、返事は1回も来た事がない。多分忙しいのだとそう考えたが、返事の来ない手紙を認めるのが虚しくなり、次第に筆を取る事はなくなった。
「まだ、熱っぽい。アイリーン、ほら、おいで」
「え、キャッ」
クラウスに横抱きにされながら、アイリーンはベッドまで運ばれた。ベッドに優しく降ろされ、横になるように促される。
「お兄様……」
昔はこういった事もたまにされたが、今は正直恥ずかしい。でも、ちょっぴり嬉しくもある。
アイリーンは、ベッドに横になると恥ずかしさに掛布を顔の半分まで持ち上げクラウスを見遣った。そんなアイリーンの姿にクラウスは笑っていた。
「君はいつまで経っても、僕の可愛い妹であり、僕の家族だ。君を蔑ろにする者達は、決して僕が赦さない」
あの日、留学先で友人であるリオネルから手紙を受け取り急いで帰省している最中だった。たまたま、買い忘れた物を思い出し、馬車を降りた時、街の片隅に蹲る少女を見つけた。見慣れた姿に、正直目を疑った。
自分の可愛い妹が、こんな日も沈み切った街の片隅で蹲ってるなどあり得ない。
半信半疑で、その少女の肩に触れると少女はゆっくりと顔を上げた。
「アイリーン……こんな所で、何してっ」
目があった少女は、紛れも無く自分の妹だった。驚いた顔でこちらを見る妹は、暫く呆然として黙り込んでいた。
一体何が起きた?屋敷から1人で出た事もないような妹が、何故こんな所にたった1人でいる⁈
混乱する頭を振り払い、取り敢えずアイリーンを馬車に乗せた。
「アイリーン、一体どうしたんだ」
「うっ……っ、あ、あぁぁぁっ」
声を掛けてた瞬間アイリーンは、自分の呼び掛けには答えずに代わりに幼子の様に泣き出した。
そっと抱き寄せ、キツく抱き締めた。自分の胸元を必死に掴むアイリーンを見て、怒りが込み上げてきた。一体誰が、自分の可愛い妹を泣かせた⁈
あの愚かな両親か?それとも、何処かの悪い虫か。
誰だろうと、絶対に赦さない。
大丈夫だよ、アイリーン。君には兄である僕がついてる。少し予定は早まったが……問題ないだろう。
「お兄様……?」
アイリーンの声に、クラウスは我に返った。
「あ、ああ。少し考え込んでいた。そんな不安そうな顔をするな。大丈夫だよ。君には僕がついてる」
今いるこの屋敷は実家ではない。
本当は、実家へ帰省する予定ではあったが、アイリーンの様子を見て急遽リオネルに連絡をし、この場所を用意して貰った。
屋敷に着いた途端、アイリーンは高熱を出し倒れた。相当無理をしていたのか、疲労が垣間見える。それからアイリーンは暫く寝込み、今に至る。
その後熱も下がり、大分回復をしたアイリーンから、これまでの経緯を簡単に聞いた。
話が終わり、クラウスは怒りが湧くやら、開いた口が塞がらないやら……実に情けないと思った。両親とその幼馴染夫妻とその莫迦息子、更にその幼馴染の莫迦女。
それに、シェルト殿下、か。
自分が不在の間に、色々とやってくれたな。以前はアイリーンに変な虫がつかない様に色々と手を回し尚且つ外へ出たがらぬ様に本を与えた。だがそれでも、社交界には出ない訳にはいかず、仕方無しに常に付かず離れずの距離を保ち見守ってきた。無論アイリーンに、愚かにもダンスの申し込みに来た男達には睨みを利かす事を忘れない。
が流石に留学中は四六時中見張っている訳にもいかない故、懸念はしていた。だがアイリーンは、殆ど自邸から出る事が無いのでまあ、大丈夫だとたかを括っていたが、どうやら甘かったようだ。
「お兄様、ごめんなさい……お兄様にまで迷惑かけてしまって」
「君は僕の大切な妹なんだ、迷惑な訳ないだろう」
「でも、お父様達にバレたらお兄様まで怒られて」
クラウスは、そう言って瞳を伏せるアイリーンの頭を、優しい手つきで撫でた。
「全く問題ないよ。父上や母上には、近々郊外へ移り住んで貰う予定だから。だから、一緒に屋敷に戻ろう」
その言葉に、アイリーンは理解出来ないのか目をパチパチと見開いていた。僕の妹は本当に、愛らしい……この世のどんな花よりも清浄無垢で美しい。とは口には出来ないが、常日頃思っている。
「父上は今直ぐにでも隠居して、余生はのんびりと郊外で過ごしたいらしい。無論、父上の跡は僕が継ぐから問題ない」
まあ、本人達はまだ知らないが。
クラウスは、愉しそうに笑って見せた。




